第7話 女神様はテンプレ的なイベントに遭遇する
「うん、良いね。うん、うん……」
ティシアは鏡の前で一回転した。
スカートがふわりと浮かぶ。
ついに今日は初の登校日……ということで、ティシアは女子制服に袖を通したのだ。
別に今日、初めて着たわけではないが……
初めて生徒として学園に通う日に着る制服と、採寸のために一時的に着る制服では、同じ制服でも違って見えるものである。
ティシアが機嫌良さそうにしていると……
「へぇ……似合っていますね、アルティシーナ」
「その声はトルトメスお兄様かな?」
ティシアは後ろを振り向いた。
すると窓が開いていないのにも関わらず部屋の中で風が吹き……
部屋の中央に一人の青年が現れた。
羽つき帽子を被り、先の尖った靴を履いている。
「久しぶり、アルティシーナ」
「今の私はティシアだよ」
「おっと、そうだったね、ティシア」
青年……『伝令神』トルトメス神は愉快そうに笑った。
腹違いの兄に対し、ティシアは首を傾げて尋ねる。
「それで、何の用?」
「我らの父、『神々の王』ディシウス神からの伝言を預かっている。……俺の息子と娘を頼んだぞ、アルティシーナ。だそうだよ」
「なるほどね。ちゃーんと認識はしていたのね」
一応、子供ができていることは覚えていたようでアルティシーナ神は少しだけ安心した。
「では僕はここら辺で……では、良い青春を、ティシア」
「トルトメスお兄様もお仕事頑張ってね!」
トルトメス神はニヤリと笑みを浮かべ、そしてその場から一瞬で消えてしまう。
部屋に残されたティシアは拳をギュッと握り締めた。
「わざと時間を遅らせて、食パンを咥えながら登校するべきだったかな?」
ティシアはのんびりと道を歩きながら思った。
ティシアの読んだ学園モノの約八割は登校日に何かしらのイベントが発生するのだが……もうすでに通学路の三分の二を消費しているのにも関わらず、何も起こる気配がない。
やはりイベントは自分から起こさなければならないのか……
ティシアは少しだけ、反省した。
そんなことを考えながら曲がり角に差し掛かった時……
「遅刻、遅刻!! うわぁ!」
「きゃ!!」
何かがティシアにぶつかった。
今回は吹き飛ぶような演技をすることなく、ティシアは一応「普通の女の子」らしい声を上げつつも、咄嗟にそのぶつかってきた人間の手を掴み、引っ張り上げた。
結果、ティシアにぶつかった者は地面に尻餅をつくことなく、体勢を立て直すことに成功する。
「ちゃんと前を見て歩かないと、危ないよ?」
ティシアはそう言ってパンを咥えた少女に微笑み掛けた。
そして内心でガッツポーズをする。
(イベント来た!!!!)
ここへ来てパンを咥えた女の子にぶつかるという王道イベントに遭遇した。
我ながら運が良いと、ティシアは思った。
ティシアはしげしげと少女を見つめる。
青い髪の、そこそこ整った顔の少女だ。
ティシアと同じ制服を着ていることから、同じ学校の生徒だと分かる。
「ご、ごめんなさい……そ、その、私急いでいるから……」
「……まだまだ時間には余裕があるよ?」
ティシアはそう言って時計塔を指さした。
その時計は登校の時刻まで、まだまだ余裕があることを示していた。
「あ、あれ? そ、そんなバカな……」
「家の時計、ズレてたんじゃない?」
ティシアがそう言うと、少女は顔を赤くした。
そしてティシアに頭を下げる。
「す、すみません……私、ドジで……」
「気にすることないって、誰にでもミスはあるよ。私はティシア、一年生。あなたは?」
ドジっ子来た!!!
と。ティシアは内心で自分のことを棚に上げつつ、名前を尋ねた。
「リコリスです、私も一年生です。その、良かったら一緒に行きませんか?」
「喜んで!」
ティシアはその後、リコリスと並んで登校した。
その後クラス分けの発表により、同じクラスであることも判明した。
しかも隣の席だった。
こりゃあ、もう親友になるしかないな!!
とティシアは勝手な妄想を続けた。
「あれ? ティシアじゃねえか。同じクラスだったか」
「ティシアちゃん! やったね!!」
ティシアがリコリスと話していると、レオニダスとアレクサンドラが現れた。
どうやら二人の同じクラスだったようだ。
二人の姿を見たリコリスは上擦った声を上げる。
「レオニダス様! アレクサンドラ様!!」
「リコリスも同じクラスか」
「もしかしたら成績でクラスを分けているのかもね」
レオニダスは驚いた表情を浮かべ、アレクサンドラは嬉しそうに微笑んだ。
どうやら二人とリコリスは知り合いのようだ。
ティシアは三人にどういう関係なのかを尋ねる。
するとリコリスは照れ笑いをしながら答えた。
「その、私、い、一応……アルティシーナ神殿の巫女をしていて……」
「巫女!?」
マジか、私の巫女かよ。
ティシアは驚愕した。
言われてみれば、確かに自分と同じ神性を僅かながらに宿している。
しかしこんなドジっ子が自分の巫女というのは、何とも複雑だ。
と、ティシアは自分のことを棚に上げて、自分の信徒の質の低下を嘆いた。
「どれくらい事情を知っているの?」
「事情……その、レオニダス様とアレクサンドラ様の御父上のこと?」
「あー、知っているのね」
そしてティシアは自分も似たようなものなのだとリコリスに教える。
さすがに「私はあなたのところの神殿の神だよ」というわけにはいかないが。
リコリスは驚愕し、目を見開いたが……
「アルティシーナ様に誓って、誰にも言わない」と言ってくれた。
まさか自分の目の前にいるそのお方がアルティシーナ様だとは思わない。
それからホームルームが始まり、自己紹介等々その他諸々のイベントを終え、ついに最初の授業となった。
最初の授業は武術、それも槍術だった。
「私、槍は結構得意なんですよ!」
リコリスはニコニコと笑いながら言った。
ティシアは苦笑いを浮かべる。
「そりゃあ、あなたはアルティシーナ神の巫女だからね……」
何を隠そう、世界で初めて、人間に武器を、槍を与えたのはティシア――アルティシーナ神――である。
槍の神でもあるアルティシーナ神の巫女が、「槍が下手です」はさすがに笑えない。
(でもこの子ドジっ子だからなぁ……一応、チェックしよう)
下手だったら鍛え直してやろうと、ティシアは決意する。
授業はまず初めに二人一組になっての型の練習から始まった。
「えい! とりゃ、えいやぁ!!」
「……」
なんとも間抜けな気合いを上げながらリコリスはティシアに向かって槍を振るう。
気合いは間抜けだが、「得意なんですよ」というだけあり、筋は中々良い。
ティシアは少しだけ安心した。
「それにしてもさ、ティシア。レオニダス様とアレクサンドラ様、凄いよね」
息を整えるための休憩時間、リコリスは汗を拭いながらティシアにそう話しかけた。
なるほど、確かにレオニダスとアレクサンドラのペアの型はとても美しく、多くの視線を集めていた。
二人の容姿が整っていることも、一因である。
「アレクサンドラ様って、凄いスタイル良いよね……羨ましい」
「そうだね」
でも私の方が良いから。
ティシアはそう思って、自分の胸を確認する。
今は確かにアレクサンドラよりも小さいが、神格の封印を解き、神としての真の姿の時はボンッキュッボンのナイスバディーなんだ、別に妹なんかに負けていない。
と自分に言い聞かせた。
人間に張り合っている時点で神として敗北したも同然なのだが、それには気付かない。
「アルティシーナ様もさ、彫刻とか見ると凄い綺麗だよね……」
「うん! そうだよね!! うん!!!」
運動場の片隅に立っているアルティシーナ神の彫刻を見ながら、リコリスは羨ましそうに呟き……
ティシアは首が取れそうになるほど、うんうんと頷いて同意を示した。
「アルティシーナ神は女神の中では一番美しい女神だからね!」
「いや、でもやっぱり一番は美の女神であるアフヴィナス神じゃない?」
「……」
「ごめん、アルティシーナ神が一番美しいと思う」
ティシアは眼力でリコリスの言葉を否定させる。
今夜、枕元に立って説教してやろうとティシアは決意した。
仮にもアルティシーナ神の巫女が、ビッチ女神のアフヴィナス神の方がアルティシーナ神よりも美しいなどと言って良いはずがないのだ。
型の時間が終わると、今度は模擬戦闘の時間になる。
生徒たちは運動場の隅に集められ、選ばれた生徒だけが運動場の中央で、教師の監督の元で試合を行う。
まず最初に選ばれたのはレオニダスとアレクサンドラだった。
激しい戦いの末、勝利したのはレオニダスだった。
(うーん、レオニダスは完全に父親似だね。アレクサンドラは母親似かな……神か人間かで言ったら、人間の方が近そう)
ティシアは二人の戦いを見て、冷静に分析をする。
今まで多くの英雄を見てきたティシアだが、レオニダスの実力は中々のものであった。
「ティシア!」
次に呼ばれたのはティシアであった。
そしてその対戦相手は……
「アルキポス!」
何と、以前に出会った小太りの少年だった。
アルキポスとティシアはクラスが異なるが……今回は合同授業でたまたま一緒になったのだ。
「よろしくね、アルキポス君!」
「様をつけろ、様を! ……女だからといって、容赦しないからな!!!」」
アルキポスは顔を赤くして言った。
そして何度も頭を左右に振り、「僕はこんな芋娘が好きじゃない、好きじゃない……恋なんてしているはずがない!」と内心で叫ぶ。
そんなアルキポスの内心は露知らず、ティシアは槍を構える。
「始め!!」
教師が合図を出した。
アルキポスはがむしゃらに槍を振るうが、その全てがティシアにいなされてしまう。
槍をいなしながらティシアは考える。
(うーん、前回は失敗したからなぁ……あまり下手に弱いフリとかはしない方が良いかな?)
多少は正直に生きた方が「普通の女の子」なのかもしれない。
そう考えたティシアは軽く槍を振った。
瞬間、アルキポスは地面に倒れることになった。
教師もアルキポスもその他生徒たちも、何が起こったのか分からなかった。
しかしティシアが勝ったということだけは理解した。
公衆の面前で女子に一撃でやられるという恥を掻かされたアルキポスは、顔を恥辱で真っ赤にさせながらティシアを罵倒し、その後保健室に行くと宣言して去っていった。
取り敢えず試合は終わったので、ティシアはリコリスの下に戻り、観戦に徹しようと考えた。
あまり派手に動くと、ボロが出ると考えたからである。
しかしそんなティシアに対し、待ったをかけた者がいた。
「ティシア! 俺と試合をしてくれ」
それはレオニダスであった。
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