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幻想夢現遊戯  作者: らんたお
第一章
25/141

24

 闇の中で聞いたあの声は、今考えても気味の悪いものだった。

 しかし、何故コールディオンから落ちても怖くなかったのか。あの闇の中にいても恐怖を抱かなかったのか。

 奇跡によって助かった命だというなら、何故助かったのかが解せない。それは勿論ながら校長先生達も気になったことのようで、闇の中でのことやそれ以降のことを聞かれた。


「闇の中にいた時、声が聞こえていたと言っていたね。けれど不鮮明で聞き取り辛かったと」

「はい。少なくとも俺には理解出来ない言語でした。それが何かに遮られたように聞こえてきて…でも急に闇が晴れたかと思うと、気が付いたらラビットフェアリーの上にバウンドして地面に転げ落ちてました」

「ラビットフェアリーの上? どういうことだい?」

「それが俺にも良く分からないんですが、どうやら親切な人が俺の落下を和らげようと巨大化させていたみたいなんです。おかげで俺は怪我もなく助かりまして…」

「親切な人?」


 一体それは誰なんだと、すべての視線が俺に問いかける。しかし、聞かれたって俺もあの人が誰なのか分からないから上手く説明できない。

 ただ確かなことは、俺に忠告をしてくれたということと助けてくれたということ。

 そこではたりと思考が止まる。そういえば俺、助けてもらったのに御礼を言うのを忘れていた。

 次に会ったらちゃんと御礼を言わなければなと思いながら、彼の外見的特徴などを話した。そして勿論名前も…

 しかし誰も、その名前に聞き覚えがなかったようだ。


「スヴェン? 聞いたことがないな」

「えぇ、外見の特徴と照らし合わせてもそのような人物に心当たりはありませんね」

「君の話から推測するに、その人が君を助けてくれた人と考えるのが妥当だ。しかし、そのような強力な魔力を持ったスヴェンという名の人物は聞いたことがない」


 校長先生とシュレンセ先生は、お互いの記憶力を総動員して記憶を辿ったがスヴェンという人物を知らないのだと言う。

 マオ以上の力を持つという事実から、自分達相当の魔力だと確信しているようだが、だからこそ自分達が知らないはずはないのにと思っているようだ。

 魔族で言えば、ヴァンパイア王・ドラゴン王・ウェアウルフ王・エンシェントに匹敵する力の持ち主。そんな人の存在を把握できていないわけはないのだ。

 しかしあの人が、そんな強力な魔力を有しているとはとても思えない。とは言え、これはただの第一印象だが…

 おっとりしたあの人のことを思い出していると、硬い口調のアルテミス先輩が口を開いた。


「その人物が、魔物であるという可能性はないのでしょうか?」

「ちょっ、アルテミス先輩!?」


 そんなわけないじゃないですかと根拠のない抗議をしようとしたら、アルテミス先輩の冷ややかな流し目によって捩じ伏せられた。

 たった一瞬だったが、めちゃくちゃ怒ってるみたいな視線。正に黙殺だった。

 何か俺、怒らせるようなこと言ったっけと冷や汗を垂らしながら恐々としていると、尋ねられた校長先生は苦笑する。


「例え魔物だったとしても、私達の方で感知していない者などいないよ。ただ、もしかしたら偽名ということもあるだろう。大介くんの教えてくれた外見的特徴から、その人物を探し出してみるしかないだろうね」

「探せるんですか?」

「望みは非常に薄いけど…君は、その人に会いたいのかい?」

「えぇ、まだ助けてもらった御礼を言っていなかったので」


 ここはやはり、礼儀正しく御礼を言わないといけないところだと思う。仮にも命の恩人に、何も言わないでおくなんて出来ないし。その断固たる意思に気付いたのか、校長先生は律儀だねと言った。

 え、普通だろう? 逆に俺が驚くと、校長先生は苦笑して孫でも見るような目で見つめてきた。

 そりゃあ俺は孫ぐらい…いや、玄孫以上に年が離れているけど、そんな温かな視線を向けられた俺は一体どうすればいいんですかね。

 ちょっと居心地が悪いなぁとくすぐたがっていると、一通りの事情説明が済んだということで俺達は会議室を出て部屋に戻ることにした。

 その際、シュレンセ先生がくれぐれも一人で行動しないようにと、特にランヴォアール湖には近付かないようにと念を押された。

 勿論俺だってもう懲りたわけで、行けと言われても行きたくはない。が、俺よりも要注意人物がいることに改めて気付かされ、部屋に帰るまでの間皇凛を説き伏せることにした。


「皇凛、分かってるとは思うが、ぜっっったいに好奇心優先で行動はするなよ? 分かったな?」

「分かってるよ。いくらなんでも、そこまで分別なくはないよ…うるさいなぁ…」


 最後のは小さく呟いてみたんだろうが、生憎と俺の耳にしっかりと届いていた。このまま聞き流してもいいが、どうせならもっとお灸を据えて置いた方がいいかもしれない。


「今までの行動がそれを裏切っているんだから自業自得だ。これはもう、説教地獄しかないかもなぁ」

「!? やだ!! 説教地獄だけは絶対にいやぁ!!」


 全力で拒否する皇凛に内心ご満悦になっていると、尚も謝罪を繰り返す。しかしすぐに翻すのでは意味がないからしばらくそれを聞き流し、そろそろ許してもいいかなぁというタイミングで目の前に人が現れた。

 上から下まで真っ黒な、今時珍しい陰気な雰囲気のまさに童話などで出てくる魔女的な風貌の人。フードを目深に被り表情のほとんどを曝さない、アルテミス先輩と同学年のディクテリア先輩。

 いつも不気味な微笑みを称え、まるで狂人のような底知れぬ危さと恐ろしさを放つ人だった。滅多に顔を合わせることのない人だが、この人も俺と同じで闇属性。

 常に不気味な雰囲気を放っているので、好んで近付いていくことのない苦手な人物なのだが、それはあちらも同じみたいで、俺達に近付いてくることなんて今までなかった。

 理由の一つに、俺のお隣さんの存在が大きいのだろうが…


「やぁ、お久しぶりだねぇ」

「本当に。何日振りだろうね、君に会うのは。それにしても、今日はどういった風の吹き回しだい? 君は僕のことが大嫌いだろうに」

「くくく…私はそれを否定しない。だが、君だって私のことが嫌いなんだろう?」

「愚問だよ」


 その瞬間、目に見えない稲妻がぶつかったような気がした。とは言っても、それは漫画みたいに表現するならであって、言葉で言い表すなら空気が張り詰めたように凍りついたって感じだろうか。

 二人の間でブリザードが吹き荒れる。どうせやるなら、俺達のいないところでやってもらいたいものなんだが…

 アルテミス先輩が俺に構うせいで、俺も仲間だと思われて近付いてこない。

 元々人付き合いの悪い人だからというのも理由の一つだろうけど、まさに犬猿の仲なこの姿を見れば一目瞭然だ。

 不気味な微笑みを絶やさないディクテリア先輩と、同じく綺麗な微笑みを絶やさないアルテミス先輩。

 両者の笑顔という名の睨み合いは、窓に打ち付けた雨粒の騒音で一時的に中断される。


「おや、雨だねぇ。通りで冷えるわけだ」

「へぇ、君にもそんな正常な感覚ってあったんだね」


 明らかに皮肉っている言い回しで、アルテミス先輩はディクテリア先輩を貶した。一体この人達の過去に何があったのか、とにもかくにも火に油な二人なことには間違いない。

 再び睨み合う彼等の心理状態を表現するかのように、更に雨脚が酷くなる。それはやがて雷を伴った豪雨となって、ピシャーンという音と共に闇夜が光に照らされた。

 次いで地響きのようなゴロゴロという重低音が辺りに鳴り響き、本格的な大雨に俺や皇凛や李先輩は気を取られる。

 しかしその間も、ディクテリア先輩とアルテミス先輩は視線すら外していなかった。


「それよりも、君の大事なものがいなくならなくて良かったねぇ」


 いつもの冷淡な口調のディクテリア先輩の言葉に、アルテミス先輩の微笑みが凍る。笑みは消えていた。


「それはどういう意味かな?」

「くくく…そのままの意味なんだが?」


 そう言いながら、ディクテリア先輩は鋭い光を放つ瞳で俺を捉えた。光の加減で銀色に見えるその瞳が、体の自由を奪って硬直させる。

 目も逸らすことが出来ないことに段々と恐怖が芽生え始めた頃、アルテミス先輩が背に庇うようにして立ちはだかってくれた。


「そんな気味の悪い顔で見つめないでくれる? それでなくても君は、存在自体が不愉快なんだから」

「くくく…君だって対して変わらないよ」

「君と一緒にされたくない」

「私もだ」


 またまた空気が冴え渡る。お互いの怒りが空気を伝って、居心地の悪い緊張感を与えた。外も大荒れだが、ここも大荒れ。

 どうにもぶつからずにはいられない二人のようで、それから数分間は激しい睨み合いが続いた。

 しかしそれも、アルテミス先輩のマグマのような感情を押し殺した低い声の威嚇で終わる。


「君の不謹慎な発言には本当に我慢がならないよ。さっさと僕達の前から消えてくれないかな。虫唾が走る…」


 今まで聞いたことがないような、嫌悪という名の悪意の籠もった声。殺気を含んだその声に、驚いてアルテミス先輩を凝視した。

 と言っても、俺の位置からは表情が良く見えないけど、沸騰寸前の怒りがアルテミス先輩の本気を伝えてくる。

 それはディクテリア先輩も感じたようで、決して臆することなくいつもの調子で謎めいた言葉を吐いた。


「くくく…まぁ、今日はこれぐらいにしてあげよう。だが一つ忠告しておくよ。いつもそうやすやすと、あの人の掌の中から逃れられるわけはないんだっことをね」

「!? 君は一体、何を知っているんだ!!」

「さぁ、なんだろうねぇ…くくくくく…」

「待て!! 答えろ!」


 追求するアルテミス先輩の怒号を無視し、ディクテリア先輩は闇に包まれた一瞬の間に姿を消した。

 元々暗い廊下ではあったが、小さな松明の明かりで照らされて影はさほど暗くない。なのに一瞬、辺りが真っ暗になって気付いたらディクテリア先輩はいなかった。

 存在自体も不気味なら、行動も不気味だ。

 それにしても、今日がとても珍しいものを見た。アルテミス先輩が激昂する姿なんて、冷静沈着な先輩からはとても想像できない。

 だからだろうか、ディクテリア先輩のあの言葉を気にするよりもこちらに意識が向いたのは…

 どうしたんだろうという視線に気付いたのか、アルテミス先輩は大きな溜め息を吐いてからいつもの笑顔で振り向いた。


「さぁ、部屋に戻ろうか。早くしないとお風呂に入って寝るまでに時間がかかってしまうよ」


 案に消灯時間に間に合わなくなるよということを言いたいのだろうが、なんだか釈然としないものがあった。

 会議室を出る少し前から、アルテミス先輩の放つ雰囲気がピリピリしてる。何か俺に対して言いたいことがあるのに、それをあえて言わないつもりらしい。

 それがディクテリア先輩の出現と発言で一気に噴出した感じだ。言いたいことがあるなら言えばいいのに。

 今更何を遠慮することがあるのか。いや、遠慮じゃなくて自制しているのかも。

 今口を開けば俺に対する暴言を吐きかけないとか、俺を怯えさせてしまうかもしれないとか思っているのだろう。

 そこに、心配していたアルテミス先輩の気持ちが込められているようで、本当に申し訳なく思う。

 とは言っても、あれは俺だって不可抗力なわけで謝ることも出来ない。

 それはアルテミス先輩も分かっているから、あえてこの話題に触れて来ないんだ。

 理不尽な怒りをぶつけてしまうと分かっているから…

 でもなんとなく、それだけではない思いが含まれているように感じるのは気のせいだろうか?



 その後それぞれ部屋に戻ったのだが、俺的にはなんとも気まずかった。

 アルテミス先輩とディクテリア先輩の間にある確執が何なのか、聞くことは許さないといった雰囲気を放出してたから。別に話したくないなら聞かないってのに…

 ここ数日分の疲労に更なる精神疲労を加えられ、ベッドは楽園と化す。睡魔に身を任せるのにそう時間はかからなかった。

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