フィーリと森の向こう
「タウロ乳のグラタンとボア肉のポトフ、オルニの串焼き、十角ジャムを塗ったパンとパンデピス。飲み物は何がイイ?」
「……では、何か果汁を……」
「ヤンヤ、キト、ハンゲン、ミレー、ウキ、十角、どれがイイ?」
「……すみません、魔木はよくわからなくて…………甘い物でお願いします」
「んじゃ、ハンゲンかミレー。取ってくるから先食べててイイよ」
玄関の奥の通路は、「光の洞穴亭」従業員の私室に繋がっている。お客の邪魔にならず動けるように、ミョルニー、ルフ、アタシの部屋は厨房や裏口に近い一階だ。
そこそこの広さの私室だけど、内装は客室と大して変わらない。灯りは魔術具頼りで、家具の類も最低限。ただベッドの木枠だけが、客用と違って好みの色に塗られている。アタシのは明るい緑だ。
ベッドの反対側の壁際には、木箱が数個。その上に掛けられた草花模様の可愛らしい布は、あんちゃんがプレゼントしてくれた。……うん、アタシの私物、あんちゃんにもらったモノだらけかも。
部屋の中央、シンプルなテーブルセットに一人分の夕食を準備し、アタシは…………貯蔵庫に戻って息をついた。
なんだって緊張なんてしてるのかねぇ? まったく、アタシらしくない。
ただ人間という種族のヒトと話すだけのことに、こんなにナーバスになるなんて思ってもみなかった。
わかってるのに。バールさんはアタシを残酷に捨てた今生の親じゃないし、種族を一括りにして語るなど差別主義のバカがすること。いくら、この七年人間に会ってないからって、気にすることなんて何もない。
ふうぅ。
深呼吸を一つするとアタシは自分の部屋へとスタスタ戻った。手には果汁入りの瓶が二本。
「お口に合うかい? これ、好きな方……両方飲んでもいいよ」
上品にスプーンでポトフを飲むバールさんに、アタシは笑顔を向ける。
無関係なお客にアタシの人生を押し付けちゃならない。彼女の努力を、否定してもならない。
「はい、美味しいです。帝国の一流料理人の作るものよりも。…………あ、その、たぶん、ですけど」
………………ちょっと。この子、大丈夫なのかねぇ?
さっきもそうだったけど、今だって見ている方が不信感を抱くほどにオタオタしている。語るに落ちるとはこのことだ。
「アタシのはただの家庭料理だ。でも、誉めてくれて嬉しいよ。
帝国って言うと……確か、原生林区の向こう、アジャイム王国の更に南の方だっけか? 気候も全然違うだろうし、そっちじゃどんなご飯食べてるんだろうねぇ」
地理に詳しいとは言えないが、いろんな話の集まる宿屋をやっている以上、噂程度には知っている。
「帝国って言やぁ新しい皇帝が即位した、って聞いたよ」
言いながら、アタシはベッドにドンッと座った。
別段探りを入れたつもりはなかったのに、またしてもバールさんの肩がビクリと揺れる。
思わず、ハァ……と息が漏れた。
「あんた、危なっかし過ぎて心配になるね」
「え?」
「天然かい? まったく……。あんた、感情がダダ漏れなんだよ。フード被っててもわかるんだ、お忍びならちったぁ無表情の練習しな」
本当に無自覚なんだとしたら、ルシオラさんの苦労に涙する。こんな爆弾娘、危険じゃないわけがない。
「あ……すみません……」
一方のバールさんは驚いたような声を出し、そしておもむろに手をやると、バツが悪そうにフードを脱いだ。言われて初めてフードを被ったままだったことに気付いたらしい。
……いや、そっちを注意したわけじゃないんだけどね……?




