看板娘と常連さん達
夕闇が森を覆い、すべての料理が揃う頃、ふんわりと甘くスパイス香るパンデピスが焼き上がった。
キツネ色の表面は、ほんの少しふっくらしている。型から出して冷ましつつ、一切れ切って味見する。と、思ったよりもしっとりモチモチ、噛む度に幸せで…………思わず泣きそうになってしまった。
うん……美味しい……。
口に入れた瞬間から鼻腔を占める香辛料は前世のものより控えめで、はちみつの甘味を引き立てる。
本物のパンデピスよりもパンチが弱い分アタシには物足りない気もするけれど、これはこれで有りだと思う。こっちの蜂蜜は風味がキツいものなんだけど、それがイイ方向に働いている。数日寝かせたら完璧だ。……ま、今日、我慢できたらね。
「ね、ね、フィーリ! なんだか珍しい匂いがするねっ?」
鼻のイイ美食家の人狼くんは、新しい物を作るとすぐに気付く。今もパンデピスを嗅ぎ分けて、厨房を覗いてはパタパタパタパタ尻尾を振っていた。
うん、これは看板スイーツの誕生の予感。
「食堂の掃除は終わったのかい?」
「うんっ! もうお風呂で汚れも流してきたよっ」
ルフのふさふさ尻尾箒は優秀で、お掃除なんてお手の物。ただ、部屋をキレイにする代わり、どんどん自分が汚れていくという欠点がある。
「偉いじゃないか。じゃあ、今度は机を頼むよ。終わったら一切れ味見させてあげるからさ」
「わうんっ!!」
今日みたいな満室時は食堂のテーブルもキツキツになる。5個しかないテーブルは、相席しても6人ずつが限界だ。
今日の宿泊客は18人。一見すると足りるようにも思えるけれど、相席を嫌がるヒトもいるし、この時期は宿泊外の客も多い。結局、ギリギリになるだろう。
今日の部屋食希望は、二階の一番手前のお客さんと、奥から四番目の女性客二人組。地下三番目のお客さんが相席拒否で、ついでに、ミョルニーとルシオラさん達はまだまだ出てくる気配もない。
ルフにテーブルとカウンターを拭いてもらい、相席拒否のお客さんのために、うんしょ、よっこいしょっ、とカウンター用の椅子を一つだけ出してきた。
後は適当に人数分の布製ランチョンマットを引いておけば、食事に来たヒトから順に好きに座るだろう。
15人分の席を5人ずつに分けて、3つの机を確保した。残りの2つのテーブルは飛び込み客用。アタシ達家族は厨房の作業台で食べる。ま、ミョルニーは食事が落ち着いた頃、酒瓶持って向こう側に行くだろうけど。
午後浅いうちに満室の看板を出したから、きっと今頃は宿の外に小振りのテントがずらり、並んでいるはずだ。「わざわざ原生林区まで来たからには」と夕方ギリギリまで活動して、部屋の確保を忘れる客がこの時期は下手すると宿泊客を上回る。
とはいえ、その中には必ず慣れたリピーター客が何人かいて、彼らがある程度テント村を仕切ってくれる。他の時期のテント客と違って妙なヒトが入らないから、安心して受け入れられるのがありがたい。
ちなみに、リピーターさん達は一度に食事できる人数なんかもわかっているから、溢れることなく、食事組と風呂組に分けてうまく回してくれたりもする。ホント、感謝だ。
「だってちっこいフィーリが頑張って作った飯を食うのに、大人が騒いじゃみっともないだろ?」とは、夢魔族のおんちゃん、デュワさんの言。そんなことを言ってもらったら、もう、頑張るしかない。
まったく、アタシの今生はしみじみ、魔族との縁に恵まれてるね。感謝感激雨霰だよ。
さて、今日は誰が外を仕切っているやら。一期一会は宿屋の特権。料理人冥利に……っておこがましいね。アタシゃまだ料理人なんて名乗れない、家庭料理の作り手だ。…………うん、やっぱりこれがしっくり来るね。「おかん冥利」につきる! ってさ。
お料理作り終わりました!
温泉タイムに突入します




