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気が重くて堪らないが、浮かれる友人達と共に大観覧車を望む公園に着いた。お昼休憩を兼ねてのことだったのだが、何故に毎回広場やら公園でお昼を取りたがるのかと疑問に思う。
大観覧車に目をキラキラさせて好奇心を抱き、今にも駆け出して行きそうな皇凛を必死に止めながらの青空昼食は、思った以上に俺の精神を削る。
いい天気だなぁなんてのほほんとしている暇など俺にはない。何故ならば…
「いい加減、僕の存在を無視するのを止めてくれる? もっと構って貰いたくてしているのかな?」
「有り得ません」
アルテミス先輩に、現実逃避を邪魔される。頼むから、このまま放って置いてくれないだろうか。
目の前に突き出されるスプーン。死んでも食べるわけがない。
「一人で食べられます」
「そう遠慮せずに」
全力で遠慮する!
尚も動かない俺を見て、仕方ないと言いたげにスプーンを引いたがこれで終わらなかった。
ならばと、代案を出して来る。
「逆に大介が食べさせてくれてもいいん」
「嫌です」
最後まで言い終わらないうちに拒否。そこに俺の本気を見たのか、アルテミス先輩は折れてくれた。
その際の、今回だけは見逃してあげるって態度は一体何なんだ。納得いかないと思いはするが、これ以上のやり取りは馬鹿を見る気がするので止めておく。
「あぁ~!! 午後は何処行くんだろ~! たぁのしみぃ~!!」
お昼ご飯を済ませた後、先生方の引率に従って移動していたが、皇凛がはしゃいでいてうるさい。それに、どう見ても観覧車に向かっている気がする。
「僕も楽しみだなぁ。あれ、観覧車って言うんだよね。確か、頂上でキスした恋人同士は幸せになれ」
「ませんから」
一体何処から入手した噂だか知らないが、そんな迷信を信じている人なんてもうないだろう。何より恐ろしいのは、実践したがっている雰囲気があることなんだよな。
因みに、その実践相手が誰かなんて…考えない。考えたくない。
「あぁ、そうだった。永遠に結ばれるんだったね」
「だから違いますって!」
今時、少女漫画ですらそんなお寒い内容はやらないし、何より素でやったら間違いなく引く! バカップルならやるかもだけど、かなりイタい感じになるのは間違いない。まぁ、本人達が幸せらないいけど。
一体何処から手に入れた情報なんだか、ピンポイントに詳しすぎる。
「シロエがね、友人から日本の漫画というのを読ませてもらったらしくて、教えてくれたんだよ」
やっぱ元ネタは漫画か。しかも、え…サンダース先輩、少女漫画なんて読んだのか!? 意外だな…
にしても、男に少女漫画を薦める友人ってどんな人?
目に見えて動揺していた自覚はあったから、お隣から笑い声が上がった時にすべてを察した気がした。
「あはは! 大介ったら、そんなにうろたえなくても」
「させたのはアルテミス先輩ですよ」
「うん、まぁ、そういう事実があったら面白いだろうけどね」
やっぱり…反応を楽しんでいやがった。結局、どこから入手した情報なのかは教えてくれず、観覧車まで来てしまう。
定員四人なので俺と皇凛とアルテミス先輩と李先輩で乗ると、皇凛はしきりに外を覗き込んでそわそわする。
「皇凛、落ち着けよ」
「だって! こんな変な乗り物見たことないんだもん!! でもホント、変だよねぇ。非魔法族って、こういうのがないと空を飛べないんだぁ」
いや、空を飛ぶのであれば飛行機を使うと思うのだが。言っても無駄なので言わないけど。
まぁ、飛んでいるという表現とは違えども、宙に浮かぼうとすればこうするしかないから。移動手段としてエレベーターとかもあるけど、言ったって理解はされないだろう。
何より、あれやこれやと聞かれるのは面倒だし…ほっとこう。
にしても、観覧車なんていつ以来だろう。もう随分と家族旅行とかで遊園地は行っていない。
俺も慎介も、絶叫系に乗っても対して反応しないし怖がらないから、母はつまらないと言って昔は色々な絶叫系に連れて行ってくれた。
結局それも、化粧が落ちるから乗りたくないって母が行きたがらなくなったからなぁ。皇凛の反応は新鮮に見える。
とはいえ、落ち着きなくゴンドラの中を歩き回るのはいい加減止めてほしい。風だけでも揺れるゴンドラ内でそんなに動き回られたらかなり揺れるんですけど…
「大介、怖いなら僕が手を握っててあげようか?」
「ご遠慮します」
にべもなく跳ね除ける。もうホント、この会話飽きた。
忙しなくゴンドラ内を動き回る皇凛と、ゴンドラの不安定な動きに真っ青になって硬直している李先輩。外に視線を向けることで虚無の世界へと旅立とうとする俺に視線を送るアルテミス先輩。
早く終わらないかなぁと心底思った。
普通ならもっと、水族館とか遊園地とか動物園とか博物館とか工場見学とかなんだろうけど、特別クラスに普通を求めることが非常識なことはもう、古式ゆかしき精霊祭りをキャンプファイヤー幻想界式に変えてしまった歓迎会初日で実証済み。
何よりそんな幻想界の人達の俺とはかけ離れた感覚を理解することは、確実にこれからも困難だろう。
頂上付近でより一層アルテミス先輩の視線が痛くなった気がするが無視をして、湾を望む近代的な展望をどこか心持ち遠いところから見つめているような心境で眺めた。
一年前までの、この世界に足を踏み入れることになるとは思いもしなかったあの頃に戻りたい。
ゴンドラを降りると、未だ興奮気味な皇凛が意見や感想を述べていた。その隣で、顔面蒼白になりながら皇凛に返事を返す李先輩と、俺の隣で物足りなさそうにしているアルテミス先輩。
「本当に残念だったなぁ。こんなチャンスは滅多にないのに…」
とか言いながらこっちを見て来る。触らぬ神に祟りなしな気持ちで、目を逸らした。
蒼実達と合流し、先生方のところへ整列する。この後から自由行動なんだが…憂鬱だ。
自由行動とは言っても公園内から出てはいけない上に、夢現界育ちの生徒が一人は傍にいないといけないのでいくつかのグループを作ることになる。
出来ればその際、アルテミス先輩と離れたいのだが…と思った気持ちを悟られたのか、先手を打たれた。
「大介、僕を蔑ろにしたら今日の放課後はもっと困るようなことをお願いしちゃうよ?」
「先輩を蔑ろだなんて、そんな恐れ多い…」
拒否権なしだった。まぁ、自由行動とはいえ一グループに一人は先生が付くので完全に自由というわけでもない。生徒の行きたい所を規制するわけでもないし、引率役が必要というだけなんだけど。
にしてもなんで俺。俺だって、知り尽くしているわけではなのに…
「俺がやらなければいけない理由が分からない」
「そう? 夢現界のことは君が一番分かってるでしょ?」
「ビギナーではないとはいえ、すべてを理解しているわけではないですよ」
「まぁ、ここはただの公園なんだし、そうそう見るものもないんだから大丈夫でしょ」
「だったら尚のこと、引率役なんていらないじゃないですか」
ただぶらぶらするだけなのに、俺の存在って必要か? 先生方も夢現界の人だから仕方がないっては分かるけども、そうとはいえ…うん、寄りにも寄ってだよな。
運が悪いことに、俺達についてくれた先生は…
「やぁやぁ君達。お子様な君達には、私のような高名にして聡明なヴァンパイア貴族がついていてあげないと駄目だろう。なぁに心配は無用だよ。全て私に任せておけばいい!」
全力で任せたくありません。というか、なんだってこの人なんだよ!
その上更に…
「まぁ、安心したまえ。私達もいるのだから」
「お前がいると更に不安だ」
何故ヴァルサザーやベネゼフまでいるんだろう。一グループに一人のはずなのに、なんで三人なんだ?
「あの、どうして…」
「私は君の護衛だ。因みにこいつは…勝手について来た」
「だって、こんな機会は滅多にないじゃないか。なのに独り占めなんて酷いなぁ君は」
つまり便乗。それも無許可。これが本当に竜騎団団長のお姿だとでも言うのだろうか。
とてもその肩書きを信じられないが、ヴァルサザーが嘘をつくわけもないので本当なのだろう。
というか、こんなナイスミドルな外人を一緒に連れて歩いていたらなんか可笑しい気がする。実際今だって、遠巻きに俺達を親子連れが見ているではないか。
特に奥様方が乙女返りしながら…ってちょっと奥さん! 夫と子供の前で堂々と目を輝かすのは止めた方がいいですよ。
まぁ確かに、稀に見る美形ですけども…
苦労させられそうな流れが見え見えで、それプラスヴァルサザーの苦労も手に取るように分かってしまったことに溜め息が漏れる。
俺は注目もされたくないし、普通がいい。毒にも薬にもならずに生きて行きたいんだという望みは、今のところ周りの人達のせいで叶わない。




