ミョルニーと商人
ようやく、第一部の本題が始まります
そのお客が来たのは、湿潤季の半ば、もうすぐ新年になるという頃だった。
湿潤季は実りの季節。終わり間際に魔王様のお誕生日があり、食料も気候も娯楽もある楽しい季節だ。魔王様の誕生日を元日として、翌日から次第に気温が下がって乾季となる。氷張る乾季が終われば雨季となり、芽吹きとともにまた湿潤季へと巡るのだ。
「おや、ルシオラさんじゃないか。遅かったね」
この時期は毎年、湿潤季最後の狩りや採集で原生林区を訪れるヒトが多く、「光の洞穴亭」も大いに賑わっていた。
40日ほど前に滞在したホブゴブリンのブルーリーさんがあちらこちらで大いに宣伝してくれているらしい。このところ宿の二階の10室はすべて満室となり、地下の温泉に行く途中の5部屋も、4室までが埋まっていた。
「いやぁ、オイラにもいろいろあったんすよ。フィーリちゃん、ミョルニーさんはお元気っすか?」
ルシオラさんはドワーフながら人間の商会に勤め、エリアマネージャーさながらに魔王領全土を行商して歩く変わり者だ。社交的で冒険家気質。口数の少ない同族とはそりが合わず、たまたま商売に来ていた勇気ある人間の旅商人にくっついて村を出てきてしまった……と聞いている。
茶色っぽい髪と黄土色の目、日に焼けた肌をしていて、ドワーフにしてはスマートだしヒゲもない。妖精小人に近い低めの身長といい、彼には何か出生の秘密なんかがあるのかもしれないと、チラリ思う。だって見た目も性格もドワーフっぽくない。多くのドワーフが濃い灰色の頭髪に同色の瞳。一方でドヴェルクにはミョルニーはじめ、焦げ茶の髪と黄土色の目が多いとくれば、尚更だ。
「あぁ、相変わらずだよ。ところでそちらはどなたさんだい? ルシオラさんのお嫁さんかい?」
男か女かも服装からはわかんないけどね。このヒト、イジるとおもしろいんだよ。
「ちっちがっ!! んななななんてことを言うんすか!! 万が一ミョルニーさんに聞かれでもしたら……っ」
人の良さそうな顔を真っ赤にして、あっという間に今度は蒼白になるルシオラさん。
予想以上の反応にアタシは思わず吹き出した。
「あっはっはっ! 知ってるよ、ルシオラさんがミョルニー一筋だってことはさ!」
7歳のアタシの目にはミョルニーは中年の域に入って見えるが、同じくらいの外見年齢をしたルシオラさんからすれば乙女に見える、のだそうだ。
いつだったか、酒に酔って管を巻くルシオラさんに、延々とミョルニーの美点について語られた。
乙女、ねぇ。まぁ、イイ女だとは思うよね。働き者だし明るいし。
「ちょっ! そそそんなことっ!! お、大声で言っちゃダメっす!!」
中年おやじと熟女の恋、なんて言うとどことなく響きが悪いけど、アタシはルシオラさんを応援している。いいじゃないか大人の純愛。ふふふふふ。
ミョルニーには幸せになって欲しいし、一族を飛び出した者同士、通じるものもあると思う。アタシ、今年は一丁、恋のキューピットになってみようか?




