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はたと、聞き逃しかけた言葉を思い出す。何か今、ヴァルサザーが重要なことを言った気がする。
「あの、護衛って…?」
「君の事件が昨日今日だからというのもあるが、我々魔族としても、以前似たような事件で嫌疑をかけられ戦争が起きたこともあり、今回のことは警戒せざるを得ないとの判断からそうなった。ドラゴン族単独で、魔力の強い子供の護衛含め、調査を決めたのだ」
「だからね、君だけじゃなくてそこの二人のことも任されているんだよ」
そこのと言われて目で指していたのは蒼実とロイド。ということは、俺達三人の護衛というわけか。だけど一つ解せないのは…
「でも俺達今、夢現界にいるわけですし…」
「だから護衛は君達三人につき私一人だったのだ。なのに…」
「まぁまぁ、別にいいじゃないか。私だってちゃぁんとその辺は考慮して、正式に休暇を貰ってやって来たんだからね。決してズル休みではないんだから」
「そういう問題じゃない!」
そうだ。そういう問題じゃない。
というか、本当彼等は仲がいいなぁ…大分ヴァルサザーが気の毒だが。
「それで…いつまで護衛を?」
「少なくとも、この事件の真相を掴むまで、といったところだろうか」
「え…それじゃあ、事件が解決するまでってことですか?」
それまでずっと俺見守られてないといけないの? それってどう考えても監視相当の処遇じゃ…
500年もの間解決できなかった事件ということは、この先だって解決しない可能性があるのではないかと危惧したことに気付いたのか、ヴァルサザーは内容を付け加える。
「言っておくが、四六時中傍にいるわけではないぞ?」
「そうだよ。こちらでの君の危険がないようなら、こっちでの護衛はないんだから」
「あぁ、今回はそのことを調べる上での護衛だ」
「はぁ、それはよかったで」
「ただし…」
安心したのもつかの間、ヴァルサザーは真剣な表情をした。なんかこう、神妙な話をする時の先生のような厳しい表情。
「幻想界に一歩入れば、君は私達の監視下に置かれることになる。覚悟してくれ」
「はぁ…」
まぁそれくらいなら…と言いたいところだが、家にいる時間と学校にいる時間を比べたら、明らかに学校にいる時間が長いわけで…ちょっと、憂鬱だ。
しかし、さすがに昨日みたいなことはもうこりごりなので仕方がない。
そう諦めていると、静かに聞いていたアルテミス先輩が突然口を開く。
「それでいくと、蒼実やロイドにも護衛がつく、ということだよね? じゃあ…アシュリー殿下にも?」
「それは我々には分からないが、あのボローディア王ならやりかねないだろうな。アシュリーの行く末を一番案じておられるから…」
「しかし、あの子は素直に言うことを聞くかねぇ。監視とか護衛とか、そういう束縛を何より嫌う子だろうに」
「だが、今回の事態の重さを感じているはずだ。さすがに受け入れないというわけにも…」
「アシュリー殿下の護衛! 私が教師でさえなければ、今すぐその任を受けたかった!」
内輪の話になっていた二人の会話に、絡むのが面倒臭い雰囲気で入ってきたアルスター先生。そういえば、この人いたんだよなぁと思い出す。
二人も、真剣な会話の腰を折られて口を噤んでしまった。ヴァルサザーは深い溜め息で、そしてベネゼフは困った笑顔で。
暑苦しい上に目障りに振舞うアルスター先生を横目に、そろそろ移動しようかと思い立つ。てか、この中で常識人かつ非常識な人を止めようとしているのって、俺とヴァルサザーだけ…先行き不安だ。
ホントに何もない公園内をただ歩く。しかし、それでも皇凛の目には近代的な建物やらが気になるらしく、さっきから帆がないのに進む大型船籍を見る度になんで動いているのかと騒いでばかり。蒸気が出ていないようだけど石炭ではないのか、とか。
確かに、今まで見たことがないんじゃ動力源が気になるという皇凛の気持ちは分からないでもない。電化製品知識が16世紀頃で止まっているとはいえ、その説明を一々俺に求めるのはやめてほしい。
俺だって、そんなに詳しいわけじゃないんだけど。
「ねぇねぇ。さっきの回る乗り物ってどうやって動いてたの? 風を受けるところがなかったけど、あれって風で動いているんじゃないの?」
「あぁ、電気で回してるんだ」
「電気! じゃあ、雷か静電気で動かしてるの? どうやって?」
おいおい、そこからかよ。てか、静電気はまだしも雷って…あんなもんどうやって蓄電する気だ。
皇凛のなんでなんでに俺の知っている範囲で答えているその後ろでは…
「ねぇヴァル、あの水上を滑るように走っている小型船は何だろう? 車よりも早いよね」
「知らん!」
さっきから取り止めもない話をベネゼフにふられ、その度に無視しないで受け答えしているヴァルサザーは凄いと思う。ただ、さすがにそろそろ相手するのが面倒になってきたようだが…
因みに、ベネゼフの言っているボートはモーターボートだ。まさに水上を走るように滑って走行する小型船舶において最速ボートだが、ヴァルサザーからしたらだからどうしたって感じなのも分かる気がする。
その後ろでは更に、アルスター先生が夢現界の昼は日差しが強くて敵わないよと言っていた。まぁ確かに、幻想界ではあんまり日差しって強くないからなぁ…というのはさて置き。
問題はこれだけでは終わらない。
この、どう見ても毛色の違う御仁を連れた一団をさっきから振り返り様やらなんやらで見つめ続けるご婦人方。中には若い女性も含まれているが、皆が一様にこの素晴らしきメンズに釘付けになっていた。
視線の中には、観光地とは程遠い場所に出現していることに驚いているものも含まれていて、更に言えば声をかけたそうにしている人もいる。
しかし俺達の話している言葉が聞いたことのない言葉であることから、声をかけづらいようだ。
よかった。この人達が日本語を話せなくて…
にしても、俺達が移動する度に視線も人の数も多くなる。そしてそのことに神経質になっているのは俺とヴァルサザーだけ。
「ものすっごく注目されてるね」
「お前が騒ぐからだろう」
「え、違うよぉ。彼女達はみぃ~んな君を見ているのさ!」
「おだてても無駄だ」
機嫌が悪いのを察しておだてていると思ったのだろうが、実際よいしょでもお世辞でもなく本当にあのご婦人方はヴァルサザーを見ていると思う。
ただ、見ているのは彼だけではなく不特定多数の美形の面々だとは思うが…
このままこの一団を連れて歩くのかと思うと、ストレスが半端ない。
結局、本当に何もないままただ皇凛の疑問に答えるだけで集合場所に戻ってきた俺達は、あの熱烈なご婦人を数人引き連れ戻ることになってしまった。
既に戻ってきていたらしい団体の周りに、こちらを遠巻きに窺う人々の姿が見える。どうやら他のグループでも、俺達と同じ現象が起こっていたらしい。
というか、中にはしっかりちゃっかり校長先生に声をかけている女性陣までいる。なんだこの、この普通の社会化見学にはない雰囲気は。
これがカリスマ性を持つ彼等の宿命なのか、一体どこから沸いてきたのか分からないギャラリーが増えていく。
聞こえてくる会話から思うに、どうやら俺達特別クラスの存在を知っている保護者などのようである。その上で、うちの子どうでしょうみたいな流れに持ち込んでいるようだ。
いやはや、こんなところで見境なく群がるとはお恥ずかしい限りだ。
「あの~…」
そしてここにも、無礼者の保護者が一人。直感でヴァルサザーが一番偉いとでも思ったのか、勇気ある保護者が声をかけてきた。
それに対してヴァルサザーは、英語で対応する。さぁて、この保護者はネイティブなのかどうか…
『何か?』
「あ…」
一瞬たじろいだが、それなりに英語が出来ると自信があるのかご婦人は英語で返した。
『こちら、ドゥルーシア学園の生徒さんとお見受け致しますが、貴方方は先生でしょうか?』
『いや、残念ながら』
『私は教師ですよ!』
ヴァルサザーの否定に被るようにアルスター先生が入ってきた。てか、この人も英語出来るんだ。まぁ、英語も幻想界では共通語の一つとして必ず必修を受けさせられる言葉だとは聞いたが…
因みに、俺の英語力はシュレンセ先生に魔法で植え付けてもらった。幻想界共通語も一緒に。
いやホント、一から覚えさせられるなんて面倒が減ったのは助かったよなぁ、なんて。それはさて置き、このままでは面倒臭いことになると思ったのか、ベネゼフが変な口調でアルスター先生に進言する。
「ややっ、あちらでシュレンセ殿がお困りですぞアルスター君!」
「何!? それはいけない!!」
わざとらしい動作で言ったにもかかわらず、アルスター先生はまんまとそれに騙されたようだ。本当にこの人、シュレンセ先生への気持ちだけで教師に志願したんだなぁと、不純な動機にもかかわらず教師になれたことを不思議に思うよ。
正直その先に本当にシュレンセ先生がいるのかどうかは残念ながら見えないため分からないが、彼は振り返ることなく一目散に消えてしまった。
どうかそのまま、もう二度と帰ってこなくていいですから、というのはこの場にいた全員の心中である。
ぶち壊れた空気の中ヴァルサザーは気を取り直し、ご婦人に向き直って改めて否定した。
『申し訳ないが、我々は教師ではない。先程の彼は辛うじて教師ではあるが、赴任したばかりの新人だ』
『あ、そうなんですか…では、貴方方は?』
『彼等の保護者のようなものだよ。寮にこもりきりになってしまう子も多いから、世間知らずで迷惑をかけないように見守っているんだ』
嘘をつくなよ。世間知らずはあんたもじゃないか。モーターボートを知らないベネゼフさん。
しかし、ここは口を挟むべからず。
『それでは、どうやったら私の息子を特別クラスに入れられるかご存知ですか? この子の兄は編入すらも出来なくて…私、納得がいかないんです! うちの子達は皆優秀なのに、どうして』
『あ~…申し訳ないけど、生徒を受け入れる基準なんて我々は知らなくてぇ…』
『でもさっき、保護者のようなものって!』
尚も食ってかかる興奮状態のご婦人は、理不尽な恨みをベネゼフにぶつける。それに対してヴァルサザーは、至って冷静に返した。
『残念ながら、保護者だとは言っていない。それに、我々には子供はいないので』
それなりのお年だろうにお子さんがいらっしゃらないのか。
まぁ、絶えず1000年置きに魔法族と魔族の小競り合いがあったんだと学んだし、その間に身内に不幸が…なんてことはあったのかもしれない。
魔族は数千歳以上が標準だけど、200年前までの戦いで相当数のドラゴン族は亡くなっているそうだしな。
さすがに伴侶が居ないということはないとは思われるが…
『私だったら、大介くんみたいな子が欲しいなぁ~』
『貴様の子供になどと、かわいそうなことを言うな!』
まったくだ。あ…つい本音が。
『でもさぁ、きっと笑いのドツボに嵌れると思うんだよねぇ~』
『これだから、笑い上戸は…』
遂には頭をもたげて溜め息を吐くヴァルサザー。いつもこんな様子なんだなぁと思うと涙を禁じえない。
それから一つ。俺はお笑い芸人じゃないので、笑いのドツボは諦めて頂きたい。
カオスになって来たところで、校長先生が現れる。
『どうかしたかい?』
『やぁダリアス、聞いてくれよ。さっきからヴァルサザーってば、私に怒ってばかりなん』
『十中八九貴様が悪い!』
なんだか子供の喧嘩を見ているようだと、大変失礼ながら思ってしまった。年齢的には校長先生よりも年上だろうに、ベネゼフの言動はどこか子供っぽい。
見た目年齢もベネゼフの方が多少上に見えるのに…中身が残念すぎる。
その後校長先生が、自分の子をとゴリ押しするご婦人に特別クラスだけが全てではありませんよと諭し、俺達は点呼の後列を作って公園を後にした。
学園へと戻る間、とうとう我慢がならなくなったヴァルサザーは、ベネゼフを完全無視する。それすらも許さないとばかりにベネゼフがおとぼけたことを言うので、已む無く構う形になっていたが…
そんな彼等を横目に、俺も俺で今にも車内を走り回りそうな皇凛を引っ掴み、妙に浮かれた表情で意味深な笑顔を俺に向けてくるアルテミス先輩に怯えた。




