フィーリと疫病①
「症状は……………って、え!? えぇっ!? そんなっ、恋人だなんて……そんなっ」
動揺しきり。可哀想なほど狼狽え始めた隠し事下手のバールさん。その真っ赤な頬を見ながら、
「大切なヒトなんだろ?」
と訊けば、恥ずかし気な肯きが返ってきた。
やっぱり……。アタシの勘もまだまだ捨てたもんじゃない。
お姫様育ちのバールさんが今こうして魔王領にいるのは、情熱的で一途な恋心のせいだった。愛しい相手が、不治の病床にあるせいなのだ。
「最初は……感冒かと思っていました。倦怠感がひどい、と本人も」
しかし、それから足が異様にむくみ始め、痺れるようになった。悪化の一途で、終いには立てなくなり、寝込んでしまったのだそうだ。全身のだるさに節々の痛み。食欲が皆無に等しくなってきて、そのヒトは今現在、どんどん衰弱しているらしい。
「同じ症状で既に何百人と亡くなりました。病床に伏している臣民も多く、近いうちに数千人規模の大惨事となるでしょう……」
「どのくらい前から流行り始めたかわかるかい?」
「さぁ……昔からポツポツとは出ていたようですが、目立ち始めたのはここ数年というところで……」
「風土病かね? ……バールさん、その病は染つるんだよね? どういう時に染つるんだい?」
「え? さぁ……そんなこと、考えてもみませんでした」
「……疫病なんだよね? 例えば、くしゃみしたヒトの近くにいたヒトが次に発症しただとか、ただ近くにいただけで染つっただとか……あとは……ある場所に行くと発症するとか……。何か、その病気にかかったヒト達に共通点はないのかい?」
「共通点、ですか。そうですね…………報告されているものはなかったと思います」
「うーん……職場が一定区域内だとか、家の造りが似てるとか、同じ動物を飼っているとか、同じ食べ物がすごく好きだとか……」
疫病と言うからには、感染源が必ずある。風邪だろうがインフルエンザだろうが水虫だろうが、ウィルスの感染には経路がある。日本人的に当然のその発想はしかし、バールさんにとっては一般的ではないようだ。もしかしたらこの世界では医学の根本が違うのかもしれない。
「あの、それを知ると何か………? 病が治るのでしょうか……?」
「治りはしないよ。けど、これ以上広げないようにはできるかもしれない。帝国を救いたいってなら、大切なことだろ?
……まぁ、あんたが恋人以外どうなってもイイってんなら関係ないがね。あー……つまり、治療法が一番で他は後回しでイイなら、ってことなんだけど……」
アタシに医療の知識はないから、診断も治療もできない。でも現代日本人だった知識を使えば、基本的な感染症予防や対策は思いつく。
とはいえ、口をついたキツい言葉に自分でも驚いた。いくら驚いたからって言い過ぎだよ。慌てて歯切れ悪く言い足しても残る罪悪感。ハァ。ズケズケ喋れるのがおばちゃんの強みとはいえ、デリカシーをなくしたらただの老害じゃないか。反省しなきゃ。言い方ってもんがあるよ。
「…………そう、ですね……。一番は、治してもらうことだと思っています。彼のための探しているとはいえ、もしお薬が見つかれば結果的に他の民も助けられるでしょうから。ただ……将来的に国を救うためには、フィーリさんのおっしゃることが大切なのも理解できます」
「ま、確かにね。救えるもんなら救いたいって気持ちはわかる。たださ、忘れちゃいけないのは正があれば負があり、どんなことにも良い面と、悪い面とが紙一重だってことだ。利益だけを得られることはまずない。治療しようと思えば高価な対価や、とんでもない代償があるかもしれない。予防しようとする結果、特定の生き物を隔離しなきゃならなかったり、ある階層のヒトが非難される可能性もある」
回りくどいが、訊きたいのは「本当に覚悟があるのか」。バールさんはただの帝国民ではなく恐らく為政者側だ。貴族のご令嬢か何かだろう。
魔王領に特権階級はいないが、人間の国には貴族がいると聞いた。そんなお嬢様が従者もなく、商人に連れられて旅しているのだから、帝国内部の混乱は相当なものだと察せられる。




