「光の洞穴亭」の人間模様
「…………服着ないの変じゃない………? フィーリ、ホントにそう思う……?」
「あぁホントだよ。アンタはもっと、自分に自信を持ってイイ。誰よりもキレイ……いや、かっこいいよ。
変なこと訊いて悪かった。すまないね」
「え!? ぅ……ぅええ!? 別にフィーリが謝ることじゃないよ!? ちょっ……頭上げて よ」
慌てたルフにバシャリとお湯が跳ねた。気にすんなとでも言うかのように右前足を器用に振る。
「ね、ホント、オレ、まったく気にしてないし! 頭上げてよ」
「……そうかい?」
いい加減跳ねるお湯でずぶ濡れになった頃、アタシは90度のお辞儀をやめた。
この世界では、心から謝罪する時、腰を直角に折って首筋を相手の前に晒す。それは、「許せないと思えば処刑してくれて構いません」という意味。命がけの謝罪だ。
……まぁ、狼狽えるルフの気持ちもわかる。こっちとしては気が済むけれど、そんな謝罪をされた方は重たくて仕方ないだろうからさ。
「じゃあ、ルフへのお詫びは魔石付きのオルニでどうだい? 捌いた分の魔石は貯蔵庫に回したが、少し、取ってあるんだよ」
パチリとウィンクをしてみせれば、ぺたんと倒れていたルフの耳がふるふると震えてパッと立った。尻尾も同時にピンと立って、それからフサフサ揺れ始める。
ホント可愛い狼だ。
「さて。そろそろ仕上げしようかねぇ。ムコカは……」
「オレやるっ! ここっ、ここにザバッと入れてよ! オレがムコカ洗うからっ」
「イイのかい? アタシは助かるけど……」
「うんっ! 爪引っ込めてやるから大丈夫っ」
「じゃあありがたくお願いしようかねぇ。その間にアタシとミョルニーで配膳しちまうよ」
「任せてっ! オレ、フィーリの兄ちゃんだからさっ」
盥風呂はルフの毛で汚れている。けれど、ムコカの泥を落とすには十分だろう。後でザルにあけて仕上げ洗いをすればイイ。
「ふふっ、任せたよ」
最後にルフの頭を撫で、アタシは粗布で手足を拭ってから表に向かった。
カウンターと扉を隔てた向こう、ミョルニーが整えてくれた食堂は、下町の食堂のように明るく可愛らしい。洞窟の中だとは到底信じられない立派さだ。
テーブルの上のクロスは淡い黄色のリネン。カトラリーが並べられ、真ん中には花が活けられている。
5個しかないテーブルの上の花瓶は、全部同じ形の色違い。ミョルニーが土魔法で作った小振りな花瓶で、飾られてる花もそれに合わせた色になっていた。
普段大雑把な癖に、彼女はインテリアに関して妙に細かい。
料理を盛る器も、メニューによって使い分けるよう、丁寧に指示されている。
「ミョルニー、並べるの手伝ってもらえるかい?」
ちょうど貯蔵庫からお酒のビンを抱えて戻って来たミョルニーに声をかけると、
「ああ、イイ匂いだなや」
手早く皿を選んで出し、席にどんどん運んでくれる。
妖精小人は働き者だ、とミョルニーは言うけれど、きっとその中でもミョルニーは飛び抜けて働き者なんじゃないかと思う。辺境とはいえ、一人で宿屋なんて始めたのがその証拠だ。
しかも人嫌いで偏屈なドヴェルクにあって、異例の人好き。面倒見が良くてお喋り好きだ。ホント、アタシ、ミョルニーに拾ってもらえて良かったよ。やっぱり早く成長して、家族を支えてやりたいもんだ。
アタシはどうせ早く死ぬから──種族的な寿命はどうしようもない──たくさん親孝行、しなくちゃね。