ようこそ「光の洞穴亭」へ
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カランカラーン
木製のドアにつけたベルが長閑な音を鳴らした。
厨房でその音を聞いたアタシは、勢い良く走り出る。
「いらっしゃい! ようこそ『光の洞穴亭』へ。一見さんも大歓迎さ。お客さん、お食事かい? お泊まりかい? それとも入浴?」
受付なんて大したものはない、小さな宿屋。アタシの育ての親、ミョルニーが営むアットホームな洞窟宿だ。
「あ…………三泊ほどお願いする」
魔王領の外れ、アジャイム王国との国境添いに広がる原生林区。
よく言えば手付かずのままの自然が広がる、悪く言えば未開の地であるその場所に、食堂兼宿屋「光の洞穴亭」はある。天然の洞窟を居心地良く整えた、原生林区唯一のお宿だ。……というか、多分アタシ達が、原生林区唯一の住人。知性のないモンスターを除けば、だけど。
とはいえ、密林への客は多い。辺境とはいえ、恵み豊かな生命の宝庫。狩人に研究者、行商人に迷子の旅人。
原生林区に分け入ってしばしの岩場、鬱蒼とした森に隠れた「光の洞穴亭」は、知る人ぞ知る隠れ家的憩いの宿として、一部で名を馳せていた。
「はいよ。お客さん、ウチは初めてだろ。説明は必要かい?」
「いや……ディターから話を聞いて来た」
今日のご新規さんはホブゴブリンの旅人さん。イイ大人だとは思うけど、薄汚れてて背中の荷物が大きくて…………まさか家出人、とかじゃないよね?
「ディターさん? ……あぁ! あのお人好しなホブゴブリンの薬師さんか。最近見かけないけど、元気でやってんなら何よりだよ。
あんたも薬師かい?」
「いや、わたしは植物学者だ。しかし……話には聞いていたが、こうして面と向かうと驚くな……」
「はははっ、アタシかい?」
内装三割アタシ七割で凝視するホブゴブリンの学者さんを、空いてる部屋に案内する。今のところ、空室の中じゃ二階の手前から二番目の部屋がオススメだ。利便性がイイからね。
一番利便性に優れた手前の部屋は……残念ながら荷物置いたまま4日、帰ってこないヒトがいる。まぁ、大丈夫だろうけどさ。宿代も前払いで一週間分もらってるし。荷物置きにしちゃ、贅沢だよねぇ。
ドアに取り付けた小窓から差し込む廊下の明かりを頼りに、空室に入る。洞窟をくり抜いた部屋はどこも同じ造りだ。アタシは迷わずに踏み込むと、照明の魔術具に灯をつけた。
浮かび上がるのはベッドとテーブルセットだけの狭い部屋。でも、リネンも室内もミョルニーの手で快適に整えられている。
「知ってるだろうけど、ウチの女将は強い陽光が苦手でね。これが標準。書き物するのに暗けりゃ、照明を足すから言っとくれ」
洞窟の中はなんだかんだで照明の魔術具だらけだ。必要ならどこかから出してくる。
「いや……大丈夫だ。……そういえばまだ名乗っていなかったな。ブルーリーと言う。世話になる」
「こりゃどうもご丁寧に。アタシはフィーリ。ここの料理番だよ。見ての通り、珍しい『人族』の子どもさ」
今年で7才になった、目のくりくりとした女の子。それが今のアタシだ。洞窟生活だから色は白くて、姿形は前世で言うところの有名子役にちょっと似ている。黒髪黒目だから違和感ないし……まぁ、この日本人には馴染みある容姿が原因で、『人間』のくせに魔王領にいるんだけどさ。
「というわりには……」
「あぁ、この口調と態度だね? ははっ、一度身についたもんはなかなか治んないんだよね」
つい、年にそぐわない苦笑を浮かべてしまう。けれど、こう言うと周りはミョルニーの影響だと理解して苦笑を返してくれるからありがたい。ミョルニー本人でさえそう思っているのだから、アタシとしては助かる話だ。
……実はただ単に、42才、日本の大家族の肝っ玉母ちゃんだったアタシが、記憶を持ったまま転生しちゃっただけ、なんだけどさ。…………なんて事実は、口にしない方がいいよね絶対。ま、言ったところで理解は一切されないだろうが。
心残りは、日本で暮らす家族、大小10人。はぁ。元気にしてるとイイんだけどね……。
「さてブルーリーさん。夕飯の用意ができたらベルが鳴るから、そしたら下に降りてきとくれ。……あぁ、それとも今から出かけるかい? そんなら、出がけに一声かけてくれりゃ平気だよ。アタシは厨房、女将のミョルニーはどっかにいるから」
廊下に戻りながら振り返ってそう言うと、ブルーリーさんが苦笑したまま頷いた。
「あぁ、それと、風呂に入りたい時も言っとくれ。状況見つつだけど、時間帯で男女を分けてるからさ」
「わかった」
「それじゃ、ごゆっくり」
パタリと軽い音を立てて軽木のドアが閉まる。鍵は中から自分でかける造りになっていた。
さてと……。これで今日夕飯が要るのは……ミョルニー、アタシ、ルフ、ガヴのあんちゃんとブルーリーさん、メディーケご夫妻……の7人かな?
……いや、そろそろルシオラさんが来る頃だから、念のため8人分。おかわりに余裕を持って13人分くらい作ればいいか。
細い廊下を厨房に向けてぺったらぺったら歩きつつ考える。今夜の献立。
アタシはまだ子どもだけど、中身はおばちゃん。拾われた恩は労働で返す。主婦って意外と多才なんだよ? 平行作業もお手の物だし。
さぁてさぁてお立ち会い。今日これより創造しますは美味しい美味しいおふくろの味。食べ盛り含む11人家族を支えたおかんの腕だ、家庭料理ならなんでもござれ。
……あー……でも、何を作ろうかなぁ…………。