フィーリと疫病②
「そうですね……万が一、隔離しなければ国全体が死に絶えるのであれば、それは仕方のないことだと思います。そのせいで帝王が臣民や他国、いろいろな方面から非難されることになっても、国のためならば……!」
「もし、あんたの大切なヒトが隔離されることになっても、かい?」
「…………」
「冷たいようだが、敢えて言うよ。多分、これからの旅はアンタが思うよりずっとキツいはずだ。多分、精神的にね。恋人のために努力したとして、それが他のヒトのためになるとは限らないだろ。大勢のことを考えれば、二度と恋人に会わない方がイイことだってある。アンタの立場ならきっと、恋人か故郷かどっちかを選ばなきゃならないこともある。いずれ、旅に出たこと自体後悔するかもしれないし、魔王領のあれこれを恨む日が来るかもしれない」
バールさんが言うことは、命題としてイコールじゃない。祖国を救いたいと言い、恋人を治すことが一番だと言う。
そこに矛盾があるなんてことは、数学が嫌いで苦手だったアタシでもわかる。
「……残念ながらアタシにしてやれることはない。アタシにできるのはアンタに美味しいご飯を食べさせて、栄養付けて見送ってやることだけだ。万能薬もお探しのヒトも知らないからね。偉そうなこと言ってる自覚はあるよ。でもさ」
すっかり黙り込んでしまったバールさんに言葉を重ねる。彼女のことは気の毒だと思う。勇気はすごい。でも、為政者側として考えると、かなり甘い。
他人の空似とはいえ、自分と似た相手が無責任でいるのを見るのは我慢ならない。つい、お節介で「現実を正しく知るところから始めな」と諭したくなる。夢を夢見るお年頃なのはわかるが、「地に足着けて考えな!」ってね。……老婆心なのは百も承知だ。
とはいえ、この先彼女がどうするのか、決めるのはバールさん自身。そして、アタシが彼女に望むのは、
「ひどい病が広がって、さらに多くのヒトが苦しむことになるのは嫌だ。予防できるなら予防したい。次に苦しむのは生まれたての赤ちゃんかもしれないし、夢を叶えたばかりの若者かもしれない。誰かの大切な父母かもしれないし、自分自身かもしれない。アタシの大切な家族がどこかでその病気をもらって来ないとも限らないんだ。だから、あんたの知ってる限りのこと、教えてくれないか。対価はそうだね……適切な予防手段、でどうだい?」
せっかくの機会だ。大切な情報は共有したい。
魔法が使えない人間でもできること。それは魔族には教えられない。帝国がどんな生活環境なのか知らないが、人間歴ウン十年のアタシの知識が役立つこともあるはずだ。
「…………このお料理、甘くて美味しいですね」
しばらく黙々と食事を続けていた彼女が、ふいに表情を和らげた。フォークの先には切り分けられたパンデピス。
「とても良い香り……」
ハァ。一筋縄じゃいかないか? ま、アタシ、深夜のテンションで喋り過ぎたからね……。
このところマイペースで強靭な魔族と暮らしてたから忘れていた。他人との会話の難しさ。人間てのは一人じゃ生きていけないから協調性が大切だし、協調性が優れるほど繊細になっていく。いつの間にかアタシのメンタルは魔族寄りになってたらしい。ズケズケと踏み込み過ぎた。
「……気に入ったなら明日また出してあげるよ」
自省の意味を込め、薄い笑顔を作る。焦っちゃいけない、人間関係ってそういうモノだった。「疫病」って単語に過剰反応して、怖くなって暴走したアタシが悪い、きっと。
「今夜はもう遅いからさ……」
そろそろ寝ないと明日の朝がツラくなる。ふと我に返ってみれば、食堂の呑み会も解散になるような時分だ。時計などない辺境の洞窟の中。代わりにあちこちに、魔王領の標準時間を知らせる魔術具を設置して生活リズムを整えている。すでに夜二の鐘が鳴っていた。
「悪いが、アタシはそろそろ寝るよ。続きは明日にしよう。数日逗留するんだろ?」
「……え? …………二泊すると聞いています」
「じゃあ、明日の昼過ぎか夜。あんたの答えを聞かせとくれよ。あ、食器はそのままでイイよ、明日片付けるから」
少し強引かと思いつつ、話を打ち切る。
眠い頭で考えても妙案なんて浮かばない。そもそも自分の日常を守るのでいっぱいいっぱい。アタシも頭を整理したい。
「一方的にあれこれ言って悪かったね。食べ終わったらバールさんも自分の部屋に戻って寝るんだよ? んじゃ、おやすみ」
戸惑うバールさんを後目に、アタシはベッドに横になると頭から毛布を被った。「1+1=2 1+2+3=6 1+2+3+4=10……」と呪文を唱えるうちに、猛然と睡魔が襲い来る。
ウトウトとした意識の隅で、アタシは聞いた気がした。
「……忌み子が生きているのが悪い…………」
低い、そんな呟きを。
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