レシピ本を出します
「悪い、待たせたね」
王都の下町にある「ホラアナ亭グループ」の本部は中古の戸建てだ。小型の救民住宅のような四角い建物で、以前は薪を売る商人の倉庫兼住居だったらしい。
今は、薪を置いていたという一階を資材置き場を貯蔵庫に、元居住区の二階を会議室や執務室、応接室として使っている。
「そんな滅相もございません!」
落ち着いた雰囲気の室内で床にへばりつくようにして待っていたのは、妖蛇族の男性。ひょろりとした身体を縮こまらせ、卑屈なほど下手に出るのはいつものことだ。
リザードマンよりもほっそりと頼りない印象の妖蛇族だが、柔軟性と器用さは折り紙付き。コルノさんはアタシが懇意にしている写本師で、字の綺麗さや仕事の丁寧さは当然、センスもずば抜けて素晴らしい。写本師数人を束ねる頭領でもある。
「ほらほら、顔上げて掛けとくれ。アタシはただの人間の小娘だっていつも言ってるだろう? コルノさん達が龍人を敬ってるのは知ってるが、アタシに頭を下げる必要はないよ」
「ははーっ!!」
五体投地のごとく身を投げ出すのは「煮るも焼くもご自由に」という意味で、最大限、敬意と服従を表す。らしい。
初めてその風習を聞いた時は、「さすが異世界! 怖っ!」と思ったけれど、毎回毎回やられる身になると正直ウザい。ウザいなんて言っちゃいけないのは知ってるけど、これをウザいと言わずして、何をウザイと言うのか。
アタシ、妖蛇族の忠誠なんていらないし! そのくせ、言うこと聞かないで毎回毎回五体投地からやり直すし! なんなんだいもうっ!
まったくもって実感はないが、アタシは彼らの神に等しい龍人様の婚約者。まったく現実味を感じないが、あと一年後には奥様だ。コルノさん曰わく、十分に敬われるべき雲上人、なんだそうだ。
「……アロ。悪いが、また任せるよ」
「ハァ。またですの? 妖蛇族は頭が堅いのではありませんか。まったく……ワタクシは通事ではありませんことよ?」
「こら、文句は聞こえるように言わない! アロだけが頼りなんだよ、ね、頼むよ」
「ハァァ。……コルノさん。未来のドルゴーン大公家第一夫人が椅子に座るようおっしゃっているのです。いつまでも見苦しい格好でお目汚しすることこそ、失礼ではございませんか? あなたが尊重すべきはご自身の信仰心ではなく、目の前にいらっしゃる龍人様のお嫁様です」
「っ! はっ!」
ちょっと欲望に忠実なだけで、アロは本当に優秀なのだ。見事な手際で恐縮しきったコルノさんを席につかせると、今度は妖蛇族のメイドを呼んでお茶を入れさせる。アロ自身は優雅な仕草でアタシの隣の席に座った。
お茶の用意が整うまで、アロは無難な世間話をコルノさんに振り、場をほぐす。そこらへん、ホントにうまいとしみじみ思う。
メイドが立ち去ったとたん、アロはがらりと雰囲気を変え、ざっくりと本題を切り出した。アタシはただ見てるだけ。
なんか……平安貴族のお姫様になった気分だよ。異性とは直接言葉を交わさず侍女を介す、みたいなさ。
「では見本ができましたらすぐにお持ち致します」
「楽しみにしてるよ。よろしくね」
「会長が期待しておられるそうですので、失敗は許しません」
「っは! 肝に銘じます! ご期待に添えるよう鋭意努力致します!」
アロを挟みながらの微妙な商談は1時間ほどに及んだ。アタシの希望は一つ。極力安価で、レシピ本を発刊できるようにすること。そのために写本師さん数人にコルノさんを通して同じ依頼を出していた。
ちなみにさっき書いていたのはレシピ本第二弾分の原稿で、既に初回分の原稿はコルノさんの工房にある。天然酵母と味噌、ドレッシングの作り方、テーブルロールの焼き方に味噌汁や味噌焼き、野菜の切り方などを載せた基礎教本みたいなモノだ。
一冊を薄くすることで単価を下げる。今後は、素早く量産できるようになれば尚理想的だ。
識字率はそこそこの世界だから、アタシはこの本を教科書にして、料理学校を開こうと考えている。アッフェタルトさん達にやった料理教室の発展版だね。今のところは案だけだけど。
金持ちのお抱え料理人とか、富裕層からは受講料と教科書代をそれなりに取る。ぼったくりも辞さない覚悟だ。そこそこ基本のあるヒト達だから、指導内容も発展形になるだろうしね。追加レシピを教えてもイイ。けど逆に、救民地からの希望者は全員無償だ。「ホラアナ亭グループ」に臨時雇用し、社員教育の一環として教科書貸与で学ばせる。
この数年、コツコツとそのための準備をしてきたから不備はない。
施しもバラまきもホントの救いにはならない。急場しのぎには有効だろうが、永続性が課題になる。だから、あれこれ考えた。あんちゃんという後ろ盾を得て、まずは手の届く範囲で。
アタシのレシピ本は本屋に並べるのが目標じゃなく、初等教育の教科書になるのが目標。ま、小学校ってのがないんだけどさ……。




