第4話 女神様は入学試験を受けてみる
いくつか聞き込み調査をした結果、この街アルティシーナ市には三つほどの大きな学校があるようだった。
一つは貴族の女子が通う、アルティシーナ女学園。
もう一つは主に貴族や騎士、裕福な商人や地主、そして地方の優秀な子供が将来、魔術師や騎士を目指す学校、アルティシーナ魔術・騎士大学。
文官、官僚を育成するアルティシーナ王立学校。
「まず女学園はパスかな」
ティシアはパンフレットを一通り読んでから、首を横に振った。
女学園、というからには女の子しかいない。
ティシアの目的の一つは、学園モノにありがちな、甘酸っぱい青春・恋愛である。
女の子と恋愛をする趣味はティシアには無かった。
もっとも、そもそもティシアは貴族ではないので通えないのだが。
「後は魔術・騎士大学と王立学校のどちらかか……」
一応、どちらもそれなりの身分の人が通う学校だが……平民が入れないこともない。
相応の学費は必要だが、どちらも成績優秀者の学費を免除したり、軽減するような制度が存在する。
「どちらかと言えば、魔術・騎士大学かな?」
王立学校は官僚等を育成する機関である。
ティシアはアルティシーナ王国の国王に仕える気はさらさらない。
守護神が王に仕えるなど、とんだ笑い話である。
それにガリ勉っぽいイメージがある。
魔術・騎士大学の方が、楽しそうだった。
「善は急げ、早速行こう!」
ティシアは意気揚々と魔術・騎士大学へと向かった。
幸いなことに、丁度その日が入学試験の申し込み締め切り日であった。
問題は試験を受けるのにもお金が必要なことだったが……それはティシアが働いていた店長に貸して貰うことで解決した。
出世払いで返してくれればいいと笑う店長に、ティシアは感動を覚えた。
お礼として、夢で枕元に立ち、予言と忠告をした。
二年後に訪れるであろう、彼の死の回避方法を教えたのだ。
これで店長の寿命はあと三十年伸びることになった。
ティシアが学園生活を夢見ていると、あっという間に入試の日がやって来た。
「合格……するだけじゃ、ダメだね。一番にならないと」
ティシアが狙っているのは特待生枠、学費の免除と奨学金だ。
入試三位までに入れば、半年の学費が免除される。
その後も成績を維持できれば、卒業まで学費を支払わず通うことができるはずだ。
とはいえ、アホでポンコツでも知恵の女神である。
『梟の瞳』を開かずとて、人間の入試問題など寝ながらでも解ける。
ティシアは全ての解答欄を埋め、全問正解を確信した。
さて、翌日は実技試験である。
魔術・騎士大学というからには、魔術と武術の実力を見なければならない。
魔術の試験は二つあり、一つは試験官に言い渡された課題をクリアすること。
そしてもう一つは自己アピール、つまり自分のもっとも得意な魔術を披露することだった。
武術の試験は単純明快、試験官と戦うことである。
「諸君らには、あの木製の的を魔術で射貫いて貰う」
試験官がティシアたち受験生を目の前にして言った。
試験官の指を指す方向には、赤い色の的がいくつも立っていた。
ティシアは手を上げる。
「どういう採点基準なのか、教えて頂くことは可能ですか?」
「自分で考えることも含めて、試験である。十秒間の間に、ただあの的を射貫けば良い」
時間制限があることだけを、試験官が伝える。
なるほどな、とティシアは頷いた。
ティシアの順番は二番目だった。
トップバッターの少年が、両手を広げ、的に狙いを定める。
「燃え盛れ!!!」
(へぇ……凄い魔力量)
人間の中では十分上位に入るであろう、魔力量だった。
その潤沢な魔力で放たれた炎の塊は、全ての的を一度に消し飛ばした。
「すげぇ……」
「なんて破壊力だ……」
「あんな奴がいるのか……」
受験生たちは騒然となった。
しかし……試験官たちの反応は冷ややかだった。
そしてティシアも、内心で「これはダメだな」と思った。
ティシアの考察が正しければだが……
的、というものが設定されている以上、試験的にはその的をどれだけ狙って撃てるかを採点基準にしているはずだ。
的、というのは戦場に於ける人、もしくは獣の類である。
つまり敵を狙って撃てるか……より正確に言えば、必要最小限の魔力で敵を殺せるのか、ということが採点基準になるはずだ。
高威力の魔術は派手ではあるが、魔力のロスが激しく、そして味方を巻き込む恐れがある。
あの的は木製だ。
試験官が木製、と敢えて言及したのは的が脆いことを伝えるためである。
つまり高威力の魔術など、全くの不必要、オーバーキルだ。
さて、ティシアの番となった。
試験官が笛を吹く。
それを合図に、ティシアは両手を前に突き出した。
魔力弾を作り出し、それを的に向けて放つ。
ティシアの放った魔力弾は、全ての的の中央に一センチの穴を空けた。
「ほう……」
試験官は受験生たちに聞こえないほどの小さな声ではあるが、感嘆の声を漏らした。
ティシアの読みは当たっていた。
この試験では、どれだけきめ細やかな魔力の操作ができるのかを試すものだったのだ。
ティシアの放った魔力弾は威力は小さいが、的を射貫くには十分なもの。
まさに必要最小限の力加減で目的を達成する、という試験の課題に合致したものであった。
次は二つ目の実技、自己アピールである。
ティシアは顎に手を当てて考える。
先程の試験では、十分自分の魔力の操作技術を伝えることができた。
しかし地味過ぎたのも事実。
となれば、派手な魔術が良いだろうとティシアは思い至る。
自己アピール、自由選択なのだから特にこれと言った課題は存在しないはずなので、どのような魔術であってもアピールができていれば問題ないはずだ。
「土の魔術にしようかな」
ティシアが得意とするのは、土に関係する魔術である。
ティシアは女神だ。
女神というのは、多かれ少なかれ女として母としての属性を持つ、地母神なのだ。
ティシアは『梟』ともう一つ『蛇』の化身を持つが、その『蛇』も大地と縁が深い。
とはいえ、ぶっちゃけ人間などよりも遥かに魔術の腕は優れているため、どんな魔術でも自由自在に操れるのだが。
「魔術名は……そうですね、『蛇と梟と竜』です」
ティシアは試験官にそう告げてから、魔力を練る。
まず土でできた大蛇を作り出し、それを地面の上で踊らせてみる。
工芸の女神でもあるティシアは、そこそこ器用で、美術の才がある。
そのためその大蛇は、本物の蛇のようであった。
次にティシアは風を操り、梟を作る。
とはいえ、風だと姿形が見えない。
そこで炎を組み合わせる。
真っ赤に燃える梟が、空を飛びまわる。
そして梟は爪を立てて、大蛇に襲い掛かった。
梟と大蛇の戦いを、ティシアは魔術を使って演じて見せた。
そして最後に両者は交じり合い……
炎の翼を持った蛇、即ち竜が誕生する。
そのあまりの出来に、受験生は無論のこと、試験官たちですらも拍手を送った。
少し調子に乗ったティシアは、さらにその竜を変化させる。
その竜は人型へと変わり……見事な女神の姿になった。
そう、女神アルティシーナである。
ティシアと、アルティシーナ人形は揃って優雅にお辞儀した。
拍手喝采が起こった。
昼食を食べ終えた後、武術の実技試験が始まった。
戦場では男も女もない、ということなのか男女で分かれることはない。
そのため体格で劣る女性には厳しい試験である。
とはいえ、ティシアにはあまり関係ない話だ。
人間レベルに力を落としているとはいえ、そこらの英雄並の膂力を持っているのだ。
それに……
戦争の神であるティシアに、武術の技量を問うなど、まさに愚問と言えよう。
「武器は槍で良いのかな?」
「はい」
ティシアは槍を構える。
武術では、剣・槍・弓・素手の四つの中から好きなモノを選ぶように言われる。
ティシアは全分野に於いて秀でているが、特に槍を好む。
有史以来、槍は戦場に於いて主力の武器であった。
戦争の女神であるティシアは、槍の名手なのだ。
まあ弓も当然使えるわけだが、ティシアよりも優れた弓の使い手は神の中には何柱か存在する。
故にティシアは槍に一番の自信を持っていた。
双方、構え、礼をして槍を構える。
槍は安全を考慮して、刃は潰され、そして柔らかい布にくるまれている。
「始め!」
合図が下された。
それと同時にティシアは槍を振るう。
現在の肉体で放てる、最速の攻撃。
一撃目で試験官の槍を強く打ち、二撃でそれを掬い上げて放り投げる。
そして三撃目で槍先を試験官の鼻先に突きつけた。
「しょ、勝負あり!」
審判が戸惑った声で、ティシアの勝利を告げた。
というのもティシアの振るった槍があまりにも早く、見えなかったからだ。
「凄いな、君は……入学したら是非とも私に槍を教えてくれ」
「あはは……入学できたら、そうですね。考えます」
ティシアは試験官と握手を交わした。
三日目は面接である。
人によっては一番緊張する試験だが……良くも悪くもマイペースなティシアは全く緊張していなかった。
「ティシアさん、ですね?」
「はい、そうです」
ティシアは元気に返事をした。
試験官は手始めに、家族構成について尋ねる。
「家族構成、ですか」
家族構成、と言われると少し困る。
というのも基本的に神は死なないので、ティシアの親族はほぼほぼ全員生きている。
ティシアの祖母と母は、生きていると言えるのか少し怪しいところではあるが……
まあ死んではいない。
「父である祖父と、母、祖母、あと継母である伯母がいます」
「父と、祖父、母、祖母、継母と伯母……ですか?」
「いえ、父である祖父と継母である伯母です」
ティシアの言葉に、試験官は困惑した表情を浮かべる。
「……どういうことでしょうか?」
「どういうことも、何も……父と祖父、継母と伯母が同じ人物なだけですけど」
「?????????」
試験官の頭に無数のクエスチョンマークが浮かんだ。
ティシアは丁寧に説明する。
「つまり、ですね。祖父と祖母の間に生まれた娘である母は、祖父と結ばれて私を産んだんです」
「……」
「紆余曲折あって、父である祖父は自分の姉と結婚しました。ですから、継母である伯母です」
「……」
想像以上に複雑過ぎる家庭事情に、試験官はドン引きした。
「ごほん、えー、我が校への志望動機をお聞かせ願えますか?」
「志望動機、ですか。……普通の人間の女の子になるため、ですね」
「普通の人間の女の子、ですか?」
「はい」
なるほどな、と試験官は頷いてしまった。
確かにこいつは、普通じゃないと。
面接の前段階の資料として、ティシアの成績は知っている。
筆記はまだ採点が出ていないが、実技は満点であり、武術の分野では間違いなくこの大学の誰よりも秀でている。
そして複雑過ぎる家庭事情。
……普通ではない。
普通ではない志望動機であったが、そのあまりの普通でなさに、試験官は納得してしまった。
その後、いくつかの質問を試験官は投げかけた。
それに対する答えは、割と普通であったようだ。
斯くして、ティシアの試験は終わった。
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