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マリィの過去 ― Beautiful Memory ―

 私の故郷リーシャは、現在から数えて約五年ほど前に聖グラント帝国に侵略された。

 大義名分という名の建前は多々あれど、アストリア侵略の拠点にするためというのが主な理由だろう。海こそ挟んではいるものの、地理的にリーシャはアストリアの隣国だったから。

 そのこと自体、私は特になんとも思っていない。弱肉強食は世の常と思っていたこともあるが、グラントは多少重い税と兵こそ徴収するが、基本的にはその国の文化を尊重し自治は任せるからだ。未だに奴隷制度を採用しているバルティア等の野蛮な国々と比べれば紳士的とすら言えるだろう。

 そして私は十五歳の誕生日を迎えたことを契機に、グラント帝国の首都グラントに自ら赴き騎士を志願した。

 どのみちアストリアとの戦争の際には徴兵されるのだ。一兵卒として後方支援に回されるぐらいなら、いっそ自ら動いて実力をアピールしてやろうと考えたのだ。思えばこの頃の私は自信家で野心家だった。いや……きっと今でもそうなのだろう。我ながら恥ずかしい話だ。

 私はグラントの騎士適正審査をすべてパスして、第七騎士団に配属が決まった。

 祖国リーシャでも私はタロスを駆る騎士だった。若輩故に前線に配置されることこそなかったが、周囲からは神童などと呼ばれていた。その実力はグラントでも通用すると信じて疑っていなかった。

「本日より第七騎士団に配置されたマーガレット・リースマンと申します。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」

 通された部屋には巨漢の男が座っていた。団長かと思い私が敬礼すると、朗らかな笑みを浮かべて握手を求めてきた。

「副団長のハロルド・グレンジャーという者だ。王族会議により団長不在故、本日は私が代理としてあいさつをさせてもらう」

 ハロルド副団長はまだ少女である私に対しても実に紳士的だった。女子供でも容赦なく暴力を振るったリーシャ騎士団のくそったれ団長とは大違いで、それだけでもここに来た価値があったと思ったぐらいだ。

 私は簡単な入団手続きを終えると、副団長の乗る馬に跨がり、城を出て市外の基地へと向かった。

「入団早々すまないが、君の実力を計らせてもらうよ」

 副団長に呼ばれてやってきたのは団子っ鼻の少年騎士だった。すぐに辞めてしまったので名前は覚えていない。身体はそこそこ鍛え抜かれていたが、肩を大きく怒らせて歩くため、どこか虚勢を張っているようにも見えた。

「今から互いにタロスに乗って、一対一の決闘を行ってもらう。結果は評価に響かないので安心して闘って欲しい」

 おそらく私と仕合わせることで自信をつけさせようという腹積もりだったのだろう。副団長の意図を読みとった私は、さっそくその少年騎士を言い訳一つできないぐらい完膚なきまでに叩きのめしてみせた。

 当時の私は性格が悪くてな。これが理由で彼が騎士を諦めてしまったのだとしたら、もうしわけない思いで胸がいっぱいだ。

「副団長も一戦やりませんか。ご自身で確かめられたほうが確実ですよ」

 繰り返すが、底意地の悪い女で本当にもうしわけない。

 だが、さすがにハロルド副団長は強かった。互いに攻め手を欠いて硬直状態が続いたせいで勝負は途中で手仕舞いになったが、あのまま続けていたらおそらく体力差で私は負けていただろう。

 決闘を終えた後、タロスから降りたハロルド副団長は、驚きを隠せない面もちで急遽団長に連絡を入れた。結果は評価に響かないなどというのは御為ごかしもいいところ、騎士たるもの表に出ればその一挙一動が常に評価され続けるのだ。

 念のために言っておくが私は副団長のことを悪く言っているわけではない。むしろ私の実力を正当に評価してくれたことに海より深く感謝をしている。

 しばらく待機していると王族用と思われる豪勢な馬車が基地に乗り込んできた。

 それはもう緊張したさ。何しろ世界有数の軍事大国の王子様だ。いったいどのような御仁なのだろうかと期待に胸を高鳴らせながらな。

 私は支給された軍服の襟首を正しながら、馬車から団長が降りてくるのを今か今かと待ち構えた。

 だから――実物を見たときは正直、失望した。

 まず最初に目に止まったのが、まるで枯れ木のように朽ちた四肢だ。体躯も細くてまるで食に飢えた戦災孤児のようだった。後で副団長に聞いた話だが、生来の虚弱体質児だったらしい。

 髪はボサボサ、顔はそばかすだらけ。そのうえ身だしなみにそこまで拘りがないようで会議用と思しき礼服こそ着ていたが、その着こなしはまさに適当と呼ぶに相応しく、上着のボタンの掛け違えから始まりズボンの中に突っ込んだシャツとポケットから汚くはみ出たハンカチーフ。おまけにシャツの片襟も立っている。

 勝手に期待しておいて酷な話かもしれないが、さすがにあれを見て好感を持つ人間は極めて少ないであろうと断言できる。

「こいつがおまえの言っていた例の新人か?」

「はい。ご自身でお確かめになられますか」

「いや、いい。おまえの眼を信頼しているからな」

 団長は眠そうな眼をこちらに向けると、

「テミス・ラングフォード・グラント。第七騎士団の団長を務めている。これからおまえの上官となるものだ」

 聞くに耐えない、くたびれただみ声だったよ。実際、連日に渡る会議で疲れていたのだろうけど、当時の私には印象最悪だった。もっとも相手は王族、嫌悪感などおくびにも出さずにあいさつと自己紹介はしたけれどな。

「マーガレット、さっそくで悪いがおまえには俺の護衛を担当してもらう」

 団長のタロスはブロンズボゥ。遠距離より後方支援を目的とするタロス故に白兵戦に弱い。よって接近してくる敵を打ち払う護衛役が必要となってくる。ハロルド副団長の推薦で、その大役に私が選ばれたのだ。

「私のような新人になぜそのような大任を?」

「できればハロルドに任せたいのだが、あいつには前衛で指揮を執ってもらわないといけないからな。正直あいつ以外なら誰でもいいんだが、俺の足を引っ張られても困る。そこそこ腕の立つ奴でないとな」

 本当は直衛など要らないのだが、ハロルドが心配性だから仕方なくだと団長は渋々といった感じで言っていた。これには正直ムカついたよ。一瞬、戦場に立ったら後ろから斬り殺してやろうかと本気で思ったぐらいだ。

 だが同時にこれは出世するチャンスだと思ったよ。王族の信頼を勝ち取れば、将来的には貴族、気に入られれば后として王族の一員になれる可能性さえあった。もっとも、さすがに当時の私は団長と結婚しようなどという気は起きなかったけれどな。


 こうしてめでたく第七騎士団の団員になった私は、目をかけてくれたハロルド副団長直々の指導の下、鍛錬の日々を送った。

 今思い返してみても、充実した素晴らしい日々を過ごしたと思っている。訓練は厳しかったが副団長に厳選されているだけあって、団員は皆気だてがよく性別で私を差別しなかったし、リーシャでは常習的だったいじめのようなものも一切なかった。メスゴリラという不名誉な渾名は頂戴したが、それは日頃の行いのツケなので仕方ない。いや、本当は仕方がなくはないのだが、当時は悪口だという認識が薄かったのだ。

 ラングフォード団長は王族としての公務で忙しい上に団全体を管理しなければならない立場のため、ほとんど顔を合わすことはなかったけれど、当時の私は汚い面を見なくて済んでむしろいい気分だった。過去に戻れたら昔の私をぶん殴ってやりたい。

 団長には弟さんがいた。アポロという名の美男子だった。

 次男のため文官だったが文武両道を絵に描いたような好人物で、よくハロルド副団長に稽古をつけてもらっていた。そのがさつな態度からメスゴリラと呼ばれていた不祥の私も、彼には気を使ってできるかぎり優しく接していた。確か自室に招いたこともあったと思う。王族だからということもあったが、彼となら婚姻するのも悪くないかなという下心があったからだ。

 今思えば恋愛感情など微塵もなかったが……まあ昔の話だ。

 ある日、ラングフォード団長がハロルド副団長に、珍しく深刻そうな顔でアストリアへの宣戦布告の報を告げた。

「侵略は第一第二騎士団が担当するが相手は世界第二位の大国だ。いずれは第七騎士団も駆り出されることになるだろう」

 私は内心ほくそ笑んだよ。ようやく武功をあげられると、私の手柄で大国に勝利したならば、その名は天下に轟くことだろうとね。

「団長も出撃なされるのですか?」

「当然だ。それより、おまえの見込んだそいつは仕上がっているんだろうな?」

 その言葉を聞いて、私は自信たっぷりにこう言ったよ。

「ご自身でお試しになられてはいかがですか?」と。

 入団当初よりずっと強くなっているという自信があった。すでにハロルド副団長にも負ける気がしなかった。自分の実力をアピールすると同時に思いあがっている上官の鼻っ柱をへし折ってやろうという企みがあった。

 結果――思い知らされたのは私のほうだった。

 五戦全敗。すべて完敗。わけもわからぬままに私は何度も叩きのめされた。底なしだと自負していた体力を根こそぎ奪われ、立ち上がることすらままならなかった。

「……予想以上に使えないな。代役は他にいないのか?」

 私はその言葉がどうしても許せず、相手が王族だということも忘れて叫んだ。

「勝ち逃げは許さん! もう一度私と闘え!」

 その時――団長は、私に向かって微笑んでいたよ。

 お互いタロスの中だったけど、何故かそれはわかったんだ。

「その有様でか? もう立つこともままなるまい」

「うるさい、私はまだ戦える!」

「その心意気は良し。ではその挑戦は明日受けてやろう」

 結局、私は次の日も負けた。連戦を希望したが団長は受けなかった。

「俺はタロスに乗っても疲れない。やればやるほどおまえが不利になるだけだ。それに焦ったところで強くはなれない。明日までに負けた理由を考えておくことだ」

 私は考えた。しかしどれだけ考えても負けた理由はわからなかった。私は団長のことをあまりに知らなさすぎたから。

 次の日から私は、ラングフォード団長の行動を眼で追うようになった。

 アストリア侵攻が決定して会議から解放された団長はよく基地にいて、団員たちに稽古をつけていたため私もすぐに志願した。近くで観察を続ければ何かしらの弱点が見つかると思ったのだ。

 団長の訓練は、お世辞にもまともとは言い難かった。

 何しろ訓練を課した当の本人が最初にバテてダウンしてしまうのだから。補佐官のおかげでどうにか形にはなっていたものの、新人騎士の中には呆れる者も多かった。タロスに乗れば鬼神の如き強さだと知っていなければ私もきっと鼻で笑っていただろう。団長は生まれついての虚弱体質。人間、何事も向き不向きというものがある。

 ただ、それでも団長は訓練を辞めるということだけは決してなかった。会議で忙しかった時期もランニングだけは毎日欠かしていなかったことを頭の片隅から思いだす。天才特有の猫のような気まぐれさと凡人には理解できぬ突拍子のない行動は多々あれど、根は真面目で努力家なのだということにその時になって初めて気づいた。

 団長は正規の訓練時間に私と直接稽古をつけてくれることはなかった。その代わり訓練終了後に一度だけ、私との決闘を受けてくれた。

 私は負けた。負けに負けた。

 最初は怒りと憎しみしかなかったが、二十戦した頃から怒りは恐怖へと変わった。団長の怪物じみた強さはそれほど常軌を逸していた。

 何度も心を折って挑戦を諦めようと思ったこともあったが、弱音を吐きそうになるたびに団長は私にこう言うのだ。

「負けた理由を考えろ」と。

 自分は得体の知れない怪物ではないと、勝ち筋は必ずあるのだと、だからそれを探れと、言外にそう言ってくれていたのだ。

 五十戦を越えた頃から、恐怖は尊敬へと変わっていった。私は今、世界最強の騎士の教えを受けている。そう思うと誇らしい気持ちで胸がいっぱいになった。

 料理を学び始めたのこの頃だったと思う。訓練ではなかなか褒めてもらえないから、他のところで褒めてもらいたいと思って一生懸命がんばった。団の給食は味付けが濃くて胃にもたれると言っておられたので、試しに薄味の料理を作って振る舞ってみたら、なかなか美味いと褒められた。団長に褒められたのはこれが初めてで、私は嬉しさのあまりその夜はなかなか寝付けなかった。

 八十戦した辺りから、私はラングフォード団長に敬意以上のものを感じ始めていた。

 言うまでもなく団長は忙しい。にも関わらず、どんなにお忙しい時でも私との決闘は必ず受けてくれる。自身のトレーニングにもなると言っておられたが、私のような小童と闘って新しく得るようなものがあるとも思えない。

 私の成長のために、ずっと特訓につき合ってくれていたんだ。

 その事実に気づいた瞬間、私の胸がカッと熱くなった。団長のことを愛していると意識したのはこの時が初めてだ。ただ気づかなかっただけで、きっとずっと前から団長のことを愛していたのだと思う。

 記念すべき百敗めは、三十分近くに及ぶ長期戦だった。

 気力体力のすべてを使い果たして倒れた私に手をさしのべて、団長は優しく声をかけてくれた。

「強くなったな、マリィ」

 その日は、団長が初めて私を認めてくれた日であり、初めて愛称で呼んでくれた日でもあった。

 私は、たぶん泣いていたと思う。

「第七騎士団のアストリア投入が本日決定した。おまえのその力、連中に存分に見せてやれ。アストリアを落とせば立身出世も思いのままだぞ」

 すでに私は、自身の出世のことなどどうでもよくなっていた。

 あのひとについて行きたい。あのひとがどこまで行くのか見てみたい。本当にただそれだけだった。

 ハロルド副団長を筆頭に、私のような信奉者は団内にも数多くいて『太陽の子』などと呼ばれ尊ばれていたよ。本人はいい歳こいて渾名なんて恥ずかしいと嫌がってはいたけれど、我々騎士にとってラングフォード団長はそれほどのカリスマだった。


 後日、私たち第七騎士団は海路を用いてリーシャよりアストリアへと上陸した。私が十六歳になる頃の話だ。

 グラント軍は苦戦を強いられていた。第二はともかく第一は数が多いだけの烏合の衆だから想定の範囲内と言ってしまえばそれまでなのだが、アストリアのファラリスが強力だったというのが主な理由だ。

 グラントのナイツを基に、ナイツに対抗するために開発されたファラリスは分厚い装甲と単純かつ有効的な攻撃手段を有しており、低い練度で高い戦火をあげられるよう開発されていた。自分が乗るのは御免だが敵ながらよく出来たタロスだと思う。

 第一が西から、第二が北から首都ウルスクを攻めていたので、我々は南から首都へと攻め込む運びとなった。

 初めてアストリア軍と剣を交えたのはアンタルキスだった。

 タロス発祥の地らしく騎士は皆古風だった。戦の前には必ず、軍の代表者同士で決闘を行うしきたりがあり、その度に団長はよく顔をしかめていたな。

 団長はこの手の古式作法が嫌いだった。やれば必勝間違いなしだが、だからこそやりたくなかったのだろう。組織のトップが目立つことは、必ずしも有益なことばかりとは限らないから。

 だったら無視すればいいだけの話なのだが、それが出来ないのも団長らしかった。口では非情ぶってはいるけれど団長はやっぱりお優しい方だから、アストリアの風習や誰かの思いをむげにできなかったのだろう。

「マリィ、おまえがやれ」

 心の底から面倒くさそうに言っていた記憶がある。

「私がですか? 相手は騎士団一の使い手を希望していますが」

「大将が軽々に前に出るわけにはいかんだろう。万一首でも取られようものならその戦は負け戦だ」

「しかし若輩者の私では、グラント騎士団の名に疵をつける恐れが……」

「疵などつかんよ。おまえが負けるようならただ相手が上手というだけさ」

 いつの間にか団長は騎士団の威信をかけていいほどに私を信頼してくれていたのだ。私は感動で胸が一杯になっていた。

「ただ、無報酬ではおまえもやる気がでないか。そうだな……もしおまえが決闘で十連勝したら、俺に支給されたゴールドソードをくれてやるよ」

「王族専用機なんて恐れ多くて乗れませんよ。騎士仲間から顰蹙を買います」

 団長は当時から燃費の悪いゴールドタイプを毛嫌いしていたが、まさか本当にポンとくれるとは……当時の私には思いもよらなかった。まあ、報酬なんてどうでも良かったのだけれどな。団長の信頼こそが私にとって最高の報酬なのだから。

 私はその決闘を喜んで預かった。

 結果は知ってのとおり大勝利。グラントの紅き魔女『鮮血のマリィ』の不敗伝説はここから始まったわけだ。

 もっとも魔女と罵られるほど非道な真似をした覚えはないけどな。倒した騎士はきちんと捕虜にしたし、拷問も知識としては好きだが実際にはしていない。団長がやらせてくれなかったといったほうが正解か。

 それからの第七騎士団は連戦連勝の快進撃だった。度重なる決闘に勝利を収め、メディアから幾度となくインタビューを受けていたから、まるで私の手柄みたいに書かれ続けたけれど、一番の勝因は当然ながらラングフォード団長の手腕だった。

 指揮の巧みさもさることながら個人としての技量がそれはもう飛び抜けているのだ。なにしろ適当に上空に放った矢が放物線を描くとなぜか敵機の急所に突き刺さるのだ。敵や風の動きを読みきっているのだろうか、とにかく私ごとき凡人には到底理解できない神業だった。コストのかかる矢も戦闘後に回収できればそこそこ経済的だし、ボゥタイプは今や時代遅れの機体だという私の常識を、団長は粉々に打ち砕いてくれたよ。団長を中心とした弓騎士部隊は間違いなくアストリアで一番活躍しただろうね。

 私か? 私は当初の予定どおり、シールド持ちの護衛部隊とは別に団長を直衛していたのだが、決闘以外ではほとんど出番がなかったよ。何しろ本陣にたどり着く前に団長がすべて始末してしまうからね。それなのに名ばかり有名になってしまうから違和感が半端なかった。

 それでも団長からは、メディアにガンガン露出してグラント軍のイメージアップに努めるのがおまえの仕事だと言われていたからがんばったよ。自分で言うのもなんだが私は美人で華があるから素顔もどんどん晒したし、士気高揚のためのビックマウスや記者団へのリップサービスも多分に行った。くだらないことのように思うかもしれないが、終始押され気味だった他の騎士団もその頃から盛り返してきたのでそれなりに効果はあったと思う。

 ただ、勢いというはやはり一時的なもので、そう長くは続かなかった。

 グラントのナイツは侵略国故に、あらゆる地形、局面で活躍できるよう造られた汎用タロス。いくらか戦い慣れてきたとはいえタロス戦に特化したファラリスと戦い続けると次第に戦力差が出てきたのだ。私たち第七騎士団がどれだけ勝ち続けようと、主力が負けているようでは意味がない。

「負けるなこれは」

 長らく戦線を維持していた第二騎士団の敗走の一報を聞いて、ラングフォード団長はそう呟いた。

 報道によって流される華やかな戦火とは裏腹に、日に日に悪化していく戦況。団長はすでにアストリア侵攻に限界を感じていた。

「撤退命令は?」

「ない。アレスの阿呆は最後までやるつもりだ」

 すでに初期に投入した戦力の五割が壊滅。とりわけ常勝というわけでもないグラント軍、普段なら撤退して当然なのだが、今回ばかりは第一騎士団団長にして総大将のアレスが頑として譲らなかった。

「あいつはアストリアにてめえの王国を築くつもりなんだよ」

 王位継承権第一位であり次のグラント王の最右翼であるアレスは、一向に引退する気配のない父親に業を煮やしていた。父であるジュピター帝も、どうもアレスを王にすることに乗り気ではないように見える。だから世界第二位の大国を我が物とすることにより、自らの力と威光を内外に知らしめたいのだ。

 まったくもってくだらない話だが、御上の命令には従うしかない。当時は団長が大将だったら良かったのにと何度思ったことか知れないよ。

「おまえたちを無駄死にさせるつもりはない。いちおう手は打っておくが……使わないで済めばそれが一番なのだがな」

 この時の団長の言葉の意味を、私はすぐに知ることとなる。

 団長の予想どおり、戦況は更に悪化していった。第一、第二騎士団を退却させて余裕のできたアストリア軍が南側に戦力を回してきたのだ。

 当然、狙いは我らが第七騎士団だ。戦局は優勢のはずなのに周囲から負けっぱなしという印象を持たれているのは、我々が常勝を続けているからに他ならない。最強の騎士団を打倒し天下にアストリアの健在を知らしめるため、第一王子であるピトナハ四世が直々に指揮するタロスの大軍勢が押し寄せてきた。

 戦いは熾烈を極めた。世界第二位の国力から生み出される物量に押され共同戦線を張っていた第五、第六騎士団は後退を余儀なくされ、第七騎士団も甚大な被害を被った。私もこの時ばかりは必死に戦ったし、団長も射る矢が足りないとショートソード片手に嘆くほどだった。

 当然ながら敵味方共に数多くの戦死者が出た。

 その中には、長らく前線で指揮を執り続けていたハロルド副団長もいた。

 味方をかばって死ぬという実にあのひとらしい最期だったと聞いている。

 コックピットを踏み潰され、もはや原型を留めていない副団長の亡骸の前で、団長はぼそりと呟いた。

「マリィ、俺の護衛はもういい。おまえが副団長として前衛の指揮を執れ」

 普段どおりの淡々とした物言いだったが、いつもあのひとを見ていた私にはわかる。

 団長怒っていた。とてつもなく怒っていた。アストリア軍にではない、大切な部下を死なせた自分のふがいなさに怒っているのだ。その怒りのあまりの苛烈さに、私の身はまるで小動物のように震えあがった。

「俺の見立てが甘かった。やはりもっと早めにあれを使うべきだったのだ」

 そして団長は決行したのだ。後の世にアストリア大虐殺と呼ばれる禁忌の作戦を。

 その作戦は、現在に続く私の運命を決定づけることになる。


 奇襲を受けぬよう見晴らしのいい平野に陣を構えたアストリアの大軍勢は、真っ向勝負なら決して負けないという自信にみなぎっていた。

 だがそれは、相手が真っ向から勝負してくれた場合に限るのだ。

 我々第七騎士団は、アストリア軍の上空に無人の飛行船を数機飛ばした。

 自国の船ではないことを確認すると、アストリア軍はさっそくボゥタイプのタロスでそれを撃墜しようと試みた。

 今のグラントの魔法技術では飛行船は空に浮かべるのが精一杯だ。しかし、だからといって軍事利用できないというわけではない。

 魔法で浮かぶ飛行船は当然アンチマに弱い。船はあっという間に蜂の巣にされてあえなく墜とされた。

 ただ、高所にある飛行船を撃墜するとなると、どうしてもある程度引きつけて射らざるをえない。故に飛行船は構えた陣の間近に墜ちることとなる。

 飛行船が地に墜ちた瞬間、周辺一帯は地獄の業火に包まれた。

 コードネームは <ヘーリオス> 。その正体は焼夷弾と呼ばれる魔法を一切使わない爆弾だ。ゼリー状の可燃性物質に着火することで対象物を焼き尽くす。本来は市街地を焼き払う目的で開発されたものだが団長はそれをタロス戦に転用したのだ。

 アンチマは魔法を無効化する。ミノス合金は物理に対して強力な耐性を誇る。熱に対してもそれは同じ、ミノスは通常の火で加工することはできない。

 だが『中身』となれば話は別だ。ヘーリオスの生み出す高熱は圧倒的強度を誇るミノス合金製の装甲を素通りし、内部を構成する金属部位をドロドロに溶かしデリケートなコアの機能を破壊したのだ。

 アストリアが誇るファラリスはヘーリオスの猛威に次々と機能停止していき、乗っていた騎士はなす術もなくコックピットの中で蒸し焼きになって死んだ。

 その光景に私は身が震えたよ。恐怖ではない。罪悪感でもない。畏怖こそあれど、とても崇高なものを見ている気持ちだった。

 この焔は、あのひとの怒りそのものだったから。

「全軍突撃!」

 ヘーリオスの残り火が消えかけた頃、私は副団長代理として半壊したアストリア軍に切り込んでいった。

 簡単な仕事だったよ。敵軍は混乱状態で半ば戦意を喪失していたからな。投降する騎士も多かったが彼らを責める気にはとてもなれない。私たちは瞬く間に残党を掃討し、逃げたと思しきピトナハ四世を追撃しようとした。

 ところが、ピトナハは逃げ出してなどいなかったのだ。

 高熱と斬傷でボロボロになり、未だに動いているのが奇跡的なゴールドファラリスで戦い続けながら、指揮官を出せと、己と決闘しろと叫び続けていた。私はピトナハに騎士として名誉ある最期を与えるべく前に出た。

 その時、私の肩に手を置く者がいた。

「ご指名はこの俺だ」

 ラングフォード団長は私を押し退けると満身創痍のピトナハの前に立った。

「貴様がこの卑劣な作戦を実行に移した外道か」

「そうだ。すべての責任はこの俺にある」

 その時、私は初めて自分たちのしたことが騎士道に背く行為だと気づいたよ。もっとも、気づいたところで後悔などしなかったがな。

 生き馬の眼を抜く戦場は、ありとあらゆる戦略が渦巻く場所だ。白兵戦の際にお荷物になるという理由で魔法の使えるタイプのタロスを配備しなかったアストリア軍の手落ちというだけの話。勝つために最善を尽くすことを卑怯とは呼ばない。

 だが……団長にとってはきっと、重い言葉だったろうな。

「アストリア第一王子、ピトナハ四世殿とお見受けした。我が名は第七騎士団団長テミス・ラングフォード・グラント。一騎打ちをご所望とあらば受けて立とう」

 ピトナハは勇敢に闘ったよ。今思い出しただけでも身の毛もよだつ、あの恐ろしい怪物相手に真正面からぶつかっていったんだからな。団長も王子の意気を汲んで、最後まで手を抜くような事はしなかった。

 今際の際、ピトナハは団長のことを罵るような真似はしなかった。

 それどころかそのたぐい希なるタロス操縦の腕を賞賛し、息子のことを頼んでから静かに息を引き取った。最期までシンクロは切らずタロスと運命を共にした。本当に立派な騎士だった。

 でも、だからこそピトナハ四世の死後、戦況は一変してしまったよ。彼亡き後のアストリア軍は著しく統率を欠いてしまったからな。彼のことを悪く言うつもりは毛頭ないのだが、真にアストリアを勝利に導こうと思うのならば、恥を偲んででもあの場から逃げて生き延びるべきだったろうな。


 ピトナハ四世の死後からしばらくして、首都ウルスクはあっけなく陥落した。それは長かったアストリア戦争の終わりを意味していた。私が十七歳になったばかりの頃の話だ。

 ピトナハ宮殿を制圧し、逃げたアストリア王を捕らえ、白旗をあげたアストリア軍を解体して、ようやく一段落ついたところで我々は、総大将であるアレスに会議の間に呼び出された。

「貴様たち、とんでもない事をしてくれたな」

 てっきり今までの労をねぎらってくれるとばかり思っていたのだが逆に激しく叱責されたよ。

 理由は単純、ヘーリオスの投入が騎士にあるまじき非人道的行為として世界中のメディアで大きく取り上げられたからだ。

「我々グラント軍は高潔なる騎士の集団だ。騎士の誇りを胸に、常に正々堂々と戦わねばならぬ。騎士道に反する作戦を断行した諸君等の罪は重い」

 アレスの言うことは間違ってはいない。私も騎士だ、騎士道精神を解さぬわけではない。だがそれは同時に現場を知らない者の綺麗事だとも思う。ヘーリオスを投入しなければ我が軍は敗北していた。何を語るにせよまずは勝たなくては始まらないのだ。

「騎士テミス、おまえが団長だ。この落とし前はどうつけてくれる?」

「アレス司令、ヘーリオス投入は私が進言しました。すべての責はこの私にあります」

 団長が口を開く前に私は、副団長代理として口を挟んだ。これ以上あのひとを傷つけられたくはなかったから。

「理由を聞こう。念のためにな」

「失礼ながらそれは愚問です。すべては我が軍の勝利のため」

「ヘーリオスを投入しなければ、グラントはアストリアに勝てなかったと?」

「そのとおりです。戦局は劣勢でした」

 アレスは怒っていたよ。精強なる我がグラント軍がアストリアの駄牛どもに遅れを取るはずがないとね。彼はアストリアに遠征はしていたが、拠点から一度も動かなかったそうだから、もしかしたら負けている実感がなかったのかもしれないな。そんな馬鹿げたことはないと信じたいがね。

「退席を認める。処分は追って下す」

 後は皆も知ってのとおりさ。私は今回の責任を問われ騎士資格を剥奪。一兵卒に格下げされた。

 まあ、団長や他の団員に責任が及ばなくて済んで良かったよ。当の団長からはこっぴどく怒られたけどな。「出過ぎた真似をするな」とね。

 これで出世の道は断たれたし、タロスにも乗れなくなってしまったが、後悔も絶望もまるでない。私には私なりの思惑があり、むしろそれを実現に移すいい機会だと内心ほくそ笑んだぐらいだ。

 ――思惑?

 それについてはオウジャにも話さなかったし、今ここで語る必要もあるまい。

 近い将来、それは否応なしに白日の下で晒されるだろうから。

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