真夜中の襲来
なんだか最近、1話あたりが長くなってしまっています(^^;)
「あちこちから上がっている感動の声、フィーリにも聞こえるでしょう? まったく……フィーリは女神ではなくボクの奥さんだ、って言ってるのに…………。まぁ、フィーリのご飯が素晴らしく美味しいのは事実ですからね。せっかくですし、嫁自慢して来ました!」
茶目っ気たっぷりの物言いでほわっと笑いウィンクするあんちゃん。言ってることは支離滅裂だが、突然の炊き出しに嫌な顔一つせず、裏方として荷運びから行列の整理、酒を振る舞っての情報収集活動まで、幅広く協力してくれた。
「ボクのフィーリは可愛くて優しくて素晴らしくて、呆れるくらいの頑張り屋さんなんです、とね。ふふ、『ボクのフィーリ』、これ大切です」
まるでテスト直前の教師のようなことを言いながらそっと髪に触れるのは、多分、あんちゃんの優しさ。人間のアタシが魔族の中で危険な目に遭わないように、さりげなく、龍人たる自分の庇護下にあるのだとみんなに示してくれている。……のだと思う。説明されたことは一度もないけど。むしろ、アタシが気を使わないで済むように、おどけて誤魔化してしまうけど。
あんちゃんが人前でやたら手をつないだりハグしたりするのは、きっとそういうことなのだろう。
「……ワガママ叶えてくれてありがと」
「イイんですよ。妻の可愛いワガママを聞けるなんて夫冥利につきますからね」
大きな体でくすくすと穏やかに笑うあんちゃんに、頭が上がらない。ホント、いずれ恩返ししなきゃと思う。
今日だって、本当は夜までに王都に戻っている予定だった。だけど、みびちゃんのパパの話を聞いて、アタシは居ても立ってもいられなくて……。突然、炊き出しなんて大掛かりなこと、始めてしまった。
どうもねぇ、アタシ、子どもが腹空かせてるのとか、万が一にも虐待とか、嫌なんだよ絶対。誰しも幸せになるために産まれて来たって説、信じてるからさ。
まぁ、ここまで人数が集まるのも、夜中になるのも、暗いのも、お手伝いとしてアテにしてたアロとバラクさんが子どもにたかられるのも、何一つ想定してなかったから、パニックだったけどさ。
「大丈夫、バラク親子も楽しそうですし、問題ありません」
「……はは! なんだかんだでアロもイイお母ちゃんになるかもねぇ」
バラクさんもアロもあんちゃんも、ホント、面倒見が良くてありがたい。感謝感激雨霰、だ。
「ホント、あんちゃん達に出会えたアタシは幸せモンだね」
「……っ」
次の客にお椀を差し出しつつヘラッと笑えば、あんちゃんにヘッドロックの勢いで拘束された。
「フィーリ……! 大好きですっ!!」
「あ……っぶな!」
なんだい、あんちゃんもしかして酔ってんのかい!? うどん零すとこだったよ。
「ボクの方こそ幸せですっ!!」
「……わかったからちょっと放しとくれ! 配れないよ!!」
「無理です、腕が離れたがらないので! こんな時にまで大層可愛いフィーリが悪いと思います!」
「ちょ…………っ」
「傾聴!! これはいったい何の騒ぎであるか!!」
ジタバタもがいていたら突然、低く陰鬱な声が暗がりから響いてきた。と、同時にバサバサと耳障りな音をたて、唯一灯りに照らされたアタシ達のところに男が一人、降って来る。
何事だい!?
あんちゃんの腕の隙間から見えるのは、腕の代わりに蝙蝠を思わせる羽のある、小柄な男性。
ぼんやりと照らし出された顔立ちは平凡だが、衝撃的なレベルで目つきが悪い。体格はちっちゃいけれど、絵本や漫画に出てきそうな、典型的な悪人面だ。ちっちゃいけど。ほんと、ちっちゃいから威厳はないけど。
「……何故そこな娘は憐れみの目でこちらを見るのだ?」
……だって、アタシよりちっちゃいんだよ!? あんちゃんもバラクさんもジークの兄さんだって長身だから、勝手に魔族は長身なもんなんだと思い込んでた。宿屋にいても食堂にいても、アタシより小さいヒトなんて、ドヴェルクとドワーフ以外いなかったからねぇ、びっくりだよ。いやぁ……偉そうなのに小学校低学年サイズって……なんだか、ねぇ?
「ひ……っ」
しかし、隠れ救民達の反応はアタシとはだいぶ違った。
彼らはどうもこの蝙蝠魔族を知っているらしい。悲鳴を上げてお椀を放り出すと、蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げ出した。こっちが驚くほどの恐れっぷり。よほど見つかりたくない相手のようだ。
あまりの恐慌っぷりにアタシは「緊急事態だっ!!」と必死であんちゃんの腕の中から抜け出した。なのに、手を掴んで見上げるあんちゃんの顔にはまったく変化がない。みびちゃんが茂みから登場した時のような緊張感もなく、ただ、ごく普通の景色を眺めるかのような顔だ。
……ん? いや、よく見ればなんとなく怒ってる、かも……? なんで??? てか、これ、緊急事態じゃないのかい??
「あんちゃん……?」
救民達の反応との落差に戸惑う。
「何者だ!!」
真っ当な誰何の声を上げたのは、いつの間にかアタシの横に立っていたバラクさんだった。気付けばアロもアタシの後ろを守るかのようにぴったりと立っている。
どうやら子ども達は無事、大人と一緒に逃げたようだ。念のためウリとみびちゃんはどうしたか小声で聞けば、
「あの子達も逃げましたわ」
アロが囁くように教えてくれた。とりあえず、それなら一安心。
「こちらが先に問うたのであるが、まぁ良かろう。我が輩、モドーラト家の三男、レグロである。して、何の騒ぎであるか?」
「モドーラト家……? 別荘の一覧には載っていませんでしたのに……」
威圧的な名乗りに、アロが不思議そうに呟いた。アタシはまったく知らない家名だ。
「モドーラトのレグロ殿、まずこちらはドルゴーン大公ご夫妻であられる。控えられよ」
何かしらの心当たりのある名前なのか、あんちゃんとは打って変わって、バラクさんの声は硬い。ちなみに、アタシはこういう場合、偽名を名乗るべきなんじゃないかと思ったが、後で訊いたらそれは猿知恵。あんちゃんが希少な龍人であることはすぐにバレるし、アタシが人間だということもちゃんと見ればわかる。だから、下手に誤魔化して疑われるよりは、正直に立場を明かした方が良いのだそうだ。
「…………本物であるか。ふむ。
大変失礼いたしましたっ!! かの有名なドルゴーン大公閣下と奥方様に拝謁賜り、誠に光栄であります! 恐れながら閣下と奥方様におかれましてはこのような僻地に夜間、何用でございましょうか!」
バラクさんの目論見が当たったせいかどうかはわからないが、なんだろう……この、突然の軍隊ノリ。見事に手のひらを返された。
突然ビシッと姿勢を正し、敬礼せんばかりの勢いで声を張るコウモリ青年。ちっちゃいのに、感じる熱量は十分だ。
「……そういうキミは何を?」
どことなく機嫌の悪いあんちゃんの低い声。レグロさんは緊張した面もちになって、
「自分はパショモナッテ家預かりでありますので、指示に従い夜間巡視をしておりました! 常にない賑わいを発見しましたので、様子を見に参った次第であります!!」
パショモナッテ家……、とあんちゃん、バラクさん、アロが呟く。確か、マシリを含むこの辺りの総責任者的な存在のヒトで、一番大きな別荘の持ち主だ。マシリを治めるディミヌエ家の、直属の上司にあたるはず。
「へぇ、そうですか。夜間巡視の任務、ねぇ」
うーん? つまり、上司さんはマシリで起きてるアレこれに、実は感づいてるということだろうか?
それにしても今日は次から次へといろんなことが起こる日だ。そんな場合じゃないのはわかっているが、アタシ、もうかなり疲れた……。
「ではフィーリ。行くとしましょうか」
「……え? どこに?」
そんでもって今日、アタシ抜きで進む話し、多くないかい!?
うどん鍋、個人的にはコシのなくなるまで煮たクタクタなのが好きです
白菜・長葱たっぷりと鶏モモ肉、濃いめの味付けにして、生卵につけて食べる!!
でも、とろみをつけたかき玉をのせるのも捨てがたいっ




