閑話・ルフの思い出②
いつもの二倍の文量です
閑話なのに3つも使うのもなんなので……
村では自信を持てないボクだけど、こうして原生林を走ると少しずつ、自信に似た何かが湧いてくる。コットの言葉に歯を剥いてにっこり笑うと、ボクは心の向くまま、走り出した。コットに、「付いて来て!」と数年ぶりの懐かしい口癖を発して。
はっ、はっ、はっ……。息が弾む。
何故こんな何もない所への旅行に誘われたのか、ようやく、わかった気がした。
コットはボクに世界の広さを見せたかったのだと思う。柵に捕らわれ、自分がどう生きたいのかもわからなくなっているボクに、生き生きと過ごせる世界もあるのだと感じさせたかったんじゃないだろうか。
ボクらは間もなく成人だ。いつまでも2人一緒ではいられない。
「……ありがとう」
いつの間にか遥か後ろに置いてきてしまった親友に向けて、ボクは小さく呟いた。聞こえないならそれでいい。
ボクは……なんだか無性に恥ずかしかった。
彼の優しさが、自分の視野の狭さが。何よりも、悲劇を気取っていた馬鹿な己が。
コットが気付かせてくれたこと───。
きっと彼はこの先、一人の人狼として仕事をし、結婚し、親になっていくのだろう。一人前になれないボクには起こり得ない未来が、これからの彼を待っている。
しかし今は不思議と、妬ましいとは思わなかった。羨ましいとは思うけれど、その道は、たぶん、ボクの行くべき道じゃない。さっきまであんなに妬ましかったのに、今は憑き物が落ちた気分的だ。
……ボクの道はもしかして、村の外にあるのだろうか。例えば、こんな、人里離れた原生林に。
ボクはきっと…………。
……うん。この先、今日の気持ちを忘れなければ大丈夫。コットのおかげで、ちょっとだけ、強くなれた。
「速ぇなやっぱり! 光の矢は伊達じゃねぇって! さすが一族きっての肉体派!!」
「……そんなんじゃないよ」
追いついて来たコットに苦笑を返し、ボクは大きく息を吸った。
「……あっちの方、魔物がいる」
吸い込んだ空気にふと違和感を感じて、ボクは木々の密集した方向を見る。たぶん、三百歩も離れていない。……この匂い、
「ドギーベアかな?」
凶暴で素早く、そして肉の美味しい熊型の魔物。
ボクの言葉にコットも鼻を鳴らした。
「おっ、ラッキー! 村の周りはもう狩り尽くしちゃったもんなぁ。久しぶりのドギーベアだっ!」
涎を垂らす勢いで駆け出したコットに続く。ドギーベアは魔物のくせに、狩ればすぐ抜けるほど魔力が少ない。生でも食べれる貴重な獲物だ。
「オレ、右から!」
音をたてると気付かれてしまうけれど、人狼族の足から逃げ切れる獲物なんてまずいない。ボクは左から大回りして、一気に直立するドギーベアの肩に噛みついた。
数拍遅れて右から到着したコットが、ボクを振り払おうと暴れる獲物の喉に噛み付く。連携は完璧。
そのまま20数える間に、ドォンと勢いよく獲物が倒れる。こんなの簡単簡単。
「やった!!」
コットと勝利のハイタッチ。ボク達人狼族からみたら、ドギーベアだって恐るるに足りず。
さてどこから食べようか、と相談しながら魔力が抜けて行くのを待つ。魔力の流れは匂いでわかるから、食べ時を間違えることなんてない。コット曰わく、ボクの鼻も一族イチ。
「……この原生林区って所、楽しいね」
「だろ!? 自然のままに生きるのがやっぱり一番なんだよ。ドワーフの商人に話聞いた時からずっと来たくてさぁ!」
何よりここは、人化できないボクがいても、妙な姿のコットがいても、すべてそのまま、あるがまま。誰も気にしない自由な場所だ。
……むしろ魔虫の多い原生林区はヒト型のヤツより、被毛の厚いボク達のが適してるかも……。
「ん?」
突然、ガサリと後ろの草が揺れた。
「おんやまぁ!」
匂いがしないから気づかなかった。バッと警戒心剥き出しで振り返ったボク達の視線の先にいたのは……やけに小さな女の人。
「……ドワーフ? こんなとこに?」
「いや、オレ聞いたことある。妖精小人じゃないか、あの肌の色。それに……まぁ、なんでこんなとこにいるかは知らねぇけど」
言われてみれば、ドワーフにしては色が白い。そして、背が明らか低かった。
「あんたらがやっつけたんか、この熊っころ」
ボクの頭よりちょっとだけ高いところにある黄土色の瞳は、ドギーベアに釘付けだ。こちらの警戒をあっさり無視して、彼女はそっと、ドギーベアに近づいた。
「ぃんやぁ! 助かったなや!」
確かに死んでいることを確かめ、彼女はニマッと破顔した。
その笑顔の明るさに、ボク達の肩の力が抜けていく。
「これさ暴れてっがら、みんなして困っでたんだよぉ。あんたらすげなぁ!」
「え、あ、いや……」
「みんなって……原生林区に住人はいないはずだろ?」
「んだ。んだけんど、あんたらみてぇに狩りに来る人さ多いんだぁ。うちのお客さんらもさ」
ケラケラとよく笑う女の人に、ボク達はなんだか毒気を抜かれ、気付けば普通に会話していた。彼女の種族訛りが聞き取りにくくて、つい集中して聞いてしまうせいもあるかもしれない。
「……客?」
「んだよぉ。あんたら、泊まるとこねけりゃウチさ来?」
「ウチ?」
「宿屋だがら」
これがボクとミョルニーの最初の出会い。そして、「光の洞穴亭」との出会いだった。
居心地のイイ原生林区、「光の洞穴亭」にボクが通うようになるのは、この後、わりとすぐ。フィーリを見つけるのも、もう間もなくのことだった。
ブックマーク、評価、感想、ありがとうございます
とても励みになり、「毎日更新がんばらねば!そして百ページを越えなくては!」という気持ちになります
ブックマーク200名様、投稿1ヶ月経過記念の閑話でした!
次は2ヶ月記念、または400名様記念で!




