第4章 脱出
第4章 脱出
あれからどれくらいたったのだろう、10分かも知れないし1時間かもしれない。人は極限状態に陥ると疲れなど感じないものだ。これがランナーズハイって奴か、渡部が提案した逃げ場所は少し離れた場所にあるスーパーの隣のディスカウントショップ。あの手の建物は耐久力が低い代わりに脱出路の確保が容易である点がオススメらしい。魍魎共は動きが緩慢な為、数こそ多いが走ってさえいれば追いつかれることはまず無い。怖いのは囲まれた時だ。幸いだったのは魔境には今のところ妖怪や禍津神といった凶悪は存在が確認されてないことだ恐らくではあるが周りの風景から推測するとこのような事だろう。
俺は周りをぐるりと見回す、基本の形としては俺達が住んでいる町そのままのようだ。違うところは風化の進み具合だろう、倒壊や廃墟化まではしていないが塗装が剥げていたりヒビが入っている。人が住まなくなって数年くらいの朽ち方だろうか?ここから推測されるはこの魔境は新生の異界である事が可能性として高い。妖怪などは昔から異界に住むと言われていたがイメージ的には自分の家のスペース分の魔境を作り出していると考えればわかり易い。異界からダイレクトに出入りしているので突然現れてたように見える、神出鬼没とはそういうことなのだ。よって、異界のイメージが現代である時点で今作ったものだと考えられるのだ。これは、行幸である。新生の異界であれば魍魎こそ勝手に集まってくるが奴の配下足りえる怪異はいないと考えて良いだろう。今なら逃げ切れるという事だ。俺は皆を見回す、渡部は何か考えてるのかブツブツいいながら走っている。昔から掴みどころの無い人間ではあるが余りの落ちつき振りにちょっとびっくりだ。山岸さんは、なんだあれ!恐い!!俺は今までに見た事のない物凄い形相の彼を見た。それもそうだろう、彼はお姉さんをお姫様抱っこで抱えながら俺達に劣らぬスピードで激走しているのだ。この空間とあいまってそれがまた恐い、普通の人がチラッと見たら新たな怪談が誕生するんじゃないかこれ?お姉さんは気絶しているようだった。うん、そうか、顔が恐い理由がわかった・・・。アイツ、走ってつらい顔と女性の体の感触を楽しむスケベな顔が混ざっているのだ・・・。スケベ心が人命を救う、か。偉大なり山岸。
「みなさん、見えてきましたよあたしが先にドア開けるからついて来て!」
「ドアって、鍵とかかかって」
言いかけたその後、目を見張った!どっせい!と気合をいれてガラスをぶち破って渡部が転がりこんだ。どちらかと言うと俺がやりそうな事だが、やっぱアイツ慣れてないか?・・・。こうして俺達は無事に建物内に入り込んだ。
「ガラス突き破るってワイルドすぎんだろ・・・。」
「時間がおしいしね、どうせ風が無い世界だし破ったとこに結界張ればいいでしょうよ。」
「慣れすぎだろ、オマエ何者さ・・・。」
俺は建物全体に結界を張り巡らせた。これで魍魎は入ってこれないだろう、残りの瑠璃は4つなんとか持たせないとな。
「ちょっと・・・。とんでもな状況なんであっしは説明をもとめやすぜ。」
「分かった、説明しよう。頭がおかしい事いうが信じてくれ。」
「普段ならそうでしょうが、今ならなんだって受け入れられますよ・・・。」
俺は、まずは自分が古来より神を奉る家系である事、この世界に生きる人間は例外なく全てが特別な存在である事。そして、妖怪や神も元をただせば全て現世の存在である事を説明した。
「するってぇと、あっしにも鮫島さんみたいな事ができるんで?」
「厳密に言うと違うな、何かしらの神気は持ってるだろうが人によって効果は違う。」
「こんな状況ですが、そんな事聞くとあっしはワクワクしちゃうね。」
「こんな状況だ、自分の能力知っておくのもいいかもね。」
俺は懐から酒と杯をだして手をかざす、すると。杯から酒があふれ出した。
「なんですかいこりゃ!すげぇ!酒が飲み放題じゃないですか!」
「いや、どうやらここは神気が影響しやすい環境らしい現世でやってもミリ増える程度。」
「そうなんですか、特殊能力はここでしか使えないと・・・。」
「そう思った方が無難ですね、俺のこれは万物を進化させる為の運命を持った者の神気。俺はこれを増幅と呼んでいる。」
人間は定められた運命を遂行する為に神気を与えられる。俺の増幅は万物の神気を高め神格に至らせる為のものだ、信仰が弱まり効果が薄まった現世では神格に至る前に俺が死ぬけどね・・・。
「さぁ、渡部からやってみようか」
「あたしゃ、どうなっても知らんよ・・・。」
意味深な事を言いながら渡部が手をかざす。ボン!!ってなった・・・。え?何これ・・・。爆発した?家の文献にもこんなの書いてないぞ・・・。
「で、なんの能力?」
「爆発?なんだこれ?伝承にも伝わってないけど・・・。」
爆発の音でお姉さんが目覚めた、お姉さんは春日悠さんと言うらしい。コンパニオンとして雇われたらしいがとんだ災難だな。まぁ、世の中とは理不尽なものなんだが。俺は悠さんにも同じ説明をしたが以外にもあっさり受け入れた。
「そう、やっぱり不思議な事は間違いなく存在するんですね。」
と、儚く笑った。事情を聞いて見ると彼女の家系の女性は代々綺麗な宝石がついた指輪を継承しなければならないらしい。そして、その指輪を受け継いだ者は必ず短命になるという事だった。当然、ここで山岸に火がつく。
「鮫島さん!なんとかならねぇんですかい!!」
「そういわれてもなぁ・・・。この世界にその指輪があればなんとかなるかも・・・。」
「これなんですが・・・。」
おずおずと綺麗な赤い宝石のついた指輪をだす。って、あるんかい!参ったな・・・。方法はあるが結構命がけなんだよね。だが、こんな状況なら逆にチャンスかも知れない。
「恐らくなんだけどね、神格の障りなんだと思う神気に反応して常に疲れる状態になってるんだろうね。これ、捨てても戻ってくるよね?」
悠が顔を真っ青にして頷く、そう。これは間違いなく神格が封じられた指輪だろうさっきの木槌みたいなものだ、これに儀式を行えば覚醒して彼女は解放される。彼女の運命はその身を持ってこれをつなぎとめる事、つまりは人身御供。その宿命を断ち切れば彼女は救われる。だが、問題はある。そこまでして封じてる神を開放したらどうなるんだ?ある種の系統の神ならば我が家系の盟約により契約できるだろう。違った場合は・・・。そう説明すると彼女は泣きそうになる。
「まぁ、ここから出るにしても神の力でも借りないと無理だろうしな。」
と、いいながら俺は諦めて準備にかかる。だから、恐いんだよ山岸さん・・・。簡易的な祭壇を作りそこに指輪を置く。俺は若い頃から10年以上身に着けているシルバーアクセサリーを全て外し祭壇に置く。人生で一度きりの儀式をする為に。俺は時間をかけて増幅した七つの道具を使う。仏教の七宝に見立て日本で一番有名な神様達にあやかろうと名づけた七法である。
「天法四天王白銀降臨術!」
俺のシルバーアクセサリーが塵になる。だが、まだ降臨の気配は無い。力が足りないのだ!
「なんて神格だ、このままじゃ。」
このままでは供物が足りず魂まで持っていかれる。神気をもっと高めるしかない。
「天法十二天蝦蛄覚醒術!」
俺の腕の数珠が砕け散る!なんてこった!一点ものだぞ!!
それでも、後一歩届かない供物さえあれば。
「なんでもいい!何かお供え物を!!」
「じゃ、これで。」
山岸が俺の食い残しの中華料理を置いた。って、おい~~~!!いくらなんでもそりゃ無いだろ!
「馬鹿野郎!!そんなもんで降臨する神がどこにいるんだ!!」
その瞬間、神聖な空気が当たりに立ち込めた。って、おい!きちゃったよ!祭壇の前に収束した神気が形作るシルエットは女性、女神か!降臨した女神は中華料理を食べながら神々しく優雅に口を開く。
「あちきを呼んだのはオマエさんかえ?」
整った美しい顔立ち、そして高貴さを漂わせる高級な着物、絹のように美しく長い黒髪高尚な気配は間違いなく高位の存在である事を証明していた。しかし!なんというか、小さい!醸し出す気配と神気から間違いなく神格であることがわかるが、見た目が小学生なのだ!!
「「「「ええ~~!」」」」
全員が同時に声を上げた、これで状況を打破できるのだろうか・・・。
「失礼な奴らじゃな考えてる事はわかっておるぞ!あちきは10の高位霊体の集合体、神霊にして10の奇跡を操る玉咲姫なるぞ!」
「聞いた事ないんだけど・・・。」
「ふ、あちきを侮るか、そこの短髪スーツ!あちきの千里眼には全てが見える、平然とした顔をして何を考えてるかわかるぞ!貴様のその視線は実は!」
「待った!本物だ!貴方様は神でさぁ!鮫島さん!すぐに直れ!」
必死で山岸が俺に何かを投げつけた。こいつは!!俺は山岸が投げつけたものを素早くポケットにしまうと玉咲姫にひれ伏した。プライド?それは生活に余裕のある方の為の贅沢品だ、渡部にツケを溜め込んでいる俺には許されないものなのだ。
「ふふふ、分かったか?この展開もあちきには分かっている、未来が分かるのじゃからなぁ。さぁひれ伏せ!このロリコンが!契約の誓いをたてるがよい。」
「え?あの人大丈夫ですよね?まさかそこまでしないですよね?」
「いや、流石にそこまではしないんじゃないですかねぇ・・・。」
ふ、馬鹿め。こうなったらこの神様はひれ伏して足をなめない限り契約はせん!そう、これはお前らが招いた事態だ、俺は屈辱だが屈服するしかなそうだ。まぁ、これも人によっては御褒美だろうが俺にとっては決してそんな事はない、断じて無いぞ!俺は契約の証として脚にキスをする。と、見せかけて嘗め回した。ふ、どうだ嫌がらせしてやったぜ。人間は上位の存在に力を借りる時は何らかの誠意を見せねばならない、これで契約完了だ。
「くっ!はわぁ!やめろ!変態が!あちきが悪かった!もういいから!」
「う、わぁ~、これは流石のあっしも引くわ・・・。」
「通常運転ですよ、あたしはこんなんじゃおどろかないよ。」
「あ、あの、私のせいなんでしょうが、それは人としてどうなんですか?」
凄まじく冷たい目線で俺を見る3人、こいつらには後で相応の仕返しが必要だろう。
「よし、俺も屈辱を我慢したんだ。ここから現世に戻してくれ!」
「よ、よかろう。ではゲートを開いてやる。」
流石は小さくても神様。手をかざすと現世との境界が開き向こう側が見えた、が、小さい・・・。
「おい、これは通れないんじゃないか・・・?」
「あちきね、あんたさんが未熟だから不完全ででてきちゃったの。」
てへ、っと擬音が出そうな感じでいいやがった。
「まさか・・・。あそこまでやらせてこれなのか?残りの奇跡とやらもこうじゃないだろうな?」
「ん、ごめ~んね」
「くっそう!何が玉咲姫だ!お前なんかちぃ様で十分だ!」
と、その時。パキィ!と結界が破れる音がした。思わずそちらを見る。そこには紳士のような格好をした2本の刀を持った怪異がいた、文献にいるようなタイプではなさそうだ。推測ではあるが怪談が力を持ち妖異に至ったのだろう・・・。
「おい、ちぃ様、勝てるか?」
「ちぃ様言うな!まぁ、無理じゃな、あれは禍津神じゃ、相当神気を吸ったようだな。」
「つまりは、相当殺してると・・・。」
「手が一つだけあるぞ。あちきに瑠璃神気を渡せ。」
俺は言われた通りに最後の瑠璃を使い玉咲姫を強化する。あれ?ちょっと成長した?その瞬間境界が大きく開く、3人は察したようにそこから出る。
「時間稼ぎが必要じゃな、後は頼むぞよ。何、心配するな後で出してやるゆえ。」
そういって境界は閉じた始めた。俺を、俺だけを残して・・・。俺は冷や汗を掻きながら後ろを振り向く。ケタケタと笑いそうな顔がこちらを見る。
「あははは・・・。ふざけやがって!てめぇ覚悟しろ!俺は今、すこぶる機嫌が悪い!」
こうして、俺の始めての怪異との戦いが始まる。七つの道具のうち3つは消滅した、仲間は無し、まさに、絶体絶命なのだが。焦燥よりも怒りが勝った瞬間であった。
第4章 脱出 完 次回 第5章 禍津神