「光の洞穴亭」の料理番
パタパタと軽い足取りで厨房に戻ると、アタシは捌いている途中だったオルニと向き合う。今朝、ルフが仕留めてきてくれたばかり、とびきり新鮮な鳥肉だ。
オルニは夜行性の魔物で猛禽類。骨がいわゆる「魔石」で魔力が籠もっているけれど、捌くには普通の鳥と何ら変わりない。
今夜はオルニのソテーにでもするかね。
緑のジャガイモみたいなウィリと一緒に、細かく刻んだウキの葉をかけて鉄板で焼けば滋養強壮に良い料理になる。
名前は……うん、そう、「オルニとウィリの香草焼き──強壮剤を超えて──」にしよう。わかりやすくてイイんじゃないかねぇ。
栄養バランスを考えて、スープの具は近くの小川で取ったボレに決めた。シジミ程度の小さい貝ながら立派な魔物で、この湿潤期の暑さを乗り切るにはもってこいの食材だ。毎度おなじみ「ボレの味噌汁・冷感仕立て」。このところちょっと登場頻度が高いが、ま、人気だからイイだろう。
ちなみに、味噌は原生林で取れるエゴク豆で作った自家製だ。これが意外といけるんだよね。見た目はインゲンみたいなんだけどさ。
洞穴亭の味噌の歴史は存外古い。……いや、短いか??? 数年前、アタシが4歳くらいの時にダメ元で作ってみたのが始まりだ。子どもの一年て長いからねぇ、なんかもう、ずっと昔から作ってたような気がしてるよ……。
自家製味噌作りは、前世でも毎年していた。とはいえ、麹がない状態からのスタートは初めてで。ホント、ダメ元の気持ちだった。エゴク豆を茹でて潰して……自信がないながらごく少量仕込んで様子を見たら……なんと、放置という名の熟成半年で、見事、味噌もどきができてしまった。
豆のせいか気候のせいかどっちもか。……この世界、びっくりどっきりの目白押しだ。
「パンは焼けてるし、十角ジャムはまだ3瓶ある。ミレー酒もタウロの乳も清水も出せるし、デザートはハンゲンの甘煮を作った。あとは……キト酒はルシオラさんが来ないことにゃ出せないが……」
前世のシステムキッチンにこそ劣るものの、「光の洞穴亭」の厨房もアタシの好みで改造してあるからなかなか便利。もちろん人間のお子ちゃまなアタシには力も魔力もないから、改造自体は土魔法の得意な女将、ミョルニーにお願いした。
鍋の魔術具でコトコト煮えるスープも、焚き火の魔術具で香ばしく焼けるソテーも、瓶詰めの並ぶ棚も、食器棚もパン焼き釜も、アタシの動線に合わせて配置してある。
「……うん、大丈夫だね」
「フィーリ、何が大丈夫なんですか?」
ふいにカウンターの向こうから声がかかった。食堂からこちらを覗く姿は窮屈そうで、それでいて見慣れたものだ。子どもサイズの厨房だからね。おままごとの家に大人が乱入するような違和感がある。
「今日の夕飯も美味しくできそうだ、ってことさ。おかえり、あんちゃん。今日はおもしろいものあったかい?」
2m近い長身のガヴのあんちゃんは長逗留のお客で、原生林区にバカンスに来ている。長年に渡る大仕事が終わったとかで羽を伸ばしに辺境に来たそうだけど、平均寿命の長い魔族だけあって見た目は二十歳そこそこ。朱色の癖毛はボサボサで、隠れがちなオレンジ色の瞳はいつも眠たげ。龍人の証、首と手のひらを覆う真紅の鱗が隠れてしまえば、デッカいだけで頼りなげな若者にしか見えなくなる。
「アルブの群生地を見つけました。はい、お土産」
「……ってこれ、あんちゃんが編んだのかい? 随分とまぁ上等な……」
「かぶって見せてくれます?」
「え…………こうかい? なんだか恥ずかしいね」
龍人という種族はついお宝を集めてしまう、とあんちゃんが前に言っていた。……なのに、なんだって毎日アタシにお土産持ってきてくれるんだろうね?
真っ白なアルブの小花を編み込んで作った花冠。まさか年甲斐もなくそんな可愛らしいものをかぶる日が来るとは思わなかった。
………………って、アタシ7才か。40代の感覚は忘れなきゃね。
「よく似合ってます。……ホント、フィーリは可愛いなぁ……いつまでも見ていたいです」
「ははっ! そりゃありがとさん。あんちゃんこそ、相変わらず口がうまいねぇ。アタシがあと20歳若けりゃ……」
……っと、しまった。言ってるそばから失敗だ。
「あー……20年早く生まれたりしちゃってたらー……あんちゃんと出会えなくて心底がっかりしただろうよ」
……苦しいか?
なんとか言い繕えたと思うんだけど……。無理かねぇ……。
「何歳違おうが、ボクは絶対フィーリを見つけ出しますよ。大好きですからね」
「あはは! まったくあんちゃんにゃ負けるね」
まだ背の小さいアタシからは、覇気なく俯きがちなあんちゃんの顔がちゃんと見える。うーん……アタシの勘と経験が言ってる。このヒト、一時代を築きあらゆる豪遊をし尽くしたタイプだ、ってね。騙されちゃいけない。若く見えるが実は相当経験豊富な勇者タイプ。
モッサリとした外見に惑わされずによく見れば、目鼻立ちが素晴らしく整っている。赤褐色の肌と男らしい相貌が相俟ってなんともいえず野性的な色気があるし、眠たげな瞳なごくたまに鋭く光る。それも、抜き身の刃みたいに。
たぶんあんちゃんは、本性みたいなもの、アタシらに隠してる。
…………まぁ、いいんだけどね。アタシだって隠してるしさ。
ここは俗世を忘れてくつろぐ所。知られたくないことを無理に喋る必要はない。
「今日はあんちゃんの好きなボレだよ。スープで出すけど、花冠のお礼にあんちゃんには特別、酒蒸しもつけようか」
「イイですねぇ。フィーリの作るものは格別です」
「ありがとよ。んじゃまずお風呂に行っといで。今なら貸切状態だよ」
はーい、と間延びした返事と笑顔を残して、あんちゃんは地下の岩窟風呂へと降りて行った。
ウチのウリの大浴場。ちょっとぬるいけど、天然の地底湖温泉だ。あんちゃんが龍化したとしても余裕で入れる広さがあって、しかもウイというドクターフィッシュみたいな小魚が住んでいる。……いや、まぁ、あんちゃんが龍化すんのか知らないけどね? でもこの世界なぁ……ありそうで怖いんだよね。
あ、でも齢7つにして料理番なアタシも十分ありえないから、おあいこか。あはははは。