嘘吐きと馬鹿の恋
はぁ……。息を手にふきかける。白い息が冷たくなった私の手を少しだけ温める。彼を待って5分というのに、もう手が冷えている。
「早く…来ないかな」
ぼそっと呟き、独り言として処理された。と、シャカシャカと自転車の音がする。彼だ。今日も私の所へ来てくれた。彼は生粋の女タラシで彼女の回転が速い。そんな中、私は彼と付き合えている。なんてすごい事なんだろう。
「おはよう、今日も寒いね」
あぁ、彼の声だ。嬉しい。
「うん。すっかり寒くなったし、もう完全に冬だね」
ニコッと笑ってみる。すると、彼が急に私の手をつかんだ。私は、びくっと手を引っ込める。私は人と触れ合うのが苦手だ。だけど、そうは言っても、流石にさっきのは悪い方に囚われそうだ。
「ごめん。私、人と触れるのが少し苦手で…」
バツ悪そうに私が言う。だが、彼は少しばかり不満の様だ。頬が膨れている。
「温めようとしただけなのに…、むぅ」
なんと!“むぅ”まで付いてきた。本当に可愛い。
「うぅ…、ごめん、ね?」
私は、“ね?”の所で、首を傾け上目遣いをする。そうするといつも、彼は許してくれる。自分でも、何だこれと思っているが…、うーん。。
「…もぅいいよっ!ほら、早くしないと学校遅れちゃう!」
そう言いながら、彼はまた、シャカシャカと自転車をこぎ始めた。あぁ、本当に可愛いなぁ。…いけない、そんなこと思っている内に早くも置いて行かれた。
「わぁあ!!待ってー!!!」
私は急いで漕ぎ始めた。
*****
私の彼は、大石直輝くんだ。直輝と書いて、なおきと読む。彼は、私の一つ下の2年生。なのに、恋愛経験は私より上だ。なんだか悲しい…。私ばかり、ドキドキして赤くなって、子供みたいだ。でも、私は本当に彼が好き。だから今、彼といれる時間を大事にしたい。たとえ、少ししか一緒にいられなくても、直輝くんに遊ばれていたとしても。
私、八雲羽菜はよく男タラシだと言われる。直接言われたことはないが、友達から聞いた。まったく、そんなつもり一切ないのに……。
小学校の頃はちっともモテなかった。だが、中学に上がってから、なぜかモテ始めた。その所為か、直輝くんで8人目の彼氏だ。8人中全員に恋をしたというわけではない。実際、恋をしたのは、直輝くんを含めて2人だけだ。その人は、とても優しかった。優し過ぎでしょ、と思うほど優しかった。その人が、とても愛おしかった。本当に好きだった、愛していた。なのにやっぱり私は最低だ。愛していたはずなのに、私は直輝くんを好きになった。酷いと思う。長い間一緒にいようと約束し合ったのに、たった一年と一か月程度で別れてしまった(しかし、これが今までで一番長い期間なのだ)。でもやはり、心を痛めながらも、恋をしていたのは直輝くんなのだ。仕方がない、仕方がないと言い聞かせながら、私は一人、片想いをしていた。しかし、友人に彼の情報をあげるから告白してこいと交渉を持ちかけられ、10月29日、昼休みに彼がいつもいる所へ行き、告白した。それほど、彼の事を知りたかったのだ。
「好きです、付き合ってください……」
あの時、私はそう言った。最後の辺りは、恥ずかしさで声が小さくなっていたが、それでも聞こえていたのか、彼は笑って頷いたのだ。嬉しかった。もう死んでもいいと思うほど、本当にそれだけで幸せだと思った。
まあこんな具合で、私は彼と付き合うことになった。
*****
「…それでね…。って聞いてる?羽菜」
あ、いけない。ぼーっとしていた。
「ご、ごめん。えぇと、何の話だっけ?」
そういった瞬間、強い風が吹いた。今は外にいて、彼とのデート中なのだ。
「もう、やっぱり聞いてない!」
ぷんすかと怒っている。可愛い…。
「ごめんね、今度はちゃんと聴くから、教えて?」
「いいよ!教えてあげる」
語尾に音符がついてきた。機嫌がよくなったみたいで、よかった。
「あのねー。羽菜が告白してくれた日、覚えてる?」
「うん、覚えてるよ?」
「その日に、俺も告白しようと思ってたんだよ」
彼はそう言って微笑んだ。
「え、本当?だったら、直輝くんから言ってくれればよかったのに」
今度は私が怒る番だ。
「だって、真っ赤になってる羽菜サンが可愛かったんだもーん」
彼は、悪戯が成功した子供のように笑った。
「もう!」
恥ずかしい…。でも、心の中がポカポカと温かくなって、嬉しい。
「…ねぇ、あの時みたいに、赤くなってるよ?」
彼はまた笑った。
「気のせいです!」
私は必死になって手で顔を隠した。
「ほら」
そう言いながら、彼は、大きな手で私の手を除ける。その後彼は、自分の顔を近づけ、キスをした。そのまま私たちは、笑いながらキスを続けた。
あぁ、幸せだ。
*****
彼と毎朝待ち合わせをし、一緒に登校するといういい感じにラブラブな毎日を過ごし、後2日で彼と1週間だ。そして、本日11月3日、彼とデートだ。お互い、そこまでデートにお金をかけたくないので、近くの駐車場でいつも通りで話をしていた。
「なんかさー。君いつも笑ってない?」
彼がニコニコしながら話しかけてくれた。
「うーん……、そうかも」
私はあまり覚えがよくないが、彼と一緒にいれるだけで嬉しくて、つい笑ってしまう。
「君と一緒にいるからかな?」
私は微笑んで彼に言った。
「だったら、俺もっと笑ってもらえるように頑張るね!」
彼はそう言った。
「えー?もう十分だよ。ありがと」
私は幸せが怖い。それを失った時の喪失感がとてつもなく怖い。
「そう?じゃあ、ずっと一緒にいよう」
「え……?」思考が止まった。
「だから、俺から離れんにゃよ」
キメ顔したのに、「にゃ」って…。ダメだ……っ。
「…プッ!アハハハハハ!!盛大に噛んだね!アハハハハハ」
「…」
直輝くんは少し…、いや、とても恥ずかしそうだ。
「…はぁー。面白かった。もう一回、頑張る?」
私は笑い過ぎて出てきた涙をぬぐい、そう言った。
「…もういいもん」
彼はプイッっと顔をそらした。あ、怒った。
「もう…。怒らないで」
私はオロオロし始めた。どうしよう、どうしよう、という言葉が心の中でいっぱいになる。
「…」
ちらっと、私の方を見る。その顔は、笑っていた。
「あっ!笑ってるじゃん」
もう、とため息をつきながら、私も笑う。
「えへへ、騙されたね」
「うん。すごく焦ったよ」
互いに笑う。
「でも、嬉しかったな。まさかそんなこと言ってもらえるなんて、思わなかったから」
幸せそうに私が笑う。
「えー?何でそう思うかなぁ。俺、君の事好きなのに」
『好きなのに』の所で彼がまじめな顔をした。あっ、胸が高鳴った。
「ふふっ。ありがとう。大好きだよ」
恥ずかしい台詞だ。でも、幸せだ。
もっと、一緒にいれる限り一緒にいたい。
好き。大好き。凄く凄く、好きだ。
*****
「…ごめん。別れよ」
いつものように一緒に登校している途中で、信号に引っかかってしまった。そんな時に、彼が急に言った。
「…え」
もう言わないで、何も言わないで。聞き間違いでしょ?そうだよね?そんな祈るような気持ちで彼を見る。
「ずっと、元カノが忘れられなくて…」
やめて、言わないで。
「だから、ごめん。別れよう」
嘘だと言って。今ならまだ笑って許せるよ。
「…ごめんね」
彼は目を伏せて、そういった。
その時、信号が青に変わり、自転車を漕ぎ出す。
何も、何もなかったように、強く、ペダルを踏む。
そのまま、私たちはずっと、無言で漕ぎ続けた。
私は、仕方がないと思い、こう言った。
「いいよ」
「…え?」
彼の顔に驚きの表情が現われる。
「別れたいんでしょ、いいよ。別れよ」
私は明るく、そういった。
「怒らないんだ?」
「うん、仕方がないしね」
私は笑う。嘘の笑顔で。
「俺が君を一人にして学校に行ったら、君はどうする?」
愚問だ。でもまさか、こんなことを聞かれるとは思わなかった。
「どうもしないよ。そのまま学校に行く」
私は前を向いて答えた。
「まぁ、当り前だね」
彼が笑う。
「でしょ?」
私も笑ったフリをする。今ここで、素直に笑えるほど、私は強くない。
「まぁ、良かったよ。泣き顔なんて見たくないから」
良かった、は本心だろうが、見たくないっていうのは嘘だろうなぁ。
「じゃあ、バイバイ」
彼が笑って手を振る。そのあと彼は、自転車を強く漕ぎ、校門へ向かう。
「うん」
私は笑い、その姿を目で追うだけ。
あぁ、終わったのか。
今日は12月3日。
1ヶ月と、6日の付き合いだった。
悲しいな。
まだ、こんなに好きなのに。
クリスマスも、一緒に過ごしたいなって…。
バレンタインは何をあげようかなって。。
ずっと考えていたのに。
…ごめんね。
私はまだ、直輝くんの事が大好きです。
END.