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第一話 異変 ①

 「お疲れ様。相変わらず、鬼気迫る素晴らしい演技だったね。二人共」


本日の演題を全て終了し、仮借テントのベンチに腰掛けていた二人、セシリアとクロード。

彼らに声を掛けたのは、誰であろう、ウェイバー・ジャスティンその人だ。


「ウェイバーさんも、相変わらずウケてましたね」


「それはお互い様だろう? それに、僕のエンターテインメント性と君達のそれは全く別種だ。比較対象にすらなってないが……単純に褒められたのなら、嬉しいね」


「まぁ……そうっすね」


ウェイバー・ジャスティン。


 元≪勇者≫を統率していた凄腕の指揮官である。剣術・魔術・その他武術にも多く精通しており、その実力は未だ未知数とされている。爽やかで甘いマスクと、すらっと長い背丈、豆に人を気遣う優しさは、モテる男の集大成のような感じだ。


 今現在は演題を終えて、シルクハットにタキシード、と衣装そのままであり、何処と無く道化染みた感じが否めない。が、より一層、その格好が飄々とした彼の雰囲気を強めている。


「セシリアも、お疲れ様……っと、おや? 元気が無いね、どうしたんだい?」


「……クロードが、約束破った」


「約束…? 何を約束したんだい?」


「……≪剣殺タイム≫で、五回攻撃を掠らせたら、何か奢ってくれるって」


「ほうほう、それがどうなったんだい?」


「…当てたのに、当たってないって言うの」


成る程、さっきから妙にクロードの対応が素っ気無いのはそのせいか。

ウェイバーはやや苦笑しながら、その事実を再認識した。

何故なら、ウェイバー自身、セシリアとクロードを組ませる事に多少の不安があったからだ。


━━二人の性格や価値観は、真っ向から向かい合う形で相違していた。


 人一倍努力家で、何事にも全力投球を是とするセシリア。必要な時、場合に必要な分だけ、とリスクリターンの振れ幅を最小限に抑える倹約家なクロード。戦場で偶然鉢合わせでもしようものなら、敵本体をそっちのけで剣を交える事も多々あった。


年齢の割りに達観し切った感のあるクロード。

何より執着心と負けず嫌いを拗らせた幼稚さに溢れるセシリア。


とは言え、二人の関係は背中を預ける相棒バディのそれに近い。


何より、ウェイバーとしては、クロードがそんなチャチなやり方を取るとは思えない。


「クロード、君にしては珍しく幼稚なやり方じゃないか」


「…いや、そうでもしないと……」


「…ん?」


「アイツ、『イルマルタ』の人気アイス屋のベ・レーゼってトコ好きなんですけど、全品奢らされそうになってるんですよ。割とマジで」


「そ、それは中々ご無体なお話だね…」


ベ・レーゼは≪人間族≫の大陸、≪ミズガルズ≫では超有名なチェーン店だ。


 ≪エルフェギア≫を『間境』と称した境界によって区切り、元々一枚岩の大陸であった≪エルフェギア≫は地図上では六つに分断されている。その中の一つ、≪人間族≫が住まう≪ミズガルズ≫は、取り分けその中でも水産・鉱物資源に優れており、自然豊かな大地だ。


 元々≪人間族≫に所属するセシリアとクロードは、よりその凄さを知っている。やや温暖な地域帯に属する為、北方の雪氷によって作られる絶品アイスは飛ぶように売れた。


当然、値段はやや上向きに張り始める。

 

 全二十五種のアイスを全品買うとなると、役3万ジール掛かる。雑技団の公演報酬からすれば大した事の無い額ではあるが、個人単位で支払われる給与としては相当な痛手となるだろう。


「(……仕方ない)」


ウェイバーは上着の内側胸ポケットから、三枚の札を取り出した。

一万ジール札である。それが三枚、何を示すかは、当然クロードも直感した。

こっそりとそれを渡し、ウェイバーはクロードに耳打ちする。


「これで、セシリアに奢るといい」


「いや、けど……」


「僕は団長だ。団員のメンタルケアにお金を使うのは当然の支出だよ。何より君達は≪星猫≫の花形スターなんだから、不協和音な連帯関係になられても困るからね。たった三万ジールで、その十倍から百倍に近い金額を、君達は稼いでいるんだ。たまには、僕から奢らせてくれないか」


「そ、そこまで言うなら…」


クロードは相変わらずこの人のやり方はズルい、と思わずそう感じた。


 元々一癖も二癖もある≪勇者≫を率い、今も尚団員となった彼らを率いているのはウェイバーだ。本来持ち合わせているリーダーシップ云々ではなく、意図的に身に着けた人身掌握術も少なからず彼のカリスマ性を引き立てるのに一役買っている。


「取り敢えず、僕は失礼するよ。公演は明日もあるから、しっかり休むように」


「はい」


「……むぅ。結局、クロードはそうやって無かった事にする…」


「残念だなー、折角気分も乗ってきたし、奢ってあげようと思ったんだけど…」


「!? そ、それならそうと、早く言うべき。本当に対処に困る」


「ふーん、そーいう態度じゃ、奢れないなぁ」


「わ、分かった。今までの事は許すから、お願い…!」


「はいはい。んじゃ行くぞ」


「う、うんっ!!」


スキップでもしそうな勢いで、セシリアがクロードの腕に絡みつく。

頑張って振りほどこうとするも、敢え無く断念し、クロードはセシリアと『イルマルタ』へ向かった。

その姿を見て、思わずクスリと微笑を漏らしてしまう。


「……これは、少しばかりクロードの給与を引き上げるべきかな?」


興行収入は年間一億ジールから二億ジール。

その約半分はコスト費用と抜かして、団員全体の貯蓄分にしてある。

無論、その他諸々の費用は掛かっているので、せしめた約半分の更に半分程度が貯蓄になるわけだが。


 大陸渡航、それの往復に掛かる金銭は大幅だ。故に、今年で五年目となるが、約三年に一度しか大陸を渡ってのパフォーマンスは出来ない。個人レベルの問題でなく、集団としての費用なので、元々高めに設定してある値段が、数倍・数十倍に跳ね上がるのはざらだ。


拠点を≪ミズガルズ≫に置いている事もあり、取り敢えずは≪ミズガルズ≫一周を目指す。

その為の初回公演、その場所に選んだのは、≪ミズガルズ≫東端に位置する此処である。


 ≪ミズガルズ≫は歪なJ形の大陸である。その上、丁度ど真ん中を真横にぶった切るようにして、巨大な『ローレス山脈』が連なる。今現在、宿場町へ行かず、『ローレス山脈』の麓で野営と称して、仮借テントを設置しているが、その大きさは偉大の一言に尽きる。


何故宿場町へ行かずに野営しているのか、は言うまでもないが。

要は熱狂的なラブコール(宿泊先への夜襲)が絶えず、致し方なくそうしているだけである。


とは言え、買い物をしないと数日で団員は飢え死んでしまう。

普段ならクロードが呼びに行く所だが、出払ってしまった。

ウェイバーは仮借テントの女性宿舎側へと立ち寄る。


「レムシア、居るかい?」


レムシア・グロードハーツ。


 ≪龍人族≫の≪勇者≫である。性格は極めて大雑把、且つ大胆。粘着質なタイプを嫌い、サバサバとした姉御肌が特徴的だ。また、その容姿は異様に整っており、体躯の派手さも加味すると、街中で歩けば十中八九どころか、十中十の人間が振り向くと言える。


 明るみを帯びた褐色の肌に、色素の抜けたオレンジ色のショートカット。自己主張が激しい二つの塊に、見る者をいとも簡単に魅了する魅惑のボディライン。加えて年がら年中ハーフパンツとチューブトップと言う寒々しい事この上なく、何より淫猥極まる姿は、よもや世の男性が抱く幻想を具現化したような理想の美女とさえ言える。


その上、本人は自分自身の裸体を見せびらかす事に頓着も躊躇も無いので、はた迷惑もいい所である。


「はいよー……っと、あら? 珍しいね、アンタが自ら来るなんて」


「いや、別に僕は君と会うのが嫌なわけじゃないんだけどね…」


「知ってるよ、そんな事。で、買出しかい?」


「いつも悪いね」


「別に良いよ。てか、その日の気分でアタシはメニュー変えるし、その都度人行かせるのも面倒だからーって決めたのウェイバーでしょ? そこで謝られても嫌味なんだけど…」


「これは失礼した。一応社交辞令の意味合いが強かったんだけど」


「分かってるって。それよか、今日使って良い金額は?」


「んー……そうだね、豪華に三万ジールといこうか。無論、使い切らない程度を目標にね」


「へぇ…太っ腹だね。何か良い事でもあったの?」


「大した事じゃないさ。今日はそんな気分ってだけの事だよ」


単純に、クロードとセシリアだけに三万ジール分のボーナスは不公平だ、という意味である。

ウェイバー自身、食に関しては無頓着で、美味しいか不味いか程度しか基準を知らない男だ。

三万ジールだろうが三百ジールだろうが、食べれれば良い、という考えは未だ根強い。


「んじゃー、買いにいってくるから」


「あぁ。…そうだ、街中でクロードとセシリアを見つけても、絡まないように」


「ふふぅん…それは絡めっていう前フリでしょ?」


「今日は二人で景気良く遊びに行っている所さ。君の料理を待つ人も居る。あまり頭の良いやり方ではないと、僕は思うけど……どうかな?」


「はーいはい。分かりました。後で存分に絡んで遊べって事でしょー。いってきまーす」


「理解が早いね。うん、いってらっしゃい」


軽快なステップで歩を進めるレムシアを見て、ウェイバーも仕事に戻ろうと宿舎を後にした。

仕事は今現在も尚進行形で山積みにされている。


「さて、僕も一仕事頑張ろうか」


こうして、夕暮れに染まる≪星猫≫一座の夜は深くなっていく。







◆      ◆      ◆







 「おいひぃ」


両頬をリスの如く膨らませ、恍惚とした表情でストロベリー生チョコアイスを頬張るセシリア。

名前だけで胸焼けしそうなそれをパクパクと食べまくるセシリアを見て、思わず溜息が出る。

パフェ一皿を食い終えて、ぷふぅ、と可愛らしく一息つく。


 明るく爽やかなカフェテリアを彷彿とさせるこの店は、小洒落た雰囲気や落ち着いた配色も相まってか、あらゆる年齢層から手厚い支持を受けている。店内は混雑していたので、セシリアとクロードは帽子等々の変装道具で身を隠しながらも、大胆にオープンテラスで食事を楽しんでいた。


「ほら、口元にクリームついてんぞ」


「んむぅ……」


手近にあったナプキンを使って、クリームを拭き取る。

相変わらず体型の割りには子供っぽいヤツだ……クロードは額を抑えた。

かく言うクロードは、甘さを控えた抹茶アイスを選択している。


「ゴールドナッツ&スイートパンプキンパフェ一つ!」


「……なんだその成金趣味な商品は…」


「超人気商品。知らないのは≪人間族≫の痴れ者」


「そこまで言うか!? たった一つのアイスで!?」


クロードは震撼した。コイツは正真正銘のアホだ、と。


 元々甘党なセシリアは、≪人間族≫である事も関係してか、アイスクリームへの執着心が 根強く芽生えている。もうこれで十品目だ、未だその食事速度が落ちる事は無く、注文を承る店員の頬がひくっと引き攣るのが傍目にも分かった。


「……まだ食うのか?」


「当然」


「お前、間食するのは構わんが、レムシアの料理忘れてないか…?」


「……ハッ!!」


「…いや、遅えよ。今日もご馳走だろうし、俺は帰るぞ?」


「ひ、卑怯な手段っ! 私ばかりアイス食べて、おかしいと感じていた…! これは策略!!」


「大切な事柄は念頭に置いて行動しろ、ってウェイバーさん言ってただろ」


「…だ、大事だけど、アイスも大事……あうぅ…」


「わーったから、んじゃ今から来るやつは俺も食ってやる。それでいいな?」


「愛してる、クロード」


「そうかそうか。都合の良い時ばっか使うなアホ」


目を輝かせてそう言われても、感慨深さを一切感じない。

相変わらず人に甘えるのが下手くそな女だ。クロードははぁ、と短く嘆息する。


「お待たせ致しました~…。ゴールドナッツ&スイートパンプキンパフェに御座います」


それは、想像を絶する大きさであった。


 先程幸せそうにセシリアが頬張っていたパフェを1とするなら、これは10はある。サイズ、インパクト、カロリー、どれを取っても一級品だ。


流石に二人では食べきるのに時間が掛かる。

元々食の早い類ではないクロード、その上甘いものがあまり得意ではない。

必死に二人して食べるのだが、結局半分程でスピードはどんどんと減速していく。


「…お前、これ一人で食べる気だったのか?」


「当然。だけど、レムシアの料理を思うと、お腹が縮まる…」


「……はぁ」


そう言ってスプーンで一口分を掬い取る。

口に持っていこうとした所で、唐突にそのスプーンは違う誰かの口内へと誘われた。


「誰だ……って、レムシア?」


「ハロー。ウェイバーに絡むなって言われたけど、お困りのご様子だからねぇ、私としては見放せない状況って感じでしょ?」


「いや、知らんけど」


「んー…! それにしてもコレ、すっごく美味しい。食べていい?」


「セシリア、良いのか?」


「…むむぅぅ……!!!」


しかし、セシリアの視線は超ド級のパフェよりも、超ド級なレムシアの胸部に向けられていた。

セシリアは女性的な意味合いでは、やや胸元に豊満さが足りないのは事実。

毎回毎回強引にクロードに絡んではセシリアを挑発するレムシア。


料理の腕こそ認めているが、やはり女性として譲れない部分はあるのだろう。


とは言え、彼女の腹部も限界だ。ぷいっとそっぽを向くと、「食べて良い」と小さく呟いた。


「いっただっきまーっす」


━━━それから三分、半分以上残っていたパフェをたった一人で食いきってしまった。


「さ、帰りましょ」


代金は渡された分の約半分で収まった。さすがのセシリアでも、全品制覇はまだ出来ない様子だ。

先を促されて、レムシアとセシリア、クロードは『ローレス山脈』麓への道を戻っていく。


その時だった。


「≪魔人族≫だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


半乱狂になりながら、四十台半ばの男性がそう叫んだ。

次の瞬間、整った街並みを称えていた『イルマルタ』の家々が次々に倒壊していく。


悲鳴、怒号、発狂、嘆き、憤慨。


あらゆる声と言う声が混ざり合い、恐怖を全身全てで体現している。


「……おい、どういう事だ。これは」


思わず問いかけるが、其処にもう二人の姿は無かった。

目の前に襲い掛かり、今にも街を蹂躙せんとする≪魔人族≫を、払い除けていたのだ。


「…そんな事どうでも良い。まずは━━━」


「こいつ等を潰す、良い?」


そう言われてしまっては、もう引くに引けない。

何より、≪魔人族≫と因縁深いのは、どの種族よりも≪勇者≫である彼らだ。


「了解…!」


こうして、唐突にも戦いの火蓋は気って落とされた。



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