二
学園へと急いでいると、鬼気迫る表情で奮然と辺りを気にする不自然な皇凛の姿に目が止まる。
何やってるんだあいつと不審がっていれば、皇凛の行動なんかすべてお見通し、な李先輩が事の真相をこそっと教えてくれた。先輩の話によれば、どうやら皇凛は自分の行動のせいで俺が危険な目に合ったことをすごく気にしているらしい。
まぁ、目の前で落下していく友人を見ちゃったらもう、そりゃあトラウマ必死だとは思うが。
何も皇凛の責任ではないだろうと言ってやることは出来るけど、かと言ってそれで自責の念を掻き消すことも出来ないだろうからそっとしておく。思った以上に本人はけろっとしてるんだけどとは思いながら、しばらくは皇凛に守られてみるかなぁと苦笑する。
肩肘を張らせ先を急ぐ小さなナイトに、思いがけず笑みを向けてしまっていたことは本人には秘密だ。
皇凛を筆頭に正門に着くと、いつものようにエンシェントに挨拶をした。
しかしカイザードは、その姿を捉えた瞬間に臣下のようなお辞儀をして見せて、一方のエンシェントがただの隠居じじいだからやめるよう言っても頭を下げっぱなしだったという……そんな姿にさすがのエンシェントも苦笑い。
まぁ、現代に生きる俺達なんかとは違って、彼等の間では未だに上下関係ははっきりしているからこれは普通なんだろうけど。
そのやり取りを見ていると、門の中から爽やか笑顔の腹黒い人が現れて……最悪である。俺にとってはこの人こそが最強最悪の悪魔であり、不幸の元凶。例え本人に意図も策略もなかろうと、絶望的に俺を虐げている事実は変わらない。
「エスコートしてあげるから安心してね?」
「いらぬお世話ですが」
またまた~と、まるで俺が謙遜しているみたいな言い方だ。いや、謙遜ではなく嫌なんですと言えたらどんなにいいか。無理だけど。
肩乗り子龍になったカイザードを肩に乗せ、アルテミス先輩の引率に従って教室へと向かう。
にしても、なんで門のところにアルテミス先輩がいたんだろうか。はたと、先程の一幕を思い出してみる。
皇凛が罪悪感で迎えに来たというのはなんとなく合点がいくのだが、何故彼が? というか、いい加減俺の周りをウロチョロしないで貰いたいところ。
俺に絡むメリットなんて、俺にメリットがなさすぎる。むしろマイナス効果でしかない。
まぁいい、今はこんなにもゆったりとした時間を過ごせているんだから気にするだけ損だと、背もたれにもたれ掛った拍子に頭も乗せると……視線が合った。
何故か、笑顔のお方と。
「随分とリラックスしているね?」
僕といた時は引きつってたのに、と。こんなん、思考停止するだろ普通。
さっき教室の前で別れたはずなのに、何故背後にいるのか。驚愕する俺に満足気な笑みを浮かべるアルテミス先輩。
忘れ物をしたんだよと言って腕時計を掲げて見せ、それがどうかしたんですかと目で訴えると今度は俺の手を取った。大きすぎず小さすぎずなその腕時計を勝手に嵌めると、それを見つめて満足げ微笑んで去っていく。
いやちょっと、せめてどういうつもりかぐらい言ってくれても……直後に始業のベルが鳴り響き、その音に反応して教室の扉が自動的に閉まってしまう。
忘れたのがこの腕時計で、これを俺の腕に嵌めたということは、これを貸してくれるということなんだろうか。しかし、俺は別に時間にルーズってわけでもないのに何故?
出来ることならこの高級そうな腕時計は外したいが、人の行為を無碍にも出来ない。いやしかし、あのアルテミス先輩からの借り物だなんて、持っているだけで不幸になりそう。
とはいえ、返しに行くことももうできない。
後で返せばいいかととりあえずそのままでいることにしたら、肩乗りカイザードがひょいっと机の上に飛び乗り、腕時計をじっくりと見つめ始めた。
「もしやこれは……」
「あぁ、どうやら腕時計のようで」
「ビェーザだな」
何ですかそれ? ブランド名?
目を輝かせて覗き込むカイザードに、そんなにも価値のある時計だったのかと震えて来る。時計のブランドに詳しくないのだが、貴重な品だということなんですかね?
早く返さないとヤバいことになりそうだなと思っていたら、皇凛が嬉々として割って入ってくる。
「あ、ビェーザだ! これって結構高いんだよねぇ! 遠距離会話や位置確認。それと、盗み聞きが出来るって有名なんだよ! だけど個数限定販売な上に知らない人は知らないレアアイテムなんだよね!」
という説明をしてくれたわけだが、その中に、聞き捨てならない言葉を聞いてしまったような気が。
遠距離会話って、つまり携帯電話? 位置確認って、つまりGPS? 盗み聞きって、つまり盗聴器?
明らかにどれもおかしいけど、最後のがかなりおかしい!! やっぱ不幸の品!? とにかく、変な呪いがかかる前に外さねばと時計を外しにかかるのだが……外れない!?
腕から抜き取ってみようと引っ張ったけどやっぱりダメ。何故だ!?
「大介、残念だけどビェーザは取れないよ」
「は? なんで!?」
「ビェーザは、使用者の思念が込められ発動する魔道具だ。まぁ、簡単に言えば呪いだな。使用者本人が解こうとしない限り、それは外れない」
「なっ、冗談じゃな」
『そういうことだから、大人しく嵌めていた方が懸命だよ?』
「!?」
急に腕時計から声が! 勿論、その口調と声から思い浮かぶ人は一人しかいない。
てか、これからずっとこのまんまなのだろうか? 悪夢だ!!
「俺のプライバシーを侵害しないで下さい!」
『あ、いけない。もう授業が始まるみたいだ。じゃあ、また後でね大介』
「ちょ!!」
その後ぱったりと、音沙汰がなくなった。明らかにごまかしただろ! 何故俺がこんな目に……
本当、今期が始まってからいいことがない。いや、待てよ?
そもそもこの学園に入ってから、いや、この力を持ってしまった時から俺の不幸は始まっているのではないか? 何で俺が…と思わず脱力。
一時限目も二時限目も、何事もなく過ぎていく……わけもなく。毎時間毎にアルテミス先輩からの干渉が酷かった。
この呪いの腕時計のせいで、俺の精神はますます休まることがない。それでなくともカイザードという護衛が付きっ切りだというのに。
そもそも何故、俺が何者かに狙われているのかも解せない。考えたところでどうにもならないけども。
とにかく今は、次の授業に向かおうかと移動しかけたところへ、アイガン先生が教室に顔を覗かせる。
「よぉ、お前ら。次の授業のこと、聞いたか?」
一体何のことだと、情報通の皇凛を見るがどうやら知らないらしい。皆も分からずアイガン先生を見つめると、先生はにんまりと微笑んだ。
「お前達に朗報だ。次の授業、使い魔召喚の儀式になったぞ!!」
一瞬にしてわぁっと歓喜が湧いたのだが、次の瞬間にはふっとあることを思い出し顔を曇らせる皆。その様子からも、すでに皆がアシュリー殿下の訃報を耳にしていることが分かる。
確かに、昨日の今日で『魔神の后土』が使えるとはとても思えない。何より、そんな悲劇が起こった場所ですぐさま儀式を行うのは恐ろしいものがあるもんなぁ。
有り得ない警告文と、その近くで起こる不可解な出来事。自分だけの使い魔を持つということがいくら楽しみだったこととはいえ、この状況ではとても心の底からそれを喜ぶことも出来ない。
そんな彼等の気持ちを察してか、アイガン先生は万全の準備を整えているのだと話してくれた。そして、このような状況にありながらそれを強行するのにも理由がある、と。
「お前達も知っているように、使い魔には主を命に代えても守ろうとする能力がある。今の状況では、どうしたって俺達がお前達全員を守ることなんて出来ない。だから例え生まれたばかりの未熟な使い魔だったとしても、必ずお前達の盾となってくれるはずだと判断した。その間に他の使い魔が仲間の危機を察知してくれれば、すぐにでも助けに行けるからな。だから今回、あえて充分な調査よりも先に儀式を強行することにしたんだ」
これもお前達を守るためだと快闊に話し、それで皆もほっとしたようだ。
今回の儀式には今まで動員して来た人員以上の万全な警戒態勢で挑むらしく、本来ならば儀式の際には中にまで教師は入れないのだが、今回に限り生徒達を確認できるところにまで入れるのだと話してくれた。
『魔神の后土』は、土の精霊が守る門であり、使い魔との盟約を交わす門。本来使い魔は、人の意志や祈りに耳を傾け、人と共にありたいと心を開いてくれた精霊がなってくれるもの。
望まずして力を持ってしまったことで不幸を呼び込みやすい体質になってしまった人を加護する、言わば守護霊のような役割がある。
それが本来の人と使い魔の関係であり、その中でお互いに信頼関係をはぐくんでいった結果が主従関係であり友であり家族でありなものになっていくのだという。
もしかしなくても、これ以上に俺のプライバシーはなくなってしまうってことか? 今のままでも充分酷いのに。
俺を加護して厄災を取り払ってくれるって言うなら、今この瞬間の俺の不幸も取り払ってくれるのだろうか? だったら是非ともお願いしたい。
そんな懇願を心の中で叫んだ瞬間、本日何度目かのアルテミス先輩からの連絡が寄越された。




