「光の洞穴亭」のお料理事情
「アンダさ、ディターさんから聞いてたんだべ?」
だったら宿のやり方は知ってるだろう? と言わんばかりのミョルニー。
年に数回泊まりにくるディターさんは、薬草を調合する腕よりもお客さんとのお喋りで信頼を掴む、営業さんみたいなタイプの薬草師だ。ホブゴブリンのくせに見た目はかなり怖いけどね。でもまぁ、あのお喋り大好きディターさんが、「光の洞穴亭」のあれこれについて説明していないわけがない。
今時あんな突撃訪問販売みたいなノリのヒトが見られるなんて、異世界も案外楽しいもんだよ。
「……いや、聞いてはいたが……何と言うか……聞くのと、実際経験するのは違うだろ……?」
ほぉ。学者さんだと言うだけあって、言い訳がしっかりしている。
「そりゃま、そうだね。んじゃ、改めて説明するから食べながら聞いとくれよ」
ディターさん任せにしてきちんと話さなかったアタシも悪い。そういや最近、ご新規さんも縁故のお客ばっかりだったから、説明とか面倒なこと、サボってたな。
「アタシはここの料理番で人間だ」
「……知っている。さっきも聞いた」
ふん。出鼻挫こうったって無駄だよ。様式美ってヤツだからね。
アタシはフォークを置くと、ブルーリーさんのイスの脇に仁王立ちした。
ちゃんと話す時は近くに行って目を見なきゃ。アタシが率先してそうしなくちゃ、ルフが悪い子に育ってしまう。ルフはアタシの兄で友で、世間知らずの弟みたいなもんだからね。
教育上で考えれば、食事中のお喋りも唾が飛んで良くないけれど、料理に納得できないんじゃ仕方ない。どんだけ踏ん張っても、椅子に座ったお客さんより目線が上に行かないのは正直カッコ悪いものの、こればかりは未来に期待、だ。
「人間にはあんたら魔族と違って魔力がない」
「それも知ってる」
「……いちいちうるさいヒトだねぇ。少しは黙って聞けないのかね。説明してやんないよ?」
「…………」
よし。
押し黙ったブルーリーさんの周り、特にニヤニヤとこっちを見るあんちゃんにイラっとするけど、それは後。
子どものしつけならその場で叱る。けど、立派な大人へのお説教はあとでまとめて。大人みたいなガッチガチな頭の持ち主は、どうせいつ何を言ったって聞きやしない。
だったらアタシのタイミングでやらせてもらおう。
「アタシにゃよくわかんないが、魔族は他種族の魔力を体内に入れると不調をきたすもんなんだろ? だから、魔力の似ている同一種族の料理人や家族の作った料理以外は食べない」
アタシが約3歳になってなんとか調理するようになるまで、この宿も素泊まりでやっていた。ミョルニーの作った料理は同じ妖精小人か、アタシみたいな人間にしか食べられないから。
人間には魔力を感知する器官も何もないから、魔力を浴びても問題ない。
お客さん達の言葉から考えると、一般的な魔族の宿は持ち込み歓迎で自炊が基本、って感じらしいね。
「んでもって、その理由はあんたらにとってはごく明快。魔族の周りにゃ体を包むように魔力の層があって、触った物に魔力でマーキングしちまう。だから調理に使った食材には料理人の魔力が籠もって他種族にとっては異物混入、毒になる。
匂いなんかとおんなじで魔力も時間が経てば消えるらしいが、まぁ、時間の経った料理なんざ大抵美味しかないよね」
こんな話聞き慣れているうちの家族は、黙々と料理を楽しんでいる。肉食過ぎるのがこのメンツの難点だね。あと、のんべえ。
ちなみに、ミョルニーがみんなに振る舞った酒瓶の中身も、言われるままにアタシが仕込んだ果実酒だ。
魔力のマーキングは人間で考えれば指紋みたいなもの。瓶の表面に指紋が残っても中身には問題ないし、料理の載った皿を触ったって端の方や裏なら問題ない。指紋同様拭けば消えるし、猫のマーキング臭みたいに時間が経てば薄れて消える。
とはいえ、食事は出来立てをすぐに体内に取り込むのが当たり前。料理人の指紋がついたクッキーを嫌々食べてもお腹は平気だが、魔力が籠もった料理を食べれば拒絶反応で体調を崩す。
都市伝説的な噂では、ひどいと爆発するらしい。
…………そんな料理、アタシも嫌だわ。魔族って寿命長いし頑丈だけど、妙なとこで不便だよね。
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