看板娘と奇妙な客
「ま、ミョルニーも鈍いからねぇ。せいぜい頑張るこった。
ところでそっちのフードのおヒト、アタシはフィーリってんだ、よろしくね。これでもこの宿の料理人だよ」
ワタワタモジモジする中年ドワーフはいつも通り放っておいて、所在なさげに立つ、ルシオラさんの連れらしきスラリとしたヒトに声をかける。誰かを伴って来るなんて、彼にはホント、珍しい。何か事情があるんだろうってことは、容易に察しがついた。
一歩下がった位置で、じっとこっちの様子を窺う気配。しばらくののち、フードの奥からか細い声が聞こえて来た。
「……バールと呼んでください」
種族はわからないが、声の感じは若めの女の子……かねぇ? 弱々しくて聞き取りにくいものの、男にしては高い気がする。性別不祥の旅装の上に、サイズの大きな鼠皮の上着を被っているから尚更、よくわからない。
乾季なら珍しくもない格好だが、湿潤季とあっては違和感しかない服装。真夏にトレンチコートを着て待ち構えているかのような、なんともいえない不審者感がある。
「わけありかい。……ま、突っ込んでは訊かないけどさ」
小さな子どもに見えるアタシが苦々しく呟いたことに驚いたのか、灰色に覆われた肩がピクリと跳ねた。
「一つだけ確認するよ。ねぇルシオラさん。ウチに害はないんだろうね?」
「それはもちろんないっす絶対! もう絶対、約束するっす!」
ミョルニー大好きなルシオラさんが厄介事を持ち込むとは思わないが、アタシの長年生きた女の勘ってヤツがこの客に得も言われぬきな臭さを感じている。
「……ハァ。信じるよ?
んで、とりあえずルシオラさん。残念ながら今日のとこは地下が1部屋空いてるだけなんだよね。どうする?」
「え、1部屋だけっすか!?」
「満室じゃないだけラッキー、って思っとくれ。わかってると思うが、今年はホント来るの遅過ぎだよ。ミョルニーなんてキト酒を待ちわびて夜毎ぶつくさ言ってたくらいだ」
「ひぇっ! すんませんミョルニーさんっ! オイラも会いたかったっす!」
「はいはい。後で直接謝りな。
知ってるだろ? この時期は元日の祝いや乾季用の食料目当てに狩人が最高潮に増えるんだよ。今朝まで満室だったからね、1部屋でも空いてただけマシってもんさ。んで? どうする?」
ルシオラさんは例年もっと早い時期に逗留していた。今年もブルーリーさんが来ていたあの頃だと思っていたのに、ずいぶんとズレ込んだものだ。
……まぁ、大方このバールって子が関係してるんだろうとは思うけど。くわばらくわばら。厄介事はご迷惑被りたいもんだ。
「んー……じゃ、地下の部屋をバールにお願いするっす。オイラはミョルニーさんの部屋に……」
「なんだやバカなこと言って。誰かと思ったらルシオラでねが」
「っ! ミョルニーさん! お久しぶりっす!」
いつまでも宿の入口で騒いでいたせいか、温泉の男女札の入れ替えに行っていたミョルニーがのっそりと階段を上って来た。
とたん、直立不動で挨拶する恋の奴隷。ま、純朴でイイよ、100歳超えた純愛もさ。
「キト酒、たんまり持って来たけ?」
「もちろんっす! 外の荷馬車にあるっすよ!」
「そりゃいがった。待ってたよぉルシオラ。ゆっくりしてけ?」
「ありがたいっす!!」
とはいえ、いまいち噛み合わない二人だから、見ていると妙におもしろい。
「フィーリはそろそろ厨房入れな。
地下の部屋はいいんだども、その前に二人ともこっちさ来。荷運びは後で手伝うがら。隠蔽魔法かけてんだべ?」
「はいっす!」
常連かつ取引相手のルシオラさんを追い出すようなことはしない。部屋割りはミョルニーが考えてくれるのだろう。話を聞くべく二人を一階奥の自室に連れて行った。
「さて、と……」
アタシは一度宿から出ると、入口の外に「全館満室」「食事・入浴のみ利用可」の看板を下げた。
この時期原生林区に入るヒトは常連さんが多いから、みんなこれでわかってくれる。
そもそも客はみんな、単身原生林区まで来れる猛者達だ。野宿なんてお手の物。ミョルニーも「忙しい時ゃ無理して全室受け入れるこたぁねぇ」と言うし、実際のところ彼らにとっては宿に泊まれなくても別に困らないのだろう。「全館満室」の木札は、相当に年期が入った代物だ。
それでも、せめて食事と風呂くらいは……なんて日本人の感覚が抜けないアタシは、ワガママ承知で2枚目の看板を作ってもらった。長逗留のガヴのあんちゃんには「外には川もあれば獲物もいるのに……フィーリらしいですね」と笑われたけど、性分だから仕方ない。長旅してきたんだからせめて温泉で疲れを癒やして欲しいと思うし、美味しいご飯も食べて欲しい。
……まぁ、困ったことに、その人情につけこんで行儀の悪い客やら変な客が来ることもあるけどさ。でも、元々宿代を浮かせようとわざわざ満室の時期を狙ってテント泊する常連さんもいるくらいだ。無法者は常連客がとっちめてくれるから、やっぱり看板は出しておきたい。
できるなら、
『どなたもどうぞお入りください』
ってさ。
どこぞの山猫レストランみたいに取って喰ったりしないから、気楽に来てるれると嬉しいよ。




