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習作

カジノ・アヴァロン

作者: ネムノキ

 ここは欲望の坩堝。勝者が一瞬で敗者となり、沈めば二度と浮かばぬ混沌の沼。

 様々に着飾った老若男女の浮かべる、様々な感情は種族に関係なく実に『人間的』で、ついつい微笑んでしまう。するとその微笑みに見とれたのか、正面でブラックジャックに興じていたテーブルの一人が間違えてヒットして、バストする。

 悔しそうな表情を浮かべた彼に微笑むと、「しょうがなかった」といった風に苦笑して次の勝負へと切り替える。このまま経験を重ねれば、彼は良い勝負師になれそうだ。

 そうやって数々の勝負を見ていると、喉の渇きを覚えたので、最寄りのバーカウンターに行き、注文を言う。

「ヴァージン・ブリーズで」

「かしこまりました」

 確か、この肌の青いバーテンダーは先月研修を終えたばかりのひよっこだけれど、私を見ても表情ひとつ変えず堂々と己の職務を全うする様は、もう一流と言っても良かった。

「ヴァージン・ブリーズです」

「ありがと」

 カウンターに置かれた、赤みがかった、でも、ピンクグレープフルーツのような下品さの無い鮮やかな液体を、早速とばかり一口。

「うん」

 いい酸味とほのかな甘み。実に私好みのカクテルだ。ノンアルコールだけれど、『仕事中』だから仕方ない。

 椅子の無いカウンターに軽くもたれつつ、ヴァージン・ブリーズのグラス片手に黄金の明かりに照らされる空間を見回す。

「ふふ」

 初仕事が予想以上に長くなっていることを思い出すも、気にしない。苦しいこともつらいこともあったのだけれど、こんなにも楽しいのだから。

「おや、お久しぶりです。インさん」

 すると、割とそんな仕事の序盤から付き合いのある男が、ポーカーの勝負を切り上げてやって来た。

「お久しぶりです。パウロさん。良い勝負をしていましたね」

「貴方にそう言ってもらえるとは。光栄です」

 ニコニコとしているこの老人は、このカジノの外に出ればかなりの立場の人物で、それは着ている何の装飾も無い白のローブからはうかがえないものの、人の良さそうな顔に刻まれた苦労の跡を見ればそこそこ以上の立場の人物だという位は伝わってくる。

「コンクラーベを」

「かしこまりました」

 バーテンダーがシェイカーを用意するのを尻目にパウロと雑談に興じる。

「いつもそれですね」

「ええ、お気に入りなので。貴女もどうですか?」

「私はあんまり好きじゃあないのよ。ミルクはミルクで飲みたいの」

「なるほど、それも一理ありですなあ」

 シェイカーが振られる音がする。いい音だ。

「しかし、ここは息抜きに丁度いいですなあ」

「息抜き、って……。巷じゃあ『底無し沼』なんて言われているようですよ?」

「それは己の欲望を抑えられないからですよ。『節制の美徳』を多少研鑽しているなら、この程度良い『お遊び』です」

「なるほど。メモメモ」

 内ポケットから取り出したメモ帳にパウロの言葉をメモする。そろそろ『勝負師の名言集第三巻』を書けそうだ。

「貴女は『サキュバス』なのに勤勉ですなあ」

「魅力は知性も必要ですからね。まあ……」

 誘惑したい相手もいないのですが。そう続けようとすると、ドン、と机を叩く音がした。

「……ちょっと行ってきますね」

「分かりました」

 残り半分も無かったカクテルを飲み干し、音のしたポーカーのテーブルの方へ悠々と、しかし急いで行くと、この街で売っている中で一番黒いスーツを来た、太ってハゲてきているヒューマンの中年の男が、背の高い緑のドレスを着たエルフの女性に掴みかかろうとしてガードに取り押さえられていた。

「どうなさいましたか?」

 見知ったエルフ女性に、予想はついているものの、営業用の笑顔を貼り付け、赤い鱗のトカゲ頭のディーラーに話を聞く。

「それがですね……」

「イカサマだ!」

 中年男がそう怒鳴る。ディーラーの方を見ると、彼は首を振った。

「イカサマ、というと?」

 聞くのも面倒だけれど、中年男に尋ねる。

「こっちはフルハウスだぞ! それをフォーカードだと!? その前はこいつ以外降りたと思ったらハイ・カード(役無し)!? おかしいだろ!?」

 やっぱりそうか、と思う。エルフ女性の方を視線だけ向けると、困ったような、楽しそうな笑み。全く、性格の悪い。そのまま視線を動かすと、野次馬が集まってきていた。面倒な。

「いいえ? 聖典にある通り、『運は神すら決めることが出来ない』のです。おかしくはありませんよ?」

「『スキル』だ!」

 その言葉が出てくるとは予想していた。

「『幸運lv5』があるのに、出てもツーペア!? こいつが何かしてるんだ!」

「お客様」

 勘違いしている中年男に、諭すよう言う。

「このカジノに入る際、説明は受けられましたか?」

「説明!? それが……」

「受けられましたか?」

 そう尋ねると、中年男は怪訝そうに「無視した」と言い、それで野次馬は解散していった。

「そうですか」

 その野次馬の雰囲気を察したのか、中年男の怒りは疑問に取って変わられていく。

「では、改めて説明を。まず、ここ、『カジノ・アヴァロン』では、いかなる私闘も、いかなるイカサマも禁止しております。これを破られた場合、全てのチップは没収の上『カジノ・アヴァロン』を出て行ってもらいます。また、その際発生した損害が没収したチップで足りない場合、後日『聖教会』及び『魔王軍』に協力してもらい、必ず賠償してもらいます」

 ここまで言うと、中年男はガタガタと震えだした。そりゃあ、地上を二分する二大勢力から睨まれるなど、ごめんだろう。少し散らばったチップや倒れた椅子を片付け終わったガードの耳打ちにうなずき、続ける。

「幸い、損害は無いようですので、賠償についてはご安心ください」

 この言葉に、中年男はあからさまにほっとしていた。ガードも、彼が落ち着いたと見て拘束を解いた。

「次に、ここ、『カジノ・アヴァロン』内では、いかなる地位も権威も認めません。これは、お客様が『カジノ・アヴァロン』内外でトラブルに合われることを防ぐためです。これも幸い、お客様はそのようなことをなさっていないようですので、ペナルティはありません」

 中年男はさらに安心したようだったけれど、続いた言葉に驚愕した。

「また、イカサマ、や権威を持ち出す原因となりかねませんので、『カジノ・アヴァロン』内では全ての『スキル』、『魔法』、『異能』が無効化されております」

「ち、ちょっと待った!」

 中年男は立ち上がり、顔を青くして怒鳴る。

「そ、そんなこと出来るのは『悪魔』だけだ! そんなことは許されない!!」

 神々が人々に与え給うた力である『スキル』、神々の奇跡を研究、解明した技術である『魔法』、人々が生物として進化することで身に付ける『異能』。これらを無効化出来るのは、『伯爵級』以上の『悪魔』だけだ、ということはこの世界の常識であり、また『悪魔』と関わることは『聖教徒』の『禁忌』である。どうやらこの中年男は聖教徒だったようで、死にそうなくらい血の気が引いている。

「ああ、ご安心ください。その能力を発揮しているのは、総支配人である私、『サキュバス・エンプレス』のインです。聖典を学んでおられるなら、この意味は分かりますよね?」

 今度の中年男の顔は赤くなったり青くなったり、口をパクパクしたり、とても面白いものだった。

「せ、『聖魔イン』様ですか!?」

 そう叫ぶと、中年男はがばりと土下座した。

「申し訳ありません!」

 ……そう言われても困る。

「顔を上げてください。確かに、私はそう呼ばれることもありますが、今の私はただのカジノの総支配人です」

 それに、と続ける。

「この度お客様が不快に感じられたのは事実。これは私の不徳と致す所です。なので、そうですね……」

 私は、少し考えるふりをして、おずおずと頭を上げる中年男に尋ねた。

「お客様は、こちらに来られたのは初めてですよね?」

「は、はい」

「では、ポーカーをやられたことは?」

「実は、初めてです」

「なるほど」

 私はここで空気になって逃げようとしていたエルフ女性に向かって言った。

「では、当カジノのお客様の中でも、有数の勝負師であるレイア様から、ポーカーの基本を教えてもらいましょうか」

「げ」

 エルフ女性、レイアは逃げ切れず、諦めてこちらに来た。

「レイア、というと……」

「お客様、それ以上はなりません」

「あっはい」

 何かを察しかけた中年男を黙らせ、手を差し出して立ち上がらせる。

「何で私が……」

 ぶつくさ言うレイアに私は言った。

「『初心者いじめ』は程々にと、前も注意したでしょう?」

「……はい、すみませんでした」

 不承不承ながら謝ったレイアと中年男をテーブルに着かせる。

「ギラード、後はよろしく」

 トカゲ頭のディーラーに後を任せ、周囲を見回すと、レイアの解説を覗く数人がいただけだったけれど、一応言っておく。

「この度はご迷惑をかけ、誠に申し訳ありません。今後とも、どうか『カジノ・アヴァロン』をよろしくお願いします」

 聞いていた何人かが軽く手を振ったのを確認して、私はその場を後にした。

 少し、しゃべりすぎた。また、喉が渇いてきていた。

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