魔王様の執事さん
時空が歪んだか!? と思うレベルの衝撃から、アタシはなかなか立ち直れなかった。
だって……みびちゃんのパパが犯罪者? あの暑苦しいド直球なおんちゃんが?? しかも貴族???
ちょっと……解説! 誰かしっかり解説して!!
混乱するアタシが連れて行かれたのは、アールシホンさんの言う「お客人」の待つ部屋だった。
わざわざソファーから立って出迎えてくれたそのヒトは、どう見てもみびちゃんのパパじゃない。確か、
「ジークの兄さんの……」
「ラウレンスと申します。フィーリ嬢、以後お見知り置きを」
「よろしく、ラウレンスさん、だね。
ラウレンスさん、食堂に何回か来てくれたろ? ちゃんと挨拶できてなくてすまなかったねぇ。また食べに来とくれよ」
顔は何度か見たことがある。如何にも執事然としたお堅い格好にモノクル。ドラマにいるような、兄さんの城のイケメン執事だ。……いや、執事かどうかは知らないけどさ。アタシの中では執事決定。
ラウレンスさんは大抵兄さんと一緒に食堂に来て、アタシが兄さんのとこにいる間にミーチャの配膳でパパっと食事を終えていた。だから、面識はあれど話すのはこれが初めて。
「……で、あんちゃん?」
これはいったい、どういった状況なのかな??
「はい? ……あぁ。先程言いましたよね、ジークマグナスに頼まれた、と」
うん、ソレは聞いた。
勧められるまま腰をおろす。3人がそれぞれ座ったところで、ラウレンスさんが苦笑混じりに口を開いた。
「ワタシから説明してもよろしいですか?」
「任せます」
……あぁ。コレを狙ってたのか、あんちゃんの不精者め。
まぁ、解説役が欲しいと思ったところだから良かったけどさ。
「その前にお茶煎れようか?」
…………あ。ラウレンスさんの顔、輝いた。
あはは。完璧執事さんも、実は完璧鉄面皮執事さんじゃないのかもしれないね。完璧って疲れるからさ。
「お待たせ。珈琲とパウンドケーキにしてみたよ」
タンポポコーヒーってのを前世で飲んだ。それを真似して作ったのが、ハボ根珈琲。ハボという花の根を乾燥させて煎って作ったコーヒーもどきだ。酸味が少なくて苦味が強い。
なんとなく、ラウレンスさんの大人な雰囲気に影響されて選んだが……反応はどうだろうか。
「おや、フィーリ。これ、新作ですか?」
目聡いあんちゃんが示すのはパウンドケーキ。パウンドケーキ自体は簡単だからよく焼くが、確かにこれは新作だった。
イメージは生カステラだ。卵を惜しげもなく使って、粉類は逆に控えた。
「卵の黄身だけたくさん使ってみたんだよ。贅沢品さ。感想、よろしくね?」
「任せてください」
あんちゃんはグルメだからね。基本なんでも「美味しい」って言ってくれるけど、食事の速さで如実にわかる。
でもって、あんちゃんがペロリと食べるモノは大抵、食堂のメニューとしても人気が出るのだ。
「さて。食べながらでイイからさ、ラウレンスさん、説明してもらえるかい?」
「……かしこまりました」
「あ、フィーリ、これ美味しいです」
「そうかい? まだあるよ。……ほい、どうぞ。
で、ラウレンスさん」
「……っくん。はい」
あはは。あんちゃん、食べるのも感想も早っ! でも、ちょっと空気読もうか。
アタシは追加のカステラを用意したあと、執事さんを真っ直ぐ見つめた。
ラウレンスさん、どうやら珈琲がお気に召したようだ。喉を鳴らしてホット珈琲を飲むヒトなんて、わりと貴重。よっぽど気に入ってくれたのだろう。
「今回魔王陛下が龍大公閣下にお願いしておりますのは、とある人間の保護及び事情聴取でございます」
「……みびちゃんのパパだね」
「左様で。本名をクロード・ロックバイター。コンクラルス帝国の子爵家の三男で、早くから薬学の才能を発揮したため、自身も準男爵の位を持つ貴族です」
「へー……」
まさか、本当に貴族だとは。なんか変な感じがする。
アタシの人生にあまり馴染まない価値観だし、魔王領に貴族はいないから、「貴族イコール偉そうなヒト」って程度のイメージしか持ち合わせてがない。
ただ、その基準で言えば、森の中で汚れまみれだったみびちゃんのパパは確実に違うはずで……おかしいね?
「彼の研究は『万能薬の開発』でした。期待されていた彼には国家の支援があり、事実、研究の中で『発熱をあっという間に下げる薬』や『咳を一瞬で止める薬』、『ある程度までの外傷であれば1日で治す貼り薬』などが開発されています」
んー……絶対に効く風邪薬のすごいヤツを作りたくて頑張ってたら、途中で解熱薬と咳止め、すんごい絆創膏ができちゃった……ってイメージかな? 確か、日本にいた時、「風邪を確実に治す薬なんてできたらノーベル賞もの」って聞いた気がする。
てか、すんごい絆創膏見てみたい。
うん。なんか、思ったよりずっとすごいね?
「天才的な発想を持ち、『闇統べる薬師』という二つ名で呼ばれることもあったとか。しかし、彼はなぜか国を出奔し、行方をくらませました。そしてその直後から、帝国ではとある病が流行り始めたそうです。
……一年程前、コンクラルス帝国から内密で各国に通達が回りました。内容はクロード・ロックバイターの捕縛依頼と引き渡し要請。理由は明確にされていませんが、流行り病の関係ではないかと憶測されています」
「流行り病……」
アタシそれ、知ってるかも……。商人のルシオラさんにくっついて原生林区に来たバールさんから聞いた件だ。
……ふぅ。アタシは気持ちを落ち着けるため、珈琲を一口含んだ。
つられたように珈琲に手を伸ばしていたラウレンスさんが、同じく静かに息をついてから再び、口を開く。
「今回、マシリでクロード・ロックバイターが発見されたにあたり、魔王陛下は箝口令を敷かれました。流行病というのが本当であるなら、彼をこのまま引き渡すわけには行きません。為政者として、国を脅かす可能性のある病の情報は把握すべきものです。そのため、まずは彼の身柄を確保するため、龍大公閣下へ協力を要請し、同時に、可能な限りの情報収集を依頼なさいました」
これが現時点でのあらましです。
そう結んだラウレンスさんはジッとあんちゃんを見つめた。あ、つまり……。
「ラウレンスさんも大変だね。兄さんの言うことはわかるが……あんちゃんトコが一番安全そうだしさ。でも、うーん……あんちゃん、あのおんちゃんとかなり相性悪そうだからねぇ……事情聴取には向かないと思うよ?」
こればかりは苦笑するしかない。
ラウレンスさんの微妙に批判的な目は、あんちゃんの反応の悪さのせいだろう。兄さんとあんちゃんの板挟みは想像するだけで大変だ。
でも、あんちゃんのあの姿を見ちゃったアタシとしては……。
「もし良ければアタシが訊くけど。あんちゃんも、それでイイだろ?」
さっきの提案はそういうことなんだと思う。
兄さんからの依頼は気にかかるけど、みびちゃんのパパは気に食わない。その妥協案が、あんちゃん同席のもとでの面会。
何だかんだ言っても、あんちゃんにとって兄さんは貴重な友達だもんね。……というか、他の友達をアタシは知らない。いるのかねぇ?
「不本意ですが」
「あはは。あんちゃんは優しいよ、ホント」
「フィーリ……」
自分の感情を制御できなくなる可能性が少しでもあるのなら、距離を置くのは正しい。だって、その万が一の時の被害は災害級。
ラウレンスさんを困らせる頑なさは、何があっても心のままに暴れることのできないあんちゃんが長い生の中で身につけた、自他の防衛手段だ。
「ってことで、会わせてくれるかい?」
「助かります」
「いや、こっちこそ。兄さんが絡んでなきゃ、アタシも面会許可出なかったろうしね」
「別に危険な人物ではございませんが?」
「……」
「ま、いろいろあんのさ」
てか、その保護されたはずのおんちゃんはどこにいるやら???
え、保護されたんだよね???




