「光の洞穴亭」の家族
「ただいまフィーリっ! ムコカの実たくさん取れたよ!」
「ただいま。はぁ、しんどいしんどい」
「あぁ、おかえり。……ってなんだい、ミョルニーもルフと一緒に出かけてたのかい?」
勝手口から飛び込んできた若い狼がこちらを見て、嬉しそうにくるりと回った。その希少な銀の毛並みを撫でていると、後からずんぐりとした子どもサイズの女性が入ってくる。
小さな山芋がどっさり詰まった背負子を炊事場に下ろし、
「明日にでも丸揚げにしてけれな。つい取り過ぎたっけ」
自分の肩をトントン叩きながらシワ一つない顔でニマッと笑った。
「ほいきた、つまみに出すとするかね。しかしまぁ、よくこんなに掘ったねぇ。こりゃ揚げるのも大仕事だ。配膳は任せたよ?
あぁ、そういえばご新規さんが一人来てるよ。ブルーリーさんっておじさんで、ディターさんの紹介だとさ。ほら、ディターさんてあの、ホブゴブリンの薬師で……なんかオーガみたいな体格のさ?」
「あぁ、ディターさんな。あん人の話、おもしぇがったなぁ。グスタの街の詐欺師の話、どうなったんだべ」
「ブルーリーさんに聞いてみなよ。まぁ、学者さんらしいから世俗は詳しくないかもしれないがね」
「フィーリ! ミョルニーの長話に付き合ってないでさっ! ボク、お腹ペコペコだよ。外ももうすぐ真っ暗になるもんっ」
「ふん。年寄りの話ってのは長ぇって決まってんだ、こん若造が。随分とまぁ図太くなっちまってなぁ、プルプル尻尾巻いてたくせによぉ」
「昔のことは言わないって約束したでしょ!?」
ルフは立派な体格の人狼だから、妖精小人のミョルニーと並ぶと頭の位置が大差ない。その気になれば大きな口でバクリと行ける高さだけど、臆病でお調子者のルフの牙は残念ながら威嚇用。人化できないはぐれ狼にとって、「光の洞穴亭」は唯一、素でいられる場所なのだそうだ。
アタシもルフも、ミョルニーに救われた。種族の違う三人家族。
昔、生まれたての捨て子だったアタシを見つけてここに連れて来てくれたのはルフだった。受け入れてくれたのがミョルニーだ。ルフもミョルニーも、アタシにとっては同じくらい大事な家族だ。
「はっはっ! 昔ねぇ。んだがらアンダの生まれる前のことは言わねぇべ?」
「むきーっ!!」
ミョルニーの大雑把な大らかさには、アタシもルフも感謝している。口は悪いし、人はおちょくってなんぼの性悪だけど、誰よりも懐が広いし情に篤い。
103歳とまだ若いせいか、職人気質の多いドヴェルクには珍しく社交的で行動的。集落を飛び出してこんな所に宿を構えるなんて、ドヴェルクの常識からしたらありえない。お調子者、おてんば、変わり者。
そのおかげで、アタシ達はこうして生きていられる。
「まったく2人ともいつまでジャレてんだい。ルフはそこの盥で手足洗って。ミョルニー、テーブル頼めるかい?」
「えがす」
「ちょっとミョルニー、いい加減『いいよ』って言いなよ。ドヴェルク訛はわかんないってば!
あ、ねぇフィーリ、盥、あったかい? お風呂は?」
「こらルフ、アンタでっかいんだから前見えないでしょうが」
ミョルニーとアタシの身長はほぼ変わらない。ルフの巨体でまとわりつかれると、前が見えないどころかヨレて転びそうになってしまう。
「お風呂はあんちゃんが入ってるよ。入りたいんなら一緒に入ればイイんじゃないかい?」
「えー……」
なにせ、日本で言うところの観光ホテルの大浴場以上の広さがある。
「……今はほら、うん。忙しい時間だし、やっぱり盥でいいや」
「まったく……。なんだってそんなに苦手意識持ってるのやら」
「……男には男の事情があるのっ!」
あはは。立派なお犬様が何言ってんだか。
苦笑しながら盥に水を張り、加熱の魔術具を入れる。お風呂には及ばないが、これで汚れ落ちはかなりよくなるだろう。湿潤期なんだから、水浴びだって気持ちイイと思うけどねぇ、まったくこのお坊ちゃまは。現世での実年齢的にはルフの方が遥かに上だが、どうにもやんちゃな息子のように思えてしまう。
ルフの話では人狼族の者は通常、幼年期を過ぎたら人化できるようになるのだそうだ。しかし、父が人狼、母が狼という変わり種のルフは成人した今でも、狼の姿のまま。
仲間想いの集落の中でみんなに助けられながら暮らしていたルフは、しかし、優しくされればされるほど、惨めに感じるようになったと言う。獣の寿命しか持たない母狼は、ルフが成人する前に亡くなっていた。
年々鬱屈した想いを募らせて、劣等感と自尊心と無力感の狭間で迷子になってしまったルフは、そのせいか、人型の魔族男性に妙なコンプレックスを抱えている。
ま、わかる気もするけどね。特にあんちゃんは二枚目顔だし、種族としても強くて希少。毎日顔を合わせているとはいえ、弱肉強食の獣の血を引くルフからすれば、劣等感以上にどう接していいのかわからないのかもしれない。
腫れ物扱いされると誰だって嫌になる。だから、アタシはあえて、何も知らないかのように普通に接する。こうして吠えていられる間は、ルフの心は大丈夫。そう思えるから。
大切な大切なアタシの家族。
「ほらルフ、早いとこキレイにしとくれ」
「うんっ! はぁ……湯気って、イイよねぇ」
「……つーかよぉ、『男』を語るなら娘っ子の前で湯浴みすんじゃね。キレイな娘っ子がここに二人もいんべ?」
「はぅ!?」
「ミョルニー……。イイから早いとこテーブル拭いとくれ」
「……オレやっぱ、お風呂行って来ようかな…………ミョルニーはともかく、さ……?」
「せっかく盥あっためたんだから使っとくれよ。アタシ達はそっぽ向いてるから大丈夫だろ。今更だしさ」
「う“ーー…………」
「んだんだ。今更だったなや。あっはっはっはっ!」
「ミョルニーのばぁかっ!!」
「…………ハァ。イイから二人とも早くしとくれ。夕飯時になっちまう」
魔王領の外れ、原生林区。魔獣の楽園、広大な魔境。
家族経営の小さなお宿「光の洞穴亭」は、今日も元気に営業中だ。