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幻想夢現遊戯  作者: らんたお
第二章
35/141

 なにやら騒がしい。それが誰かの穏やかな声と誰かの焦った甲高い声であると気付く。

 一体何の騒ぎだ?


「この前、薬品棚からユニコーンの涙がなくなっていたんですが……皇凛くんは、何か知りませんか?」

「え!? し、知りませんよ!?」


 あーはいはい、状況は読めました。そして完全に目が覚めました。詰まりながら知らないなんて誤魔化しても、その挙動不審な態度がすべてを物語っているぞ皇凛。

 俺の記憶が正しければ、始業式の時に薬品を掠め取ったと白状していたもんな。


「そうですか。では、何処に行ったんでしょうねぇ。始業式の朝に仕入れて棚に入れたばっかりだったのに」


 不思議がる先生の口ぶりは、明らかに皇凛が犯人だと確信しているもの。これはもう、言い逃れなんかしないで素直に謝った方がいいと思うがという気持ちが通じたのか否か、皇凛は早々にジェノーヴァ先生に謝った。

 彼等の一悶着もこれで終了かと二度寝を目論んだ俺だったが、蒼実の、あっという声を聞いた直後に事件が起きる。


「大介ぇ~!!」

「だぁ!!」


 とんでもない衝撃が!! 痛いわ心臓飛び跳ねるわ、最悪だ。

 身構えるでもなく無防備だった俺の上に飛び乗ってきたのは、一人しかいない。病人……というわけでもないけど、寝ている人の上に大ジャンプする奴なんて当然お前だけだよな!


「皇凛! お前!!」


 開口一番、説教地獄となったことは言わずもがな。





 友人達が迎えに来てくれたこともあって二度寝は諦め教室に戻ると、休み時間の度にクラスメイトから心配げな…探るような視線を向けられる。そりゃあ、今学期入ってあまり間もないのに毎日のように倒れていれば、興味も湧くだろう。

 しかも俺には使い魔がいないわけだし……正確にはいない訳ではなくて出て来てくれないんだけど。

 にしても、幻想界でだけは平穏にいられると思っていたのになぁと思っていたら、無口寡黙な、夢現界を知る唯一の友人である純一は気にするなと言ってくれた。


「その内倒れるのが普通になって、気にもされなくなるさ」


 いや、それはそれでなんか嫌なんだが。病弱というレッテルを貼られるのも嫌だが、倒れることすら日常茶飯事で普通のこと、しかも気にもされないほどって不味くない? あぁまたあいつ倒れてらぁと、義務的に医務室へ連れていかれる俺を想像して悲しくなった。

 本当に危険な状態の時でまでいつものことかと済まされたら、最悪過ぎるだろ。当の本人までもまた倒れることを前提にしてちゃ駄目か。

 何もなく無事な日々が過ぎていくことを切に願っておこう。





 一日の授業も終わり、さぁ帰って充分な睡眠をとろうかなと帰り支度を整えていると、もはやお決まりとなった皇凛の背後から突撃が食らわされる。


「大介!! 今から暇!?」


 そう嬉々として尋ねてくる姿を見れば、医務室での俺の説教など頭の片隅にも存在しないことが伺える。3歩歩けば忘れるってのかお前は。

 常に興味のあることにしか目を向けていない皇凛らしいって言えば皇凛らしいが、どっと疲れた気がする。期待するような視線を俺に寄越してくる皇凛に、そういえばこういう時の皇凛のお決まりの台詞があったなぁと思い出す。


「ねぇ、研究室に来ない!?」


 やっぱりな。死んでも二度と行くものかと心に誓ったあの日のことを思い出して、行く気も起きない。

 皇凛が言っている研究室とは、学校内の一室を貸しきって一人研究に没頭するため用の皇凛専用の研究室のことだ。いつも傍迷惑なものを作っては人を実験台にしようと目論んでいるが、結構まともなものも作っている。

 それゆえ、特別待遇として校内に一室研究室を貸し与えられているのだが……前に誘われた時、危うく俺は薫蒸死させられるところだった。

 その過去を踏まえた上で出した結論は勿論ながら……


「悪いが今日は予定が」

「ないんだね! よかったぁ~」


 勝手に都合のいい方に解釈するな。いや確かに予定なんかないが、前みたいな思いをするなんて正直御免だ。


「皇凛、本当に今日は」

「ねぇ、シャオファンも来ない? あ、純一は? 蒼実は? ロイドは?」


 人の話を聞けよ! シャオファンはシュレンセ先生のところへ行く予定があるとか、純一は寮の新入生歓迎会の準備があるからとか、蒼実に至っては蒼実が何かを言う前にロイドがそれを拒否し、勿論ながらロイドも行く気はないとかで……


「しょうがないなぁ~。じゃあ、俺達は行こうか大介!!」


 何故俺だけは行くこと決定なんだ。まさに火災現場の煙のような煙たい状況を体現した身としては、ここは是非とも本気で拒否したいところなんだが……まぁ、今回はカイザードもいるし、何かあれば彼に何とかしてもらおう、そうしよう。

 ということで、泣く泣く行くことを決定。本当に泣く泣く、な。



 そしてやって来てしまった皇凛の研究室。嫌な思い出の時に出来た壁のシミが、俺の気持ちを更に降下させるのだが、皇凛は至って楽しげだ。

 浮かれているみたいだが、頼むからはしゃぎ過ぎて変な爆発とかさせるなよ前みたいに、と祈った。


「いやぁ~ホント、大介が暇でよかったぁ~! だってさ、俺いっつもここで一人じゃん? 寂しくって寂しくって……そろそろ、話し相手が欲しかったんだよねぇ!」


 そんな理由で俺は呼ばれたのか!? お前なぁと、思わず脱力。

 話し相手が欲しいなら、李先輩に頼めよな。あの人だったらずっといてくれるぞ、きっと。

 我が道を行く皇凛の話し相手なんて、疲れきって疲労困憊な俺が出来るはずもない、というわけで。


「カイザードさん。そういうわけなので、皇凛の話し相手よろしくお願いします」

「俺が?」

「え、大介は!?」

「隣のソファーで仮眠を取る。本気で疲れた」


 ブーブー文句を垂れて抗議した皇凛だったが、じゃあ帰ると言った途端に仮眠を許した。それでなくても強引に連れて来たわけだし、これ以上はわがまま言えないと判断してくれたらしい。

 にしても、明らかに無関係なカイザードをしれっと巻き添えにしてしまったが、どうやら本人は別に気にしていないようなので助かった。

 人の姿には戻らず、子龍の姿のまま皇凛の相手をするカイザード。よしじゃあ、寝るとするか。

 横になった途端、押し寄せてくる眠気。最近の怒涛のような日々に疲れた精神が、囁きかけるような穏やかな声に導かれ深みに落ちていく。穏やかな気持ちで、深く深く…





 静かに目を覚まして、一体ここは何処だったかと頭を巡らす。ぼうっとしながらもここが皇凛の研究室だったと思い出すと、隣から話し声が聞こえてきた。

 本棚で区切られたこちら側に、向かい側の話し声がよく通る。あぁきっと、カイザードと皇凛なんだろうなぁと思ったのだが。よく見れば、ソファー前のタグテーブルの上に丸くなって眠る見知ったミニチュアサイズのドラゴンが……気持ち良さげに眠っていらっしゃいますねぇ。

 てことは、皇凛は一体誰と話してるんだ? 聞き耳を立てるなんて趣味が悪いとは思うが、目が覚めちゃったものは仕方がないし、出て行ける状況なら出て行くかと耳を傾けたら。


「皇凛! あの、大事な話が……あるんだ!」

「大事な話? 改まって言うほどのことなの?」


 本当に真剣なのだろう李先輩の震える声を然して気にしてませんな態度で聞いている皇凛。いや、そこはもうちょっと真摯に対応してやれよ。

 一方の李先輩は本当に真剣な上に勇気を振り絞っているのか、不誠実な態度にも何も言わない。てか、惚れた弱みで言えないの間違いかも?

 さすがに、今までの実験台扱いは酷すぎた。これはとうとう、皇凛への抗議活動の前触れなのかもしれない。あるいは、告白のどちらかだ。

 こんな場面で起きてしまう俺って最悪だ。もしも後者だったら、前者よりも居た堪れないしなぁ。

 もう一度寝られないかなぁと身動き一つ出来ずに格闘していると。


「ずっと前から…幼い頃から……俺、皇凛のことが…好き、だったんだ!!」


 はい、それはもうよく分かっていますよ、日頃のあなたの態度からね。こんな一世一代の大告白を盗み聞きなんて、どうしたらいいんだ俺は。

 取りあえず、羊でも数えて気を紛らわせつつ寝ようか。


「俺だって、飛鳴のことは好きだよ?」


 羊が一匹…羊が二匹……


「違うんだ。皇凛のそれとは…違うんだよ!!」


 羊が三匹…羊が四匹……


「どこが違うの?」


 羊が五匹…羊がろっ


「お、俺は……皇凛のこと、こういう意味で好きなんだよ!!」


 李先輩が皇ににじり寄ったであろう衣擦れの音と、慌てるような足音が聞こえてくる。そして椅子の軋むような音が聞こえたかと思うと、それっきりうんともすんとも音が聞こえなく……いや、皇凛のくぐもった驚きの声と、李先輩の興奮したような鼻息が聞こえてこない気がしないでもない。

 いや、きっとこれは幻聴だ!! そうに違いないと思い込もうとしたのだが。


「はっ…飛鳴……」

「幼馴染として、従兄弟として好きなんじゃない! 俺はずっと…ずっと!!」


 多少鼻声に聞こえる李先輩の切実な訴え。かなり切羽詰っている模様である。まぁ、勇気を振り絞っての告白の場面でもあっけらかんとされたら、そりゃあ実力行使に出ざるを得なく……って、好意を抱けない相手からされたら犯罪だが。

 しばし無音になる彼等の会話。それを壊したのは勿論皇凛だ。


「だから、俺も飛鳴のこと好きだって」

「え…でも皇凛は……」


 その続きに来るであろう言葉を俺の推測で繋げるならば、研究が一番大好きなんでしょだろう。皇凛の研究好きはそれはもう有名で、それ以外に興味のあることなんてないと本人が豪語していたくらいだ。

 まぁ、そういうのとは違う次元で李先輩のことを好きだってのは、分かる人には分かることだったんだけど……当人ばかりが知らないってことも、あるしな。


「ほ、本当に? 本当に、その…」

「俺も、好きだよ? 飛鳴」


 一瞬の間の後、李先輩は嬉しそうに皇凛の名を呼びながら、多分皇凛を抱きしめたのだろう。これは友人としては喜んでやるべきだろう……李先輩には気の毒だが。

 だって俺にはこの後の流れが分かる。彼の今後の運命が、分かってしまうんだ。


「じゃあ飛鳴、お付き合い記念にコレあげる!!」

「え? あ、ありが…と……」


 途中までは喜んでいた李先輩の声。しかしその後の引きつったような声から、何が起きたのか察するに余りある。


「今研究中のやつなんだけど、まだ効果の程が分からなくて……」

「えっ!? あ、でもっ…俺、何も渡せるようなものなんか持ってないし!!」


 相当嫌がっているその声を聞けば、それはもう見ただけでも恐ろしいようなものを押し付けられそうになっていることが伺える。しかしあの皇凛が、最大の実験台を逃すはずもなく。


「そんなものいらないよ。飛鳴がこれを飲んでくれさえすれば、それが俺へのプレゼントだしね! ねぇ、飛鳴……だめ?」

「!?」


 小悪魔のおねだりが、遂に炸裂。もはや李先輩に、選択の余地はない。ご愁傷様です……先輩。


「わ、分かったよ。皇凛のためだからね。も、勿論飲むよ!」

「そう? 無理してない?」

「全然!! そんなことないから!!」


 いや、思いっきり無理してるじゃないですか先輩。


「ありがとう飛鳴! 大好き!!」

「!?」


 小悪魔の最後の一撃投下。傍から見る分には喜劇なんだが、当事者だったら悲劇だな。

 その後、皇凛の大好き発言と抱きしめですべて吹っ飛んだらしい李先輩は、ことさら皇凛を抱きしめた後、名残惜しげに研究室を後にしたようである。


 ところで、俺はどうしたらいいんだろうか。彼等の会話を聞いてるうちにしっかり目が覚めてしまったんだが。すでに起きた時から眠れそうにもなかったけど、もう一度寝るか?

 何はともあれ、彼等はこれで一件落着みたいだしなぁ……


「だっいすけぇ~!!」

「いっ!?」


 苦し!! いや、絶対これは!!


「皇凛!! 何度言えば分かっ」

「えへへぇ~!」


 浮かれた皇凛には何を言っても無駄らしい。まぁ、多少歪んだ所はあるが、李先輩に対しての恋愛感情は本物だったわけで、それを考えれば、浮かれてしまうのも頷けるけど。

 だからって、人の上に落っこちて来ることが許されるなんてことは決してない。


「皇凛、頼むから退いてくれ」

「ねぇねぇ大介!! 今の聞いてた?」


 それはもしかして、盗み聞きしてたことを追求しているのか? それとも、純粋に嬉しさを共有したいだけなのか?


「確かに聞こえてきてしまったが」

「昨日ね、飛鳴に……もう飛鳴も三年生かぁ、じゃあ来年は校舎も離れちゃうんだね…って言ったんだ。そしたら飛鳴、何か思いつめたみたいな顔になってさ。だからそろそろ、何かアクションがあるかもって思ってたんだよねぇ!!」


 全部目論んでいたのかよこいつ!! 校舎が離れるって言ったって、それは日本の学校制度に至ってはって話で、魔術学園の方は通常通り同じ校舎じゃないか。

 そりゃあ、多少受ける学科も違って離れたところで授業を受けることにはなってしまうけど、同じ校舎内であることには違いはないはずで……嵌めた、のか? お前、嵌めたんだな?


「こうでもしなきゃ、飛鳴は絶対言わないよねぇ~」


 なんという故意犯だろうか。まぁ確かに、あの性格じゃあ、何かに追い詰められない限りは自ら言わなそうだけど。とことん皇凛に振り回される運命らしいな李先輩。本気の本気で、ご愁傷様です。

 浮かれて人の上で暴れる皇凛を諌めつつ、こんな騒ぎの中でも夢の中なカイザードに呆れ……なんか色々、諦めた。

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