フィーリ、念願の玉子焼!
いつもよりちょっと長いですが……
溶いた真っ黄色のドーイ卵に、1つまみの岩塩を入れる。本来、黄身と白身の混じりを良くするために加える塩分だから、この特大卵黄の卵には必要ないのかもしれない。そうは思えど、アタシの習慣。ま、塩は甘味を引き立ててくれるしね、そこまで深く考えなくてもイイだろ。
カシャカシャと混ぜながらとろりと濃厚に揺れる黄色に、ごくり、唾を呑む。
早く食べたい。ふわっ、じゅわっ、な玉子焼き!
「しっかしおっきな卵だよねぇ。一個でこんだけの量になるのは嬉しい誤算だ」
それからアタシはこぼさないように気をつけて、卵液の半分を別のボールに取り分けた。
半分でも量は十分。いやぁ、実物見たことないけど、ドーイってダチョウよりデッカい魔物なんじゃなかろうか。アタシにとっちゃ扱えるギリギリのサイズだ。
鶏卵より粘度が高いその卵液の、半分にはミルク少々、砂糖をドバッと。
もう半分には小魚を砕いて作ったダシを入れ、バザールで見つけた魚醤をポタポタ……ポタ。
これで見事、甘い玉子焼きと出汁巻き風の両方が楽しめる。はっはっはぁっ! 我ながら天才だねっ。……はぁ、幸せ。
ちなみにこれが、アタシの遅めの昼食になる予定だ。
流石に誤魔化しのきかない料理を一発勝負でヒト様には出せないから、ありがたく試食を楽しむ。宿じゃ残念ながらメインディッシュにできるほど大量の卵を入手できなかったし、卵料理、ホントに久しぶり。ふっふっふ。テンションダダ上がりにもなろうというモンだ。
「そもそも原生林区に宿があるなど気付いた時点で俺に報告すべき案件で…………いくら仕事を終えたとはいえ、仕事なぞどんどん湧いてくるだろうが……」
未だにブツブツと、なんだかあんちゃんへの愚痴モードに入ってしまったジークの兄さんを横目に見つつ、アタシはボッと豪快な音を立ててフライパンを火にかけた。
テフロン加工なんてないから、不本意だが熱されたフライパンにはバターをたっぷり。火加減調整には魔術具を使う。基本的に可能な限り便利道具にお任せだ。
パチパチと小さな泡を浮かべ、バターの色が濃くなっていく。そろそろイイかな? さて、気合いを入れて……。
じゅわっ!
爆ぜながらフライパンに広がる、出汁巻き卵液。最初より少し茶色みがかった黄色に焦がしバターの焦げ茶が馴染んで行く様子は、どことなく芸術的だ。箸でぐしゃぐしゃかき混ぜたあと、手前に寄せて長細い形を作った。ここからがアタシの腕の見せどころ。この細腕でどこまでできるか。
フライパンの奥の方に少量の卵液を追加してから、急いで右手を箸に、左手をフライ返しに持ち替える。広がった卵液が手前まで届いたことを確かめて、奥へ向かってくるり! と一回転。ちょっと端が欠けたけど、うん、イイ感じ。
破れた端を整えながら、ボールの卵液がなくなるまで同じことを計四回。ドーイ卵は火の通りが遅いのか、子どもの腕でも慌てず丁寧に巻く余裕がある。
出来た長方形の黄色をポンと皿にあけるとふんわり立ち上る柔らかな湯気。すぐにかぶりつきたい衝動にかられつつ、我慢ガマン。キッチンペーパー代わりの布切れでフライパンを拭いてもう一回。
焦げやすい甘い玉子焼きも、注意しつつくるりくるりと巻いて行く。バターと砂糖の溶け合うなんとも魅惑的な香りにお腹が鳴った。
「ふぅ。でっきあっがりー!」
アタシのテンション最高潮。環境と食材が揃ってようやく作れた玉子焼きだ。焼き立てふわふわの二皿を並べてみれば、光沢あるキレイな薄黄色と、焦げ目のアクセントが効いた虎柄。どっちもイイよね。
包丁で切ると、美味しそうなダシの香りとまろやかに甘い匂いが溢れる湯気とともに立ち上がる。
いっただっきまーす!
生唾ごっくん。まずは出汁巻き玉子を一口齧る。あっつ! 予想以上にあっつ!
口をほふほふさせて冷ましていけば、徐々に口に広がる濃厚な玉子の旨味と魚の香り。うん、ウマい。間違いない。これぞ「じゅわっ」!
ドーイの卵自体がうっすらと塩味なのか、大して調味料を入れてないのに不思議と十分な塩気があった。魚醤と出汁がバターの香りを消してしまっているけれど、コクはしっかり残っている。
「うん。うん、うん……」
一切れ食べ終わって、次はお楽しみの甘い玉子。はぁ、これぞお袋の味だよねぇ。ウチの子達、お弁当には必ず甘い甘い玉子焼きを欲しがったものだ。
「んん……っ」
ふぅふぅと冷まして一口噛めば、なんとも言えず懐かしい味。素材が違うし、同じ味にはならないはずなのに、ホッと肩の力が抜けるような優しい味がする。塩気が甘さを引き立ててバターとほんのりミルクの香りと……子ども達のために作った甘い玉子焼きみたいにしっとりとしていて、味覚以上に気持ちが満たされた。
もはやお菓子じゃないか、ってほどに甘い玉子。思わず、涙腺がジワッと熱くなってくるのがわかった。
「それは何だ?」
「っ!?」
しまった、そういえば兄さんがいるんだった……!
アタシは慌てて袖で目元を拭き、
「た、玉子焼だよ。試作品だが食べてみるかい!?」
乱暴に手近なお皿を突き出した。
「毒々しい色だな。……ふむ。しかし匂いは悪くない」
じっくりと出汁巻きを観察した兄さんが、おもむろに一つ指で掴む。
「え、ちょっと、フォークあるよ? 熱いだろ!?」
止めるのも聞かず、ジークの兄さんはそのまま出汁巻きを口にポイッと放り込んだ。指も口の中も火傷していないか心配になるが……そういえば、兄さんはあんちゃんと同レベルの無双チート。卵レベルの高温なんてへっちゃらなのかも……?
「む。旨いな。何でできている?」
「ドーイの卵だよ。岩塩と魚醤、粉末にした小魚で味付けして焼いたんだ。甘いの嫌いじゃなければこっちもどうぞ」
「ふむ。……これはまた……甘くて驚いたが、菓子だと思えば旨いな」
「気に入ったなら今度朝ご飯に出すよ。ただ、ドーイの卵はもうないからオルニ卵だけど。オルニだとここまではふんわりしないかもね」
「……つまりドーイ卵が欲しいのか? 問題ない。届けさせよう」
どうやら、兄さんは出汁巻きがお気に召したようだ。
「その代わり、この場を一般に開放するのは少し待て。お前にはやってもらうことがある」
「は? なんだい?」
「今日の夕飯も楽しみにしている」
「え、ちょっと兄さん??」
言いたいだけ言って、ジークの兄さんはロクに応えを返さず虚空へと消えてしまった。なんなんだろうね、あの消えたり出たりする技。見えなくなっただけなのか、移動しちゃってるのか……まったくわからない。あぁもう、これだから無双チートはっ。
しかし……ドーイ卵ゲットだぜ。ふふふ。うーん、でも、玉子焼好き仲間ができたのはイイけどさ……アタシ、何させられるんだろ……?
魔女宅のニシンのパイ、イギリスのスターゲイジーパイだと今更知りました
あまりのビジュアルに笑い止まらず……娘に見せたらなぜか、泣かれました




