フィーリと訳あり娘
どうして魔王領に人間の、しかもお嬢様がいるのかが問題だ。アタシみたいに捨てられたわけじゃないだろうし、ルシオラさんと商売するためでもなさそうだ。
バールさんはピタリ、フリーズしている。水音がまったく聞こえない。別に人間だってことがバレたところで取って喰われるわけじゃナシ。堂々としてりゃイイのにさ。それとも、バレたら困る理由があるんだろうか。
「…………事情は知らないが……ま、すごい勇気だよ。お嬢様にゃツラい旅だったろ? とにかく今夜はゆっくり休んで行きな」
災厄を運ぶモンじゃないとルシオラさんが保証した。だったら、バールさんの苦労はバールさんのもの。アタシがすることは、他のお客と同じくもてなすだけだ。
宿屋なんて、一夜限り、いろんな人生が交差する。
「ご飯まだだろ? 甘いデザートも焼いたから食べとくれね」
身動ぎしたような気配は伝わってきたけど、バールさんは何も言わない。
アタシはザバッと波を立ててお湯から上がると、手桶を使って頭を流し、チィの花びらを手に取った。手桶のあたりに置かれた真っ赤な花びらは、両手で擦ると石鹸みたいに泡がたつ。程良い油分と殺菌効果のある泡で全身を擦ると、今日の疲れも一緒に洗い流されて行く気がした。
バシャアッと手桶で数回お湯をかぶれば、アタシの長く真っ黒な髪がツヤツヤ光る。チィの泡じゃ、サラサラキューティクルとはいかないけれど、パサつきがなくなってしっとりとまとめやすい髪になる。肌もしっとり洗い上がって、温泉効果倍増だ。
「んじゃ、お先」
備え付けのタオルで体を拭い、脱いだ服を再び着る。
アタシがいつも身につけているのは、シンプルなデザインの膝丈袖無しワンピースと、ダボダボのカボチャパンツ。下着なんて概念がない世界だから、湿潤季は素肌にその2つを着て終了だ。とはいえ、あんちゃんが都で買ってきてくれた不思議素材の服だから、半年着ても小さくならないし、なぜかいつもキレイなまま。さすがファンタジーな世界のお偉いさん。きっと買うとお高いんだろうね……。
あれもこれもあんちゃんの好意に甘え過ぎだと思うけど、憎めない笑顔で「フィーリと『光の洞穴亭』が大好きだからですよ」なんて言われると、断りきれない。まったく、イケメンの女ったらしは恐ろしい。
「あの……っ」
上へと戻る坂道に踏み込んだ時、バールさんに呼び止められた。ん? と振り返って…………しまった。
ばっちり見ちゃったよ、湯煙の向こうの華奢な裸。あぁ、約束破っちまった……不可抗力とはいえさぁ……。ハァ……立派に人間だったよバールさん。
「お話が……っ! あの……後で、お部屋にうかがってもよろしいでしょうか……?」
「え? あ、あぁ構わないよ。厨房にいるから、声かけとくれ。
……あぁ、風呂上がりはそこのタオルどうぞ。使い終わったら向こうのカゴに入れといとくれね」
別に、アタシは人間が嫌いってわけじゃない。
正直、この世界の人間には嫌な思い出しかないけど、彼らには彼らなりの理由があった。それに、アタシだって正義を語れるほど善人じゃない。人間であれ魔族であれ、誰かを傷つけてることもあるだろう。自分の不満ばっかり語ってたら、バチがあたる。
何より、アタシは今、幸せなんだ。バールさんが人間だ、って知ったからって何だってんだ。
「んじゃ、ごゆっくり」
大丈夫。アタシはそのっくらいじゃ揺るがない。
ようやく、「作品情報」のタグの存在に気付きました……
ブクマ、評価、ありがとうございます<(_ _)>
「なろう」初挑戦でドキドキですが、ご閲覧いただき、本当に嬉しいです




