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幻想夢現遊戯  作者: らんたお
第一章
18/141

17

 皇凛のせいで一騒動起こった後、俺達はコンラッドさんと別れて直接寮へと向かった。

 その道すがら再び竜体に戻ったヴァルサザーの背に乗って、優雅な遊覧飛行を楽しみつつ説教に興じた…いや、興じるってのもおかしな言い方だが。


 日中は過ごしやすい気候なのだが、さすがに夜ともなると寒さが堪える。

 元々冬の方が長い幻想界では、夜と言えばこのくらい寒いのが常識で、その上ドラゴンの背中に乗っているのだから、冷たい風が容赦なく俺達を襲うことは言わずもがなである。


 針のようなものを叩きつけてくる風に意識を持って行かれながら、優雅な遊覧飛行と言ってみた意見を翻す。何せ、実際のところは優雅どころか、乗り心地がよくないものだから結構辛い。

 両翼がはためく度にしなる背中の上では、振り落とされまいと皆でしがみ付いて耐えているという現状。これの何処が優雅なものか…



 この状況下でまた説教している俺に対し、最初こそ皇凛はよくこんな状況で出来るなと驚いていたものの、段々と恨みがましいものへと変貌し、今や魂が抜けかかって今にも永眠しそうにこっくりこっくりと舟を漕いでいる。

 気持ちは分かるが、この状況で寝れば振り落とされて死ぬか、凍死で死ぬ。どちらにしてもバットエンドなので皇凛を小突いてみたが、効果はあまりない。


 実際問題、俺も相当思考に影響しているため、先程から説教している内容すら理解出来なくなって来ているほどの重症ぶり。皇凛を助けてやれるほどの余裕もない。

 そんな中でもいつも通りなのが、ベネゼフとサンダース先輩とアルテミス先輩。ベネゼフなんて、鼻歌まで歌っている。


 遠退き掛けている意識を叱り付け状況を把握しようと無理やり周りを認識するが、焦点が合っていないのは否めない。それに目聡く気付いたサンダース先輩の心配顔が、視界に入る。


「おい大介、大丈夫か? 何か目が、イっちゃってんだけど…」

「気にしないであげて。大介はこれでも、自我を保とうと色々必死に頭を動かしてるんだから」


 なんで分かるんだあんた。いや、確かに見た目は死に掛けているけど、頭の中じゃ結構頑張ってる。

 必死に意識を繋ぎとめようと、平静を装って思考能力だけは保っているが、見た目には表れないそれを何故知っているのか。

 そんなことより、なんでこの人達普通でいられるんだろう。俺や皇凛や李先輩は意識朦朧としてんのに、この状況で普通でいられるなんてどういう修行積んでんだろ。

 まぁいいや、本気で寒いから考えるのは止めよう。このまま凍死するかもってくらい寒いから…


「大介、今瞼を閉じたら終わりだよ?」


 そうは言われても…何かが、遠くで点滅している気がする。危険信号か?


「寒いなら僕が暖めてあげるよ。さぁ、こっちにおいで?」


 と言われて無意識に温かい方へと向かいかけたが、寸でのところで意識が浮上し難を逃れる。あ、危ない! 俺は後一歩で、とんでもない過ちを犯すところだった!


 取り戻せ自分っと奮起し、隣でガタガタと震え言葉にならない何事かを呟く皇凛を摩擦で温める。危く、アルテミス先輩の策略にはまって皇凛を見捨てるところだった。

 しっかりしろーと声を掛けながら、皇凛の意識が飛ばないように呼びかけ続ける。それに対して意味も分からず頷く皇凛と、凍死寸前の李先輩。帰ったら温かいお風呂が待ってますからねと励ました。


 寮の明かりが見えて来たのは、そんな時のこと。





 皇凛と李先輩やサンダース先輩やアルテミス先輩や俺がいなくなったことで大騒ぎしているのではとヒヤヒヤしたが、実際にはそれほど大騒ぎはしていなかった。

 ただ、震えている俺達に気付いて先生方は魔法で降ろしてくれ、まるで電気毛布のように自家暖房する毛布で包んで寮の中へと誘ってくれる。温かさにほっと安心したところでよく外を見れば、何やら白いものがチラチラと舞い降りてきていることに気付く。

 雪が降ってたのか。通りで寒いはずだと、隣でまだガタガタと震えている皇凛の頭の中が無事であることを祈りつつ哀れみの目で見つめた。


 冷たい風だと思っていたものがまさか雪だったとは思わなかったが、それならあの針のように痛い風の意味も納得だと段々と冷静さが戻ってくる。

 本来ならば綺麗だと、子供らしくはしゃいでみたくなるような冬の風物詩も、俺達を凍死寸前まで追い込んだためどうにも喜べない。皇凛、大丈夫だろうか…


 毛布のお陰でだいぶ意識が戻ったので、騒がせたお詫びをとシュレンセ先生の方へと足を向けた。近付いたことを察したシュレンセ先生が、慈愛の微笑みを向けて視線を合わせてくれる。


「大介くん、大丈夫ですか? もう少し休んでいた方がいいですよ?」

「いえ、もう大丈夫ですから。それより、勝手に抜け出して済みませんでした」


 律儀にも日本人独特のお辞儀と共に謝罪の言葉を述べると、シュレンセ先生ははたと一時停止した。

 まるで虚を衝かれたようなシュレンセ先生の表情に、何か可笑しなことを言っただろうかとわが身を一瞬振り返ると、シュレンセ先生の苦笑交じりの声が聞こえてくる。


「皇凛くんと飛鳴くんがいなくなったことはシロエくんの使い魔のダップから聞いていたんですが、その後君達が彼等を追って外へ出たことは、シェスカくんの使い魔のクロウに聞いたんです。それで君達の護衛にと、私の使い魔のマオを君達に貼り付けていたのですが…気が付きませんでしたか?」


 え……なんですって? いつの間に? 先輩達、いつの間に先生達に連絡してたんだろう?

 それより、シュレンセ先生の使い魔がいたって、どこに…

 その疑問の答えは、ちょうど現れたアルテミス先輩によって明かされる。


「大介、肩だよ肩。君の左肩を見てご覧?」

「左肩…あ…」


 そこにはしっかりと、ちょこんと居座る黒いリスの使い魔が…


 マオはクリクリの目を俺に向けた後、ジャンプしてシュレンセ先生の肩の上に移動した。リスの姿をしながらも、マオはシュレンセ先生の年齢に比例して長命だから、リスらしい愛らしい仕草は一切しない。

 それでも、ヒクヒクと無意識に鼻がヒクつくのは不可抗力なのだろう。


 にしても、まさかずっと? ずっと俺の肩に乗ってました?

 疑問を汲み取ったシュレンセ先生は、肯定の意を表すように困ったような笑みを浮かべた。

 どんだけ間抜けなんだろうか俺は…


 俺達の会話も何もかも筒抜けだったのだと思うと、それも踏まえて恥ずかしいやら何やらで心が折れた。左肩の違和感に、なんで気付かなかったかな。

 よく考えれば、俺達がいなくなったことなんかすぐに先生方には分かって、それなりの対処なりを絶対するに決まっているのに、というかそうでなければ先輩達だって自分達だけで行動するはずがないのに。

 今更ながら色々な羞恥が押し寄せてきて、しかしそれが表情に出ないことが責めてもの救いだと、深い溜め息を漏らした。





 心底疲れたのでもう一度風呂に…とはいかなくて部屋に直行する。部屋に入ってさぁ布団へ、な気持ちが砕けたのは、着替える前に寝室に入った瞬間目に飛び込んできたもののせいだった。

 可笑しい、可笑しいぞ。元に戻してもらったはずなのになんで!?


「どうしてまたベッドが一つに戻っているんですか!?」

「ん? 最初からこうじゃなかったかな?」


 違います! 元に戻してくれないと床で寝ますよと脅したが、僕ももう疲れちゃって…とかのたまって戻してくれない。だったらと、枕と掛け布団を持って。


「リビングのソファーで寝ますね」


 これだけは譲れないと頑なになっていると、本気度を感じたアルテミス先輩は仕方ないなぁと元に戻してくれた。しかしながら、本来ならば人一人分余裕で歩ける程の距離があるはずのベッドとベッドの隙間はかなり近かったが。

 本当ならばこれも嫌なんだが、これ以上の押し問答は無駄な気がして折れることにした。

 最後に、これだけは言っておかなくてはならない。


「俺のベッドに一ミリでも触ったら、これから先ずっとアルテミス先輩のことは無視しますからね」


 よし言ってやったぞと布団に潜り込むと、アルテミス先輩のそんなことをして僕の報復が怖くないのと聞かれ、ぎょっとした。こんなことぐらいで報復するつもりか!?

 恐々としていたら、その顔に満足したのか、おやすみと言って寝てしまった。

 待って! 報復する気ですか!? その笑顔の意味はなんなんですか!?

 俺の心の叫びは、寝入ってしまったアルテミス先輩には届くことはなく…眠いはずなのに寝れなくなってしまった。これが…報復?


 それでも、色々あって疲れている身体は重くなる。訪れる睡魔に身を委ね、静かに目を閉じた。



 水面に浮かぶ波紋のような音が、失われていく意識の溝で聞こえていた気がする。それが何だったのか、残念ながら判別出来るだけの集中力はない。

 確かに何処かで聞いたことのある『声』。

 優しく静かなそれを聞きながら、安心していた。

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