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幻想夢現遊戯  作者: らんたお
第二章
32/141

 一昨日ぶりの学校へと向うため、言ってきますと両親に声をかけ玄関の扉を開け放つ。


「よぉ! もう学校か? 早いな」


 右手を顔の前に掲げるポーズの挨拶。目があった直後、ほぼ無意識下に勢いよく扉を閉めたのは不可抗力だ。今の誰!?

 知り合いに声をかけるみたいに気さくな口調で現れたが、少なくとも俺の記憶の中にあんな人はいない。よって有無を言わさず変質者とみなす!

 玄関の鍵をかけてしばらくどうしたものかとまごついていると、心配した父がやって来る。


「大介? どうしたんだい?」

「父さん。いや、なんか変な人が玄関の前に立ってて」


 返答に対し首を傾げながらも、父はその確認のため覗き窓から外を覗いて、あろうことかせっかくチェーンまでかけた俺の素早い防衛策を解除していく。

 何のためらいもなく開け放たれた向こう側には、やはり先程の変質者。どこからどう見ても俺達とは無縁な、ファンキーな格好の外人。

 初対面でいきなり挨拶も返さず締め出したというのに、不快にも思わず眩しい笑顔を見せていて……変。

 てか、外人…なんだよな? さきほど、流暢な日本語を喋っていたように思うが。

 不信感いっぱいで警戒する俺に、その人は手帳を見せてきた。開いた先には幻想界のシンボルのエンブレムと、己の所属の書かれた証明書が入っている。

 それに寄ると彼は……


「カイザード・ルナパルト・ランジェスター。ドラゴン族、警護隊長ヴァルサザー・ミシュッフェル直属の部下」

「そ! 君の護衛第一号だ。宜しくな!」


 そう言って、先程の非礼を咎めるでもなく気さくに握手を求めてくるカイザード。色々と気になる点はあるが、ひとまずそれは置いておいて、握手に応える。それに気を良くしたか、より一層笑顔が深くなってブンブンと手を振られて地味に腕が痛むのだが。

 にしても、見た目とのギャップに気が抜けてしまうのは何故だ。無邪気に笑うから、か?


 今回護衛するにあたり、夢現界では姿を見せず密かに見守った方がいいだろうと判断し姿を消すことにしたそうだが、その前に挨拶だけでもと玄関前で待ち構えていたらしい。

 まぁ、それ自体は非常に礼儀正しいことだとは思うけど、そんな目立つ格好で一般的な日本の住宅街に現れるなんて、常識があるのかないのか判断に苦しむ。

 こうしている間にも、通りすがりの方々は場違いなこの外人を不審げに見つめているし……気持ちは分からないでもないが、自分がその視線の当事者側になるのは嫌だ。

 どういう関係なのかと問いかける様な視線を投げかけつつ、聞く勇気もないから去っていく。その訴えかける視線が、痛い。

 このままでは変な意味で目立つばかりだと危惧し、カイザードには早々に姿を消してもらう。と言っても、護衛に関する詳しい話を歩きながらすると言うので、仕方なくブレザーのポケットの中に納まるサイズの日用品に擬態してもらった。俗にハンカチと呼ばれる代物に。

 それも、ただのハンカチじゃない。カイザードの趣味ド真ん中の、とってもファンキーなやつだった。俺の趣味じゃないから、逆に目立つ。絶対に表に出さないようにしようと思う。





 登校しながら蚊の羽音程度の呟きでカイザードに色々聞いた。俺が知らなかった新情報、ヴァルサザーがドラゴン王の護衛隊長であるという事実。

 そうだったんですかな俺の態度に、ベネゼフが竜騎団長だと知っていたにもかかわらずヴァルサザーの役職を知らなかったことに驚いていた。

 まぁ、あのお堅い人が自らの役職を話していなったことに驚いたのだろうけど、あの時は皇凛と李先輩が逃亡……じゃない、行方不明って状況だったし、『魔神の后土』付近で青白い光が見えた件でヴァルサザーも気を引き締めていただろうし、俺もそのまま聞きそびれていたから。


 その後も、ヴァルサザーとベネゼフは幼い頃からの旧友だという情報や、王宮内での彼等のやり取りなども教えてもらった。まぁ、皆まで聞かずともヴァルサザーの苦労が手に取るように分かっていたけども。

 いつもいつも、破天荒なベネゼフに振り回されるだけ振り回されては、ヴァルサザーの怒号が宮殿内に響き渡るとのこと。安易に想像できる状況に涙を禁じえない。



 学園が近付いて来ると、失笑したくなるような嫌な視線の雨を浴びることになった。ネチネチネチネチ、言いたいことがあるなら面と向って言ってくればいいのに陰口ばかり。憎悪と嫌悪の感情が、瞬間的に沸き起こってきたとしてもおかしくはない。

 そんな俺の心境変化や、周りの環境変化に気付いたらしいカイザードも一体何事かと尋ねてきたけど、ここは人が多すぎるので後で、とだけ返答して視線の嵐の中を歩く。

 嫌ぁ~な視線の中をただ無心に歩いていた。


「だぁ~いぃ~ちゃん! あっそび~ましょ?」

「却下」

「え、即答?」


 開口一番が挨拶ではないことはこの際抜きにして、この口調とこの呼び方、どう考えてもあの人だ。一昨日の歓迎祭三日目の目立つ振舞いで俺を更に危機へと陥れた人物、宮田先輩。

 性懲りもなく、またいつもの無邪気な笑顔で現れた。


「ホントにもう、なんなんですか先輩。俺を孤立させたいんですか?」

「孤立? あぁ、君への敵意のこと? 大丈夫大丈夫! 何かあった時は俺が君を守ってあげ」

「あってからでは遅いと思うんですが」


 真顔で返すと、宮田先輩は一瞬一時停止して根拠のない否定を述べる。それがまた、まともに会話するのも嫌になるような内容だったんできれいに聞き流した。

 その後も何やら言っていたけど、どれも聞く耳持たずにいたんだが……ふいに聞こえてきた言葉に、歩みが止まってしまう。


「え? 今、なんて?」


 今のはきっと聞き間違い……そう思おうとしたんだけど、その前に俺の体に何かがぶつかってきた。

 って、このパターンは!!


「大介ぇ~!! 迎えに来たよ! さっ、学校行こ!!」

「皇凛!」


 やっぱりお前か!! ホントこいつは、俺をサンドバックか何かと勘違いしてんじゃないのか。毎回毎回注意しているのにもかかわらず、勢いを殺さず無遠慮にぶつかってきて悪びれなし。踏み止まれたからいいが、油断しまくって力を抜いた状態だったら確実に地面に激突だったのに。

 自分がいかに危険な行為をしているかなんて、きっと微塵も考えてないに違いない。そんなしょうもない皇凛の少し後ろに、いつもながら控えめに佇む李先輩。

 あなたもいい加減、皇凛の尻に敷かれっぱなしの人生はやめたらどうですか、と言いたい衝動に駆られたが、たった一日会わないだけでやつれきった彼を見たら、そんな酷な進言も出来なくなってしまう。

 昨日、一体何があったのか、皇凛という小悪魔の正体を知る身としては同情せずにはいられない。





 正に後ろ髪惹かれる想いの宮田先輩と別れ、特別クラス校舎に入り幻想界へと向かおうとする道すがら、一体何の目的でわざわざ皇凛が俺を迎えに来たのかの理由を知ることになる。


「え?」


 驚きのあまり、言葉が出てこない。

 普段は明るい皇凛には珍しい愁傷な顔に、その事実の信憑性の高さを知る。



 それは一昨日の出来事。同日の朝方に『麗しの源泉』の前で出くわした、アシュリー殿下の訃報。ヴァンパイア族王家の第二王子の奇怪な死の報せに、我が耳を疑った。

 確か一昨日までは生きていた。生きて歩いて俺と目が合って、そして不敵に微笑んで……思い出した瞬間、ドクリッと強い動悸が鳴り響く。

 あの視線に感じたもの。あれは、本当にただの胸騒ぎだったのだろうか? 俺が導き出した推測通りならば、もしかしたらアシュリー殿下は……


「…け…すけっ……大介!!」


 強い口調の皇凛の呼びかけに、思った以上に飛び跳ねた。そして気付く、自分が物凄く汗を掻いていることに。

 心配そうな顔で、まだ体調が良くないんじゃないかと二人して心配そうにしていて、そこにきてまた、今の今までその存在を忘れていたカイザードが突如会話に加わった。


「体調が思わしくないなら、一旦家に帰るか?」

「な、何!? 誰の声!?」


 皇凛のその反応も無理はない。だってカイザードは、未だポケットの中でハンカチのままなんだから。

 きょろりきょろきょろ、目に見えないお化けを怖がる子供のように李先輩にしがみ付いて辺りを見渡す皇凛。逆に李先輩は、大丈夫だから落ち着いてと言いながら非常に嬉しそうで…良かったですね、先輩。

 そろそろ正体を明かしてしまわないと皇凛がかわいそうだったので、まるで種明かしするマジシャンのような仕草でブレザーのポケットからファンキーなハンカチを取り出す。

 だから何って意味と、俺の趣味とは思えない柄って意味で不思議そうな顔をする皇凛の前で、カイザードに正体を表してもらうことにした。

 頭の高さに掲げたハンカチが、眩い光を放って徐々に人間大の大きさになる。形を成したそれが四方八方に弾け飛ぶと、そこに声の主、カイザードがにこやかに立っていた。

 一瞬、光の中から現れたカイザードに呆気に取られた二人も、証明書を見て納得したようで軽い挨拶を交わす。


 一段落ついて、さぁと仕切り直されたのは勿論俺の体調。いや、別にもう何ともないですので、そんな一斉にこっち見ないで下さい。

 そんなことよりも、アシュリー殿下のことは俺の推測に過ぎないし、それでなくても混乱しているであろう状態で不確かな情報を口にするわけにもいかず、ただ一昨日見かけた人が亡くなったことに驚いただけだと誤魔化した。

 そうかと安堵しつつ、補足がてらその件についてカイザードは話してくれる。


「実際にはな、アシュリー殿下は亡くなられたわけではないんだ」


 一体どういうことだと、皇凛と顔を見合わせカイザードに視線を戻す。カイザード自身も細かい事情を聞かされているわけではないようだが、確かな情報を端的に話してくれた。


「魂が、抜き取られていたらしい」

「魂、が?」


 聞き返したというより呟きに近い疑問に、カイザードは至極真剣な顔で大きく頷いた。魂を抜き取るなんて……一体どういうことなんだと、ますますわけが分からなくなる。

 まだ、普通に亡くなったって言われた方がしっくり来るのに、なんだって亡くなってはいないが魂が抜き取られているってことになるんだろう?

 どう聞いても、同じ意味にしか聞こえないのに。


「あの……つまり亡くなっている、んですよね?」

「いや、だから魂が」

「ちょっと待ってください。亡くなっているのと魂が抜かれているのは同じ意味じゃないんですか?」


 なんだか認識の違いのようなものを感じてカイザードの言葉を遮り尋ねると、どうやら疑問に思っている部分に気付いたらしく説明してくれた。


「ヴァンパイア族の特長はなんだ? 死ねば灰になるってことだろ? まぁ、実際灰にはならないが。生き返る可能性を微塵も残さず体は朽ちるってのが特徴なんだ」


 まぁ、元々は人間だからな。死ぬ時は人と同じってことなんだろう。


「でも今回のは、何の外傷もなく体も朽ちずに魂だけなかった。そんな症例は類にないが、少なくとも仮死状態になっているのと同じ状態で発見されたらしい」


 魂がないのに仮死状態? なんかまるで、幽体離脱みた……そうなのか?

 いや、あれって確か意識だけだったよな? 魂じゃなかったよな?

 なんかよく分からないが、とにかく死んではいないということらしい。そのことにほっとすると共に、一体全体どういう状態で発見されたのかが気になる。

 だって、あの様子からするときっと宮殿に戻ったのだと思う。だとするなら、今回の事件は宮殿内での騒動ということになるのだろうか?

 自身で魂を抜き取ったのか、はたまた誰かにやられたのか。もしも後者なら、とても恐ろしいことなのでは。

 内部犯行か、はたまた外部からの侵入者による強行、ということ。しかし、そんな危惧のすべてをカイザードの情報が払拭する。


「なんでも、『魔神の后土』のすぐ傍で見付かった、と」


 また、『魔神の后土』? 何かが起こる度、起こる場所は決まっている気がする。

 西側の地にある『魔神の后土』とランヴォアール湖。細かいものを合わせれば他にもあるだろうが、確実にこの2つはその中核。一体何が起ころうとしているのか、言い知れぬ不気味さに思わず体が震える。



 内容が深刻なだけにしばし神妙な空気になったが、校舎の方から始業のベルが鳴ったことで幻想界へと急ぐことに。

 少なくとも、何かが起きているということは紛れもない事実。その何かが何であるかだなんて、想像すらもできないけど。

 ただ一つ言えることは、もうすでに逃れることの出来ない運命の歯車が回っているということだ。

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