「光の洞穴亭」のお食事
タイトル、微妙に増やしました
「あぁ、温泉は良いですな。湯に入るなど自殺志願者の行いだと思っておりましたが、いやはやまったく逆でした。フィーリの美味しいご飯をいただいて、温泉に浸かって。どちらも何というか確かに、一種の万能薬でしょうな」
「はっはっ! すげこたなぁ! ったく、フィーリの考えることにゃ驚かされっかんなぁ」
「そうかねぇ? んなこと言ったって、温泉があったら入りたくなるだろ? 今ならミョルニーだってこの気持ち、わかるよねぇ?」
この世界の人間に詳しくないから知らないが、少なくとも魔族には、入浴という習慣がなかったらしい。
アタシがまだちっこい頃は数日に1回、ぬるいタオルで体を拭かれるだけだった。正直なところ、それだけじゃあちこち痒くて仕方ない。だから、歩けるようになってまずしたことは、地底湖の縁でアタシを拭くミョルニーの目を盗んでの天然温泉ダイブ。
あの頃はまだ地底湖も拡張前だったからそんなに深くなかったしね。極楽ってのはまさにあのことだよ。ミョルニーがタオルを浸けてる時点で湯温は心配してなかったし、数ヶ月観察した結果、危険生物がいないのも確認済み。あれはアタシじゃなくても飛び込んだね、日本人なら間違いなく。
ロクに身動きできない赤ん坊のうちから記憶と自我があるってのはなかなかしんどい経験だったが、それでも悪いことばかりじゃない。知識と決断力ってのはどんな時だって身を助ける。
「もしや、人間の性というものかしら。本能で飛び込んだのかもしれないわ」
「いやぁ? きっとそんなこと考えるの、フィーリだけですよ」
「んだんだ。アタシもあの時はホント焦ったんだわ。丸茹でになんべ?」
「もっともですな」
「さすがにフィーリの丸茹では食べられないわねぇ」
「あんな温度で茹でられてたまるかい。みんな、料理したことないだろ実は」
「ったく減らず口きいてばっかで、めんこくねごだ。昔ゃあぁんなにめんこかったのになや」
「人間の成長は早いんだよ。ミョルニー達みたいにいつまでも変わんないではいられないのさ」
にぎやかにお喋りしながらもみんなの食事の手は早い。合間合間であんちゃんにお代わりを盛ってやり、メディーケ夫人にデザートを出しながら、アタシも食事を進めていく。
「……ひどいフィーリ…………もっと優しくしてくれたっていいじゃないか……放置とか……ひどいよフィーリ……」
しつこくおでこを抑える狼が何か言ったけど気にしない。男の子は少し怪我しながら育つくらいでイイんだよ。ウチの頑丈な息子共がその証拠。……あの子ら、大丈夫だと思うけど、元気でやってるかねぇ。
「あんたもほれ、いつまでも泣いてねぇで食ってみろ?」
あらかた食べ終わったミョルニーが、いつまでもうずくまるブルーリーさんにパンののった皿を差し出した。薄切りにしたパンはイーストがないから硬いものの、青紫の十角ジャムがたっぷりと塗られている。
ちなみに、それもアタシの仕事だ。天然酵母もいずれちゃんと作りたいと思ってる。今の体力じゃ、1日の仕事量で手一杯で酵母研究まで行かないんだよね残念ながら。
「泣いていない!」
イイおじさんが泣いてると思われたのが屈辱だったのか、石のように固まっていたブルーリーさんが飛び起きて、「うっ」と呻くと頭を抱えた。……うん。間違いなく涙目だね。ルフのヤツ、どんだけ石頭なんだろ。どう見てもブルーリーさんの方が重傷だ。見事なたんこぶになってる。
まぁ、見た目年齢で言えば前世のアタシよりは年下だし……ホブゴブリンとはいえ、こうなると多少可愛く見えるのがおもしろいよ。
「学者さんなら十角の効能は知ってるだろ? 騙されたと思って食べてみな」
アタシも便乗してそう煽ると、「ボクにも優しくしてよ……」とブツブツ言いながらルフが先にパンをパクリ。うん、逞しいイイ子だ。サラリと頭を撫でてやる。
途端、パタパタとご機嫌に揺れる尻尾。しばらくそれを見ていたブルーリーさんは渋々、手にとって咬みちぎり……
「……………………なんだこれ」
茫然としたように呟いた。
「美味しいでしょう? フィーリの真心たっぷりですからね」
なんであんちゃんが自慢するのかわからないが、まぁ、ブルーリーさんがコクコク頷いてるから良しとしよう。
首を傾げながら一切れ全部食べ終わり、今度は、
「…………嘘だろ……? なんだこの効き目……しかも即効性が高すぎる……」
自分の頭をグッグッと押して、しまいにぽかぽか叩き始めた。
錯乱したか? とびっくりして見ていると、メディーケご夫妻が顔を見合わせて爆笑する。
「わかるっ! わかるわその気持ちっ!」
「信じられないでしょうなぁ。すなわちそれ、常識の崩壊。ま、他も食べてみることをお勧めしましょう」
ん? ……なんだか、みんなしてアタシのことを非常識扱いしてるような……? 気のせいか?
まぁアタシ、この世界の常識にはウトいから、ある意味間違っちゃいないか。この環境じゃ、正しい常識なんて身につきようもないしさ。
ハァ、と溜め息を一つつくと、アタシは空いたお皿を下げて回った。笑顔に溢れる食卓ってイイよね、と思うことにして。
こちらで導入部終了です
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