(2)「雨の国」
それから数年後。
町を出て少し歩くと、雨が降り出してきた。
俺は近くの木陰に身を寄せて、雨が止むのを待つ事にする。
今の調子だと、今日中には次の町へ着きそうにないしな。のんびり行こう。
「……キュ?」
声の主は、空から降る何かが気になるようで、首を傾げている。
自分の鼻先に落ちてくるのを見つめたり、遠くを見たりしていた。
「ん、どうした? あぁ、これは『雨』って言うのさ。」
小粒で軽い雨音を立てている滴を手に乗せて見せると、
匂いを嗅いだりして見つめていた。
「空から降って来る水だよ。地面を通って空に上って曇っていうのになって、
また空から降ってくる水になるんだよ。……って、舐めてもただの水だって。」
雨を見て目を輝かせている様子を見て、少し顔が緩む。
やっぱり、竜も人も小さい頃は何も知らないんだな。
軽く頭に手を乗せたのに気づくと、嬉しそうに目を細めていた。
俺の名前は旅華。まだなったばかりの竜使い見習い。
こいつ、この白い竜は『ちょび』。俺が育てる事になった竜だ。
背中に透き通った白い翼を持ち、肌の色は純白の仔竜だ。
竜の図鑑によると『銀白種』というらしい。
その名前の通り、光の角度次第では白い翼が銀色に光るように見えた。
竜使いは卵から竜を飼育し、『パートナー』として竜を世話して育て、
人生を共にし、生活をする事になっている。
ごく稀に卵からではなく仔竜から育てる者も居るが、
『小さい頃に生活してる者に依存する』という、
竜種独特の依存傾向と、孵った時の耐性の有無の話が顕著に出るため、
なかなか難しいらしい。俺は卵から育てたのもあって、そういう事も無かった。
まぁ、俺の場合は卵を手に入れたり、孵るのを待つ方が大変だった気もする。
「もう少し雨が止むまで、待つしかなさそうか……。」
そう言って、ちょびの脇に腰を下ろし、風除けと小さい鍋を用意して火を起こし始める。
ちょびは雨がまだ気になるらしく、しきりに目で雨を追いかけている。
首が上がったり下がったり。たまに樹が揺れるとびっくりして俺の後ろに隠れたり。
余り濡れないように、たまに呼びかけながら俺は湯を沸かして紅茶を作っていた。
しばらくして紅茶も出来てコップに移してると、ちょびは興味津々にこちらを見てきた。
「ちょびも飲んでみるか?」
こぼさないように、少なめに紅茶をコップに入れて渡すと、
両手で持って温もりを感じながらこっちを見ていた。
よくわかってないようなので、コップを俺も持って、少し飲んで見せた。
そうすると使い方を見よう見まねで真似して飲み始めた。
俺もまた、自分のカップの紅茶をゆっくり飲む。
小さい頃、竜は純粋に好きだった。
物語に登場する時は悪者扱いされていることが多かったけれど。
竜自体に憧れはしたが、竜使いという職業がある事を俺は知らなかった。
その俺も何だかんだで結局、『竜使い』を続けている。
あの時の友に会う為に。そして足跡を探すように旅をしている。
今のところ進展は無い。だが辞めるわけにはいかない。辞めたくない。
あいつが、玲がやったこと、やりたかったこと。考えていたこと。
まだ俺はほとんど理解していない。何のためだったのか。
物思いにふけっていたら、ちょびが心配そうにこちらを見上げていた。
そうだ、俺にはちょびも居る。あいつにもヒョウガが居る。
ちょびはまだ幼い姿のまんまだが、ヒョウガはもう成竜のはず。
成竜ならば、玲とも会話が出来るし助けになっていると思いたい。
だから俺とちょびは、成長した玲達に会いに行くんだ。
地図を見ると、次は山を越えて冬の国に入るらしい。
ここは雨の国。雨の多い国だからその名が付けられた。
植物の栽培も独自の進化をしていて、この地域にしかないものもある。
俺みたいな旅人としては、冬の国に入る前の玄関口。
「次の国は寒い地域だから、防寒具でも買っておくか。」
そんな事を呟いていると雨がようやく止んだ。
俺はコップや鍋を片付けると、ちょびに声を掛ける。
「ちょび、また降りだす前に行くよ。
寝床を探すにしても、もう少し良い場所を探そう。」
「キュ。」
「さ、行くか。」
まだ雨の匂いがする道を、俺は歩き出す。
ちょびは慌てて少し飛ぶと、俺の肩にしがみついた。
ココが『定位置』になったらしい。
こいつが大きくなったら、どうなることやら。
図鑑にある『銀白種』の記述だと、既に成竜になっているはずなのだが、
ちょびはまだ仔竜の姿。医師に見せても異常は無いとのこと。
竜については分かってないことも多いので、個体差でもあるんだろうか。
分からないことは沢山あるが、気にしすぎても仕方ない。
ちょびも早く俺と話せるようになるといいな。
そうしたらいっぱい話して、もっと仲良くなりたい。
気持ちがちょびに伝わったのか、肩に乗ったまま首に頬ずりされた。
少し嬉しくなって頭を撫でてやる。
冬の国までの道は、あと少し。
ちょび用の防寒具も買ったり、準備しないとな。
玲の行き先が少しでも分かるといいんだが。
少しでも玲が居る場所へ近くなるように、俺達は旅を続ける。