フィーリと一緒②
ただでさえこの世界の常識に疎いアタシだ。庶民の常識に疎いバールさんと、日常会話が続くとは思えない。アタシは早々に見切りをつけて、
「入ってみなよ。恥ずかしいなら、アタシは反対向いてるからさ」
温泉のことに話題を戻す。「ほら」と背中を向けて見せれば、しばしの間の後、さやさやと衣擦れの音が聞こえた。
「……失礼、します……」
チャパチャパと軽やかな水音の後、小さな波が背中に当たった。それから、ほぅっ、と満足そうな吐息が響く。
深く被ってたフードのせいで、まだバールさんの顔をちゃんと見れてないもんだから、振り向きたい好奇心がムクムク湧いてくる。けど、我慢ガマン。自分で言ったことくらい、ちゃんと守るよ。
「イイお湯だろ? 疲れた時は温泉が一番さ」
「えぇ……本当に。…………きゃ!?」
「あぁ、もしかして小魚かい? ほっといて害はないよ。それどころか、ソイツらも美肌の秘訣さ。好きにさせてやんなよ」
「え!? でも……魔物、ですよね……?」
「魔物? あぁ、言われてみれば、そうだね。……でもまあ、ただの小魚だよ。皮膚の汚れを食べてくれてるのさ」
魔力を持っていて、かつ知性的な思考をする者だけが魔族と呼ばれる。魔力を持っていて、本能のままに生きるのは魔物。そして、魔力を持たずに知的なのが人間で、魔力を保たず単純思考しかしないのが動物だ。
考えたこともなかったけれど、ドクターフィッシュは魔力も食べるんだから、間違いなく魔物の一種。
「……そういうもの、なんですか…………?」
「だって魔物なんざ珍しくないだろ。今更気にするもんかね? まぁ、魔王領外なら知らないけどさ」
魔王領の在来種は、多かれ少なかれみんな魔力を帯びている。魔力ナシは、アタシみたいな外から来た者だけだ。歴代の魔王様の強大な魔力の影響下、長い年月をかけ、土着生物はみんな、魔族や魔物として進化してきたのだそうだ。
……てことは、もし万が一、アタシがここで何百年も生きたとしたらさ、いずれ魔力を帯びるのかねぇ? ……いや? そしたらもう肉体的に人間じゃなく、亜人に変異しちゃってるから……アタシの自我が残ってるかどうか、怪しいもんだ。
取り留めもないことを考えてたアタシは、後ろから聞こえたゴクリと息を呑む音で我に返った。
「バールさん?」
「あ、いえっ! ……そ、そうですよね、魔物なんて珍しくありませんよねっ」
……なんでこんな慌ててるんだろ?
身振り手振りが付いているのか、バシャバシャと水の跳ねる音がする。
「バールさん、アンタ…………」
まったくの勘だった。けれど、直感的にそう思った。
「アンタ、人間だね?」




