12
もう俺、歓迎祭も始まってないのに限界だぞ。帰りたいなぁと思いながら、先輩達に連行さるままにやって来た講堂では、到着後すぐに校長先生からの注意事項のお言葉が始まっている。にも関わらず…
「待ちに待った歓迎祭だぁ~!」
「うん! 本当に、楽しみだよね!」
浮かれすぎな皇凛と蒼実の耳には、校長先生のお言葉は聞こえていないご様子。しかも、合間合間に話を振ってくるから困る。静かにしろっての。
それよりも、二年生の並びに上級生の人達がいるのは何故なのか?
「皇凛、浮かれるのは分かるけど、あんまりはしゃぎ過ぎてると怪我するよ?」
「大丈夫だってば飛鳴! それに、俺に何かあったら飛鳴が助けてくれるでしょ?」
「皇凛…」
小悪魔の言葉に感動しちゃってる李先輩。とにかく落ち着いて下さい。それは奴の作戦ってやつですから。
証拠に、皇凛がなにやら怪しいものをローブから取り出してる。
「はい、飛鳴! 元気100倍になれる飴だよ!」
「あ…ありが、とう……」
どう見てもゲテモノ色のゲテモノ臭を放つゲテモノなんですけど。何でお前、もっとまともなものを作れないの?
毎回のことながら、李先輩も顔が引き攣っている。しかしそれが、小悪魔の一言で急変した。
「飛鳴のために作ったんだ!」
何度騙されたか知れないのに、その言葉を聞いた途端、皇凛を信じる李先輩。俺には到底真似できない純粋さ。恋は盲目ってやつである。
「有り難う皇凛」
「いいんだよ。いつも大失敗して飛鳴をあんな目に遭わせちゃうから、これはお詫びの印」
「皇凛は、本当に優しいね…」
優しいのはあなたの方ですよ李先輩。そいつは絶対に違いますからね。
そんなやり取りがなされているそのお隣にも何故が上級生がいるのだが、何故居るんですか。
「歓迎祭が楽しみだね、大介」
「そうですね」
「僕は今年最後だからね。この機会に大介と、たくさん思い出を作るんだ」
「なんですかその、微妙に決定っぽい言い回しは。俺の意思はお構いなしですか?」
「ん? 何か不満でも?」
「…不本意ですが、ありません」
なんで、いつもはサンダース先輩の隣にいるはずのアルテミス先輩がここに居るんだ。軽く脅されてるし…
癪なのでささやかな抵抗はしておいたけど、どうやら先輩は気にしないでいてくれたようだ。まぁ、こんなことぐらいで突っかかられても困るが。
何故か上級生が混じった朝礼を終え、俺達は初日のパーティーに備えての準備を始めた。
パーティー自体は午後四時からの開催で、それまではダンスパートナーを決めるなどの談笑をしてお昼を食べて過ごすのだが、俺は前回もそういうのは不参加表明で、ダンスはしなかった。
そもそも、この学園では男女別に行事が行われているんだから、自ずとダンスパートナーは同性になってしまう。それが分かっていて、何故パートナーを探す必要があるんだというのが俺の意見だ。
魔法使いと魔女では魔力の性質が異なるため一緒には授業が行なえないというのが根本にあって、そのせいで女子部と男子部に分かれているのだが、何もこういう行事にまでそれを徹底する必要はあるのか。百歩譲ってそうだとして、ダンスは止めてもいいんじゃないか?
男が男にダンスパートナーを依頼するという、とても見れたものではない光景が今、俺の目の前で繰り広げられている。
「アルテミス先輩! 僕とパートナーになってくれませんか!」
「俺とお願いします!」
「僕の方が釣り合ってます! お願いします!」
釣り合うって一体何なんだと思いながら、俺も俺も僕も僕もと押し寄せてくる人津波に嫌気が差す。あんたら、男相手に必死すぎ。
そりゃあ、美形は美形と並ぶ方が絵にはなるけど、これが女からの申し込みじゃないってのがもうかわいそ過ぎる。誰も男にモテたいわけがないだろうに…と若干アルテミス先輩に同情したのだが、その考えも一瞬にして覆る。
「ごめんね君達…僕は、彼と組むことにしたから」
「は……え?」
アルテミス先輩の手が、何故か肩の上に…
「じょ、冗談じゃありませんよ!」
「うん、冗談じゃないよ」
「同じ言葉でも意味が間逆じゃないですか! いや、そんなことはどうでもいいんです。何で俺が!」
「大丈夫、皆まで言う必要はないよ」
「むしろ最後まで言わせて下さい!」
俺の学業生命にも関わることなんだから、このまま強行突破されてなるものかと撤回させようと試みたのだが…先輩のあの一言が放たれた瞬間から、群がっていたはずの人垣が落胆を滲ませながら蜘蛛の子散らすようにすごすごと去って行った。
もうちょっと粘ってくれ! 泣く子も黙るアルテミス先輩の決断に、己を売り込んでいたはずの人達は反論などしなかった。何故…何故こうなるのだ…と、助けを求めるように突き出した手をそのままに、項垂れる。
「どうやら公認だね」
「いやこれは、独裁政治の成せる業かと…」
「え? 何?」
「何でもありません」
聞こえているくせに聞こえないフリ。悪魔の独裁者は、俺を陥れるつもりらしい。
そんな一騒動があったすぐ傍で、同じように人津波に押し寄せられてもみくちゃになっている人がいる。李先輩だ。
まぁ、李先輩は誰に対しても優しいため後輩にも好かれている。ただ、彼が皇凛に首っ丈なことは皆も承知のはずなんだけどなぁ。しかも李先輩が、皇凛を誘いたがっているのも分かりきっているはずだ。
皆よく知る人達なので、そんな無茶をやらかすはずはないのだがと不審に思っていたわけだが、まぁ、どちらにしても皇凛がこの状況を許すはずもない。
「僕とパートナーになって下さい!」
「李先輩、僕とお願いします!」
「え~と…ごめんね君達。俺は…」
「飛鳴ってば、モテモテだね。ちょっと寂しいけど…飛鳴は、その中にいる子とペアを組むんだね」
「あ、違うよ皇凛! 俺は…」
「いいんだってば飛鳴。もう、俺だけの飛鳴じゃないんだもんね…」
憂えむように呟いた言葉の中の“俺だけの”という言葉。勿論ながら、それに反応する李先輩。小悪魔皇凛のトラップに見事に引っかかりました。
「俺はいつだって、皇凛のものだよ?」
「本当!? 飛鳴!!」
うっすらと嘘泣きを含んだ瞳を俯かせた皇凛に、李先輩がとんでもない発言をしてしまうそれも人前で! それは、誰が聞いてもプロポーズなのだが、本人は多分無意識。多分、人前でしてしまっているという自覚もないだろう。後ではっと気付いて恥ずかしがることもないかもしれない。
というか、本当にいんですか李先輩。こんな小悪魔にメロメロにされて、実験台にされる日々に耐えられるんですか。
俺だけの、に含まれた本当の意味が、検体だなんて理由でもいいのかと、いつも思うが盲目に皇凛を慕い続ける李先輩は凄いと思う。ただ、盲目過ぎて真の姿が見えていないということだけが問題点だが。
まぁ、本人がそれでいいならいいかと、もう彼等のことは放って置こうと思ったのだが、その瞬間の皇凛の様子とクラスメイト達の反応から、一連の出来事は皆で仕組んだことだと悟り、末恐ろしく思った。
蒼実とロイドに至っては、皆蒼実に近付きたくても近付けない様子だった。それもそのはず、ロイドが周りに睨みを効かせていたから。しかもロイド、己の立ち位置を理解した上でサラリと蒼実を誘う。
「蒼実、俺と組むだろ?」
「うん」
そりゃあ、うんとしか言えないよ。本当に、蒼実の性格を知り尽くしてるよなロイド。
蒼実に、ロイドへの特別な感情があるわけではないが、いつも一緒にいる幼馴染に誘われたのだから断るわけもない。そこに、タッチの差でシルヴィーが現れるがもう遅い。
「蒼実! この僕と是非…」
「蒼実は俺と組む。帰れ」
「何!? お前とだと!? 何たること!」
こればっかりは、なぁ…早い者勝ちだし。蒼実がロイド以外とは組まないだろうことは分かりきっていたが、まさか俺がアルテミス先輩とだなんて…
「ちゃんとリードしてあげるからね大介」
「…ありがとうございます」
正直もう、どうでもいい。
因みにシャオファンは、純一と組んだ。まぁ、これも予測済み。というのも、彼等は本当に友人が少ないからな。
午後までこの異色な面子で行動することとなったのは大誤算。本当に、アルテミス先輩だけ浮いている。
やたらと突っかかってくるアルテミス先輩にうんざりしていたら、いつのまにやらパーティーが始まった。
皆、伝統的な魔法使いのマントに身を包み、立食パーティー風の煌びやかな室内へと装飾を変えた講堂の中で、思い思いに過ごしている。女性がいないためほぼ黒一色という異様な感じではあるが、談笑やら立食やらダンスやらが繰り広げられていく様は、見た感じ良さげだ。
あくまでも、傍観者の一人としては、だが。
「大介、せっかくなのに踊らないの?」
「俺は、去年も踊りませんでしたから」
「だったら、尚更踊った方がよくない?」
「俺、踊れませんので」
素直に白状すると、アルテミス先輩は意外そうに目を見張った。大体、普通の日本男児に社交ダンスなんて出来るわけがないだろう。そういうこともあってダンスを強制されることはないのだが、便宜的にダンスパートナーなるものはあったりする。
とはいえ、俺には関係ないので壁際にずらりと並べられた椅子の一つに腰を掛ける。椅子には座らずに壁に凭れかかっていたアルテミス先輩は、だったらといった風に提案してきた。
「僕が教えてあげようか?」
「必要ありません。今後踊ることもないので」
「そう遠慮せずに」
「遠慮じゃないです。必要ないからやらないんです」
楽しそうな声で言われると、それがどれだけ下らないことなのかが分かる気がしたので断った。しかし、尚も先輩は言い包めようとしてくる。
「全く役に立たないわけではないよ? 夢現界では普通の人はやらなくても、ここでは皆、社交ダンスくらいは出来るからね」
「俺は別に、いつまでもここに居るわけではありませんから」
そう冷たく言い放つと、ふっと今までの雰囲気とは変わって、至って真面目な声が降って来た。
「それは、魔力を自分でコントロールできれば、もうここには戻っては来ないって言っているのかい?」
その質問にはすぐには答えられなかった。肯定したい気持ちを裏切る言葉が、すぐに返されることを知っているから。
静かに落ち着いた声色で、アルテミス先輩は続けた。
「君は知っているだろう? 僕達は人よりも長命で、外見の老化も思春期を迎えた辺りから遅くなるって…だからこそ、いつかはここに戻ってこなくてはならなくなる。それは、僕達が夢現界では異端なる者だからだよ」
不老不死に等しいことをこんなにも辛いと思うのは俺ぐらいだろうか。誰もが羨む禁断の世界に、俺は人知れず巻き込まれていた。
人は本来、誰もが魔力を持っている。それがいわゆる生命エネルギーと言われるもので、体を巡っているそれが尽きた時、寿命となる。
普通の人の魔力は極僅かで、大抵の場合はそれを死ぬまでに使い切れずに巡りが途絶えてしまう。東洋医学で言うところのツボと呼ばれる部分から、すべての生き物は力を発している。
しかし、全身に溢れる魔力は年と共に塞がり、最後の時を迎える頃には完全に塞がってしまうのだ。だから人は、本来の力を使いきれずに死んでしまう。
魔力を開花させ魔法使いになることも、本来の性質により決まるもので、後天的には起こり得ない。よく、臨死体験をしたから不思議な力が使えるようになったという事例があるが、それも魔力が関係している。物心が付いた時から使える超能力も、これに相当するらしい。
しかし、力の発動の仕方が魔法とは異なるため、結局彼等は魔法使いにはなれないのだ。じゃあ、何故俺は魔法使いなんだろうかと疑問に思う。
俺だって、小さい頃予知能力を持っていたというだけだ。それが魔法使いなのか超能力なのか、どう判断しているんだと、聞きたい気持ちでいっぱいになる。
だけど、いつも返ってくる言葉は…違いを簡単には説明できない、だった。当時は俺もまだ子供だったし、理解することが難しいと判断されたのかもしれないけれど、いつもどこかで気にかかっている疑問の一つだ。
魔法使いが、魔力を使いこなすことによって全身に流れる魔力を調節出来るから長命だなんて、それは俺が望んだことじゃない。知らないうちに永遠にも近い時間を生きるだなんて、冗談じゃないと思った。
命は、限りがあるからこそ美しいって、誰だったか言っていたんだし…限りのない人生なんて、何を楽しみに生きればいいんだか分からない。必死に生きることの意味を失うんじゃないかと、感傷的になる気持ちを抑えられなかった。
そんな心を見透かすように、アルテミス先輩は微笑んだ。
「人の命は儚いものだよ大介。僕達だって、死ぬ時はあっさりしたものだから…だけど、僕達が永久に近付いたのにも意味があるはず。皆、それを探しているから生きているんだと思うよ」
不思議と、アルテミス先輩の言葉に説得力を感じた。
永遠が欲しいわけではない俺のところに降って湧いた長寿という現実。誰もが欲しがるものだけど、それは悪魔の力でもある。大切な人との別れを受け入れなければいけないという悪夢なのだから。
それでも、俺がそうなのだとしたら、そうでなければいけない理由があるのだろう。それが一体何なのか、否応にも探すしかないのかもしれない。
先人達がそうしてきたように…




