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幻想夢現遊戯  作者: らんたお
第二章
37/141

 急ぎ足で幻想界を後にしたのは5時過ぎのこと。今から帰れば夕飯の支度に間に合うか、と思いながら特別クラス校舎の洋館を抜け本校舎へ向かっていた。

 早く帰らないと慎介に何を言われるか分からないと急ぎ足な俺に、ハイテンションなあの人が現れる。


「おや、大ちゃんじゃないか! 奇遇だねぇ」


 さも今気付いたみたいな驚き顔で登場したけども、どう考えても待ち構えていただろ今の! この人の気分が陰ることなんかあるんだろうかと疑問に思ってしまうぐらいいつも元気だなぁおい、な宮田先輩である。

 奇遇だねなんて嘘を白々しく口にする先輩だが、柱の陰からその姿が見えていたということにはまったく気付いていないご様子。明らかに待ってたよなあれは。

 特別クラス寄りの特別塔の柱なんかに用のある人は普通はいない。しかもそれが宮田先輩ともなれば、遠路はるばる足を運んでまでわざわざ特別クラス生徒の誰かに会いに来るっていうことで思いつくのは……俺ぐらいだろう。

 元々特別クラス生徒が一般生徒に神格化されすぎて区別されているせいか、一般生徒が特別クラス生徒に用があるなんてことはほとんどない。まぁ、ある意味宮田先輩も神格化されているんだけど。

 先輩に関わると、嫌でも多大なる迷惑を被ることになるから関わりたくないんだが、わざわざ待っていたのに用事も聞かずさよならするのはさすがに失礼だよな。

 思わず漏れそうな溜め息を堪え、頭を切り替えようとした時、ふと過ぎった先輩との今朝のやり取りを思い出し……無意識下に身構えた。

 宮田先輩が今朝、俺にそっと呟いた言葉。そのことを思い出して警戒するのは当然のことだった。そんな俺に気付いた先輩は、いつもの屈託のない笑顔でなにやら言っている。


「まぁまぁ、そう身構えるでないよ。少しは落ち着きたまえ!」

「キャラ変わってますけど」


 どう受け止めたらいいのか意味不明な言動だ。まるでどこかのヴァンパイア貴族だなぁとか思いつつ、あんた誰だよという顔をしていたら、美形の顔でへらり。容姿端麗な顔への暴挙に他ならない。

 一体何が嬉しいのかは不明だが、にっこにこな笑顔なのがまた非常に気持ちわ……緊張感を一気に降下させる。実は、皇凛登場と時を同じくして宮田先輩が言ったのだ。


『何やら君から、不穏なものを感じる。何かが、憑いてるね』


 まっさか、そんなことあるわけ……俺の後ろに、何が見えているんだ!! 皇凛のことがあってすっかり忘れていたが、そういえば霊媒師みたいなことを言われたんだった。

 まだ、魔法族とか魔族とか聖獣とか精霊とか使い魔とか言われた方が、例え実体がなくてもそれほど恐ろしくはないが、同じ得体の知れないものでも幽霊だけは駄目。幽霊だけは!

 まさかまさかにこの俺に限って、幽霊が怖いとかそんなことはない。ただ、怨霊だったらと思うとさすがに怖いよ。

 いや、そもそも幽霊が見えていての発言とも限らないよな。ただ単にからかわれていただけもしれないし……宮田先輩って、人をからかうのにそんな嘘を付く人じゃないよな?

 ということは、先輩は一体どういう意図でそんなことを言ったというのか。まさか本当にそういうのが見えてしまうとか?


「俺ね、昔からよく、人ならざる者の気配とか感じる性質なんだよねぇ」


 霊感体質決定でした。てことはやはり、俺の後ろに何かが見えていた、と? ぞわっとしたのは言うまでもない。


「だからさ、君のポケットの中の『なにか』を感じちゃってね。あんまりいいオーラじゃなかったら、憑き物か何かかなぁって思ったんだけど」

「……ポケットの、中?」

「うん」


 ってことは、まさか。ブレザーの左ポケットからマジシャンのように取り出したるはファンキーハンカチ。まさかこれですか、と掲げて見せると。


「あぁ、これだこれ!!」


 カイザードのことだったのか。ちょっと安心。にしても、宮田先輩が霊感体質だったなんて初耳。

 一体どういうことなのか尋ねたら、父方の家系にはそういう体質の人が多いらしい。それで自分にも、『なにか』を感じる能力が備わっているのだとか。


「実はねぇ、特別クラスの生徒や先生方からも何か感じるんだよねぇ。ただ、それが何なのかはよく分かんなくって……特に不思議な人がいるとすれば、ヴィリウンセ先生、シュレンセ先生、蒼実くん、ロイドくん。それに……大ちゃん、なんだよねぇ」


 他にも数人生徒の中に居るんだけどぉと続ける宮田先輩の言葉から、その不思議な人というのが、いずれも光属性と闇属性であることに気付く。感覚の鋭い人にだけ分かる違いなのかなんなのか、見分けられちゃってる事実に驚かされる。

 正直、俺なんてそんな他の人達と比べたら大したことないと思うんだけどなぁと思っていたら、そんな心境を見抜いたわけではないだろうに、宮田先輩は励ましてくれる。


「大ちゃんってさ、大ちゃんが思っている以上に『なにか』を持ってる人だと思うよ。それで俺も大ちゃんに興味持って、思わず声かけちゃったんだから」


 そう嬉しそうに仰られた先輩ですが、大いに迷惑!! 後半の部分が大迷惑すぎた。

 俺に何かがあるから声かけたって、何もなければよかったってことか。そうすれば今頃はきっと、もっと平和だったかもしれない。

 俺の中の何かとやら、今からでも遅くはないから消えてくれないか。多分もう遅いだろうけど。


「それよりさ、大ちゃん! 今から暇?」

「残念ながら」

「そう、暇なんだね!」


 暇じゃないです!! 家に帰らないといけないんです!!

 抗議しようと視線を上げた途端、右腕を掴まれて劇場ホールへと連れて行かれる俺。

 もう、マジに俺の周りの人達いい加減にしてくれ!

 今日も絶好調に独り言。





 数分ほどで着いた劇場ホールの大きさに、改めて圧巻させられる。オペラハウスとまでは行かないまでも、そもそもが英国の要素を取り入れた学園なだけにどこもかしこも規模がでかい。

 地価だって相当高いはずなのに、どうやってこれだけの敷地を買い占めたのかはいささか疑問だが、高く生い茂る木々は等間隔に配置されていて圧迫感もないし、高層ビルすらも遠くに点在し、学園の外の建物にも高い建造物は存在しない。

 一説には、そこも学園側が土地を買い占めたらしいとのこと。いや、そこは一説にする必要なくない? 確定的な事実があるはずだろ? まぁ、それはいいとして。

 学園を広々とした空間に見せるため、学園の建物よりも高い建造物を立てないようにと何かやったのは事実らしい。ただ、それが土地買占めだったかどうかは分からないが。まぁ、買占めでもない限り建物の高さ制限なんて普通出来るわけもないだろう。

 しかし東京ドーム2個分以上の広さを買い占めるとは、お金を持っている人の感覚って分からない。

 日本の建築制限ってどうなってるんだっけとか、地価ってどのくらいだっけとか考えている内に、すでに舞台近くの客席最前列にいたらしい。


「おはようございます!!」


 元気な声の挨拶に思わず飛び跳ねる。朝でも昼でも夜でもなあの業界の挨拶をビシッと皆で寸分の狂いもなく合わせて見せる演劇部の面々に驚愕。

 申し合わせがあったか否かは判断できないが、呼吸ピッタリな彼等は皆、一様に90度お辞儀で宮田先輩を迎えた。にも関わらず。


「おっはよぉ~う!」


 この温度差、凄まじい。こんなノリでもやはり、彼等にとってはカリスマなのだろう。俺的にはふざけているとしか思えないのだが、彼等の目には、カリスマを崇める崇拝者の恍惚感が込められていた。

 それが俺に向いた時、一体どうなってしまうのか、怖くて想像できない。いや、今まさに宮田先輩を視界に捉えたと同時に俺も視界に捉えることになったから、何もかもが後の祭りである。

 悪意を持って視線を向ける者、興味深そうに観察する者、中には然して気にする風でもなく視線すらも向けない者、が……って、敵意を向けるのだけはマジでやめて。俺が悪いわけじゃないだろとか言っても無駄だから言わないけど。そもそも、そんなことを言ったら確実に何様のつもりとか言われるし。

 視線で射殺す気満々のアウェーな状況で、火に油を注いでくれるのは勿論このお方。


「今日は大ちゃんに見に来てもらったんだ! だから皆、はりきって練習しようね!」


 今にも小躍りし始めそうな勢いで宣言する宮田先輩。貴方ホント、いっぺん記憶喪失になって俺のこと忘れてくれませんかね? 敵意のこもった視線の集中砲火を受ける俺の身にもなってみてほしい。

 だいたい、誰がいつ演劇部の練習を見に来たと? 無理矢理連れてきたくせによく言うよ。不平不満を述べたところで時遅し、この居心地の悪い雰囲気が漂う中をただただ流されるまま。





 先輩の演技に対する率直な意見として、さすがは宮田先輩と感嘆する他ない。演技力の面では学園内において右に出る者がいないという言葉に真実味が出るほどのクオリティーの高さ。爪先から頭の先まで魂を込める完璧主義の真髄なのか、真に迫った練習風景が繰り広げられていた。

 これは駄目だあれは駄目だと素人目には分からない違和感を己自身にも、そして勿論部員にも要求するという宮田先輩の真剣な姿に、演技を心から愛する者の情熱を感じる。これが宮田基春という世界を魅了した男の本当の姿なのだろう。普段から見ているあの人と同一人物だなんて、にわかには信じられないが。

 口を開けばおちゃらける、そんな人とステージ上のあの人は本当に同じ人? 実は双子だったとか、そういうオチなんじゃ? それぐらい、目の前の宮田先輩の熱意は凄まじいのだった。

 って、なんで俺、先輩の練習を律儀に見てこんな感想まで抱いてんだろうかと、今更ながらに疑問。劇場ホールのセンターという一番美味しい場所で俺は、一体何をしてるんだと黄昏れてしまう。魅入るほどに素晴しい演技なのはよぉ~く分かったが、それを差し置いても何故に俺がこんなとこにいるのかが納得できない。

 刻一刻と時間も過ぎていき、慎介のイライラが脳内スクリーンに映し出されんばかりだ。そろそろ帰らないと本当にまずい。ここに来てまだ一時間も経っていないから、今ならまだギリ……何ともならないけど帰らないと!


「何か予定でもあるの?」

「え?」


 気が付けば、いつの間にやらお隣に誰かが。白人だとしても白すぎだろうな不健康な白さのヴァンパイア。あの使い魔召喚の儀式の時に見かけた、異質な雰囲気のヴァンパイアだった。

 返答が遅れる俺にちらりと視線を向けた彼は、すうっと視線を一瞬下にくれる。


「時計を見てたから」

「あぁ」


 視線の先に時計の存在を確認し、俺の何気ない行動の意味を問われているのだとその時になってやっと思考が追いつく。確かに見てたけど……てか、彼は一体何しにここへ?

 人の多い夢現界の、夕刻とはいえ日が出ている中どうしてここへ?

 そこではたりと気付く。いくらここが暗がりとはいえ、こんなところにヴァンパイアがいるなんてヤバイ!!


「あの! とにかく外へ!」

「そう? 俺は別にここでもいいけど……まぁ、いいよ」


 声を潜めながらも慌てる俺の気も知らず、あちらさんはのんびりしたもの。とにもかくにも急がねばとは思いつつも、宮田先輩に何も言わないわけにもいかないので、近くにいた部員の、俺に興味を示していなかった人に声をかけ、先に帰りますと宮田先輩に伝言を伝えてもらうことに。

 あぁそう、なノリで聞き流す素振りだった彼だが、俺の背後にいるヴァンパイアの存在に気付き目を見張る。何か人ならざる者の気配を感じたのか、もしくは尋常じゃなく白い肌なことに驚いたのか、とにかくこのままここにいてはまずいと足早にホールを後にした。

 どうやらその一部始終をステージ上から宮田先輩が見えていたらしいことなど、気付きもせず……



 なにゆえこのような場に現れたのか。あの時見た、凍えそうなほどに冷めた視線とオーラで空気を凍らせるヴァンパイア。腹の中に真っ黒なものを抱えていそうな雰囲気を臭わせつつ、足早に歩く俺の後から優雅に付いてくる。

 そんな彼の射るような視線を背に受け、林の奥へと向かった。

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