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冒険の始まり ― Prologue ―

異世界を舞台にした恋愛ロボットファンタジーです。

 燦々と輝く真夏の太陽が頭上から私を照らす。

 私は操縦桿から一旦手を離し額に流れる汗を腕で拭った。

 現代魔学の技術の結晶――魔導騎兵 <タロス> 内部の空調は万全。だからこの汗は夏の暑さのせいではない。

 イソス河川を挟んで相対する鋼の軍勢。

 ひとつは聖グラント帝国。破竹の勢いで征服活動を続ける世界有数の軍事大国。

 もうひとつは現在、私が所属するシーリア共和国。聖グラント帝国と並び立つ大国バルティアに隣接する商業国家だ。

 私は現在――シーリア軍の剣客として、彼らの先頭に立っている。

「我が名はシーリア軍第一鉄騎兵隊隊長マーガレット・リースマン! 誇り高きシーリアの女騎士だ!」

 自分でも白々しいと思う台詞は吐きながらかつての友軍に剣を向ける。

「戦前の儀礼として貴軍の大将と決闘を申し込む! 早々に前に出られよ!」

 グラント帝国の騎士たちの練度の高さは元帝国騎士の私が一番よく知っている。所有するタロスの性能の高さもだ。バルティアからの支援もあり数の上ではどうにか五分にまで持ち込んだが、所詮は寄せ集めにすぎないシーリア軍。まともにぶつかっては敗北は必然だろう。

 だから私はあえて自ら前に出て挑発する。一騎討ちにて大将の首を取り、指揮系統を混乱させるのが目的だ。それでようやく互角に戦える。

「どうした! まさか女ごときを相手に臆病風に吹かれたか? 勇猛果敢だった帝国騎士はもはや過去の栄光か!」

 敵の指揮官は私の声に軽々と応えるような人物ではない。決闘は国際法にも定められた正式な戦前礼法だが、あのひとは平気な顔でそれを反故にする。

 理由は単純、そんなことをしても何も得るものがないからだ。決闘で得られるものなどちっぽけな名声と敵将に打ち勝つ満足感だけ。勝ち戦で不必要なリスクを犯す必要はどこにもないと普段のあのひとなら考える。

「この決闘、貴公が受けぬならば帝国騎士は腰抜け揃いと周辺諸国から未来永劫嘲われようぞ!」

 わかっている。あのひとはこんなくだらない挑発には乗らない。それは集団を束ねる指揮官として正しい姿だ。

 だけど――心のどこかで、私は期待してしまっている。

 他の誰であろうとあのひとは動かない。でも私なら、愛弟子である私の呼びかけなら応えてくれるのではないかと。

 私の挑発を受けてグラント軍が一際ざわめきだす。

 しかし軍陣に大きな動きはない。

「どうした、来ないのか? 臆病者め、ならばこちらから仕掛けるぞ!」

 やはり無駄か。ならば、これ以上の挑発は無意味だ。

 そう判断した私は観念して前衛に開戦の合図を送ろうとした。

 ――その時、

「その決闘、謹んでお受けしよう」

 グラントの軍陣が大きく二つに割れた。

 その隙間をロングソードを担いだ一機のタロスが悠然と歩を進める。

「元帝国第七騎士団副団長にして我らがグラント軍の元英雄。『鮮血のマリィ』の渾名で恐れられし偉大なる女騎士よ。相手にとって不足はない」

 胸が大きく高鳴った。顔が上気しているのが自分でもわかる。

 よく透き通った美しい声。遠目から歩く姿を見るだけでわかる卓越したタロス操縦技術。そして何より、多くの戦場を共に駆け抜けた愛機 <ダフネ> 。他の者に跨がせることなど断じてない。

 間違いない、あの男性は――。

「ラングフォード団長……ッ!」

「ひさしぶり……というほどでもないかなマリィ。剣客のおまえが前衛の指揮を任されているとは思わなかったが、まあ、この烏合の衆の中では妥当な人選か」

 もっとも、総大将は別にいるのだろうけどなと団長は笑う。

 私は次の言葉が見つからず、まるで酸欠の金魚みたいに何度も口を開閉させた。

 タロスに乗っていて良かった。こんなみっともない姿をあのひとに見られずに済んだのだから。

「団長、その……私は……」

「謝る必要はない。俺も、俺の部下も、おまえの事情は充分理解している。おまえは立派な騎士だ。裏切り者と蔑む者は誰一人としていない」

「私は……私は、あなたのことを!」

「それ以上の言葉は不要。俺たちはいつだってコイツで語ってきたはずだろう?」

 担いだ剣を前に突き出し団長は言う。私は大きく頷いた。

 これから私は、己が信じる世界最強の騎士と――最愛の男性と、生命をかけた決闘を始める。

 だけど躊躇いはない。後悔もない。今はただ、再び戦場で出会えた喜びにうち震えるのみだ。

 だって剣を交える時だけは、団長は私のことを見てくれるから。私はあなたの一番にはなれないけれど、この瞬間だけはあなたを独り占めにできるから。

「いい天気だ。ただ、陽射しが少し強いな」

「はい。とても……眼が眩みそうほどに」


 暑い。あまりに熱い、ひと夏のアバンチュール。

 私の冒険の始まりは、そう――四ヶ月ほど昔に遡る。

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