エイエイオーは日本語です
「敵の数は!」
ルオは急ぎ気味に尋ねた。
「現在確認中です!」
「総員、戦闘準備!作戦は以前に伝えた通り!クロスボウ(通常の弓よりも威力が高い、改良型の弓のこと)部隊、前へ!」
落ち着かない様子で、腰に差さった刀を上下に動かしている。
(俺たちの強さを見せつけてやる)
ルオは、先程の無礼極まりない来訪者に一泡吹かせてやろうと、いきり立っていた。
ここで魔王軍を圧倒的なまでに叩き潰し、あの男に本物の強さというものを教えてやる。戦い方や布陣ではなく、ただ己を鍛えてきた者が勝つのだと、この戦で証明してやろう。さあ、来い!ハライズの愚か者ども!
彼は尚も落ち着かない様子で、その場に立ち尽くしている。少しすると、部下が報告にきた。
「斥候(偵察員のこと)からの報告です!敵の数は、およそ1000!」
予想外の報告に、ルオの眉がぴくりと動いた。
「1000だと?何かの間違いだろう」
「確認してきます!」
部下が去った後、ルオは近くにあった双眼鏡を手に取り、北西を眺めた。そこには、濃い水色のコートに身を包んだ集団が。顔も同色のフードで覆われ、その素顔を伺うことはできない。間違いない、あれが魔王軍だ。しかし、大軍かと思われた水色コートは、5列ほどで途切れており、とても数万もいるとは思えない。
「本当に……1000しか…?」
ルオは驚愕の表情を浮かべた。少しして、部下が再び報告にきた。その後ろには、斥候の男がついてきている。
「斥候の直接報告です」
部下がそう言うと、斥候は恐る恐る口を開いた。
「最初の確認では、兵の数はおよそ1000。先程もう一度確認しましたが、やはり同数でした」
まさか。ルオは目を見開いた。陽動か?こんな見晴らしのいい平原で?ならば小手調べか?いや、向こうとてそれほどの余裕はないはずだ。もしや……いや、そんなことがありえるのか?ありえない……こともない。ハライズは、今までこれ以上ないスピードで他国を制圧してきた。
難攻不落と言われていたラザ帝国のハシオ砦をたった3日で陥落させた。また、軍事大国で有名なヘレロ王国とヤザク国が手を組んで、150門のカノン砲を積んで防衛戦を展開したが、いとも簡単に敗れ去った。
これが、もし兵力差によるものではなく……兵一人一人の強さによるものだったのなら。他の国もこうして敗れていったのだとしたら。
「隊長!戦闘準備終わりました!いつでも攻撃できます!」
「待て!待機だ………」
「えっ……?」
「いいから待機だ!」
「は………はっ!」
ここで攻めるのは危険かもしれない。
ルオは思考回路を限界まで張り巡らせ、一つの結論に至った。あの軍は、かなりの戦闘力を持つ精鋭部隊。少数で出てきて、油断させ、攻めてきたところを、その戦闘力を以て叩き潰す。それが向こうの狙いだろう。
「クロスボウ部隊。ロングボウ(改良型の弓。クロスボウに比べて威力は劣るが、射程が2倍ほど長い)に持ち替えろ。範囲内ギリギリから敵を狙撃するんだ」
「イエス・サー」
弓を持った兵隊たちが持ち替えを始めようとしたその時、
「た……隊長!」
見張りの兵が叫んだ。
「敵兵、こちらへ歩いてきます!」
「なんだと!?」
馬鹿な。奴らの作戦は敵が攻撃してきたところを迎え撃つことではなかったというのか。予想通りの反応が見られなくて痺れを切らした?敵が陣から出てくる様子が無かったから、こちらから攻めてやると?いや、まさかそんなことはあるまい。
理由はどうであれ、これはこちらにとっては好都合だ。たった1000の兵にアラナス陸兵50000が敗れることなど、絶対にない。油断したな、ハライズよ。戦場においては、わずかな驕りが死を招く。そんなこともわからぬやつが我らに勝とうなど、思い上がりも甚だしいわ。
「ロングボウ部隊!命令を変更、ここで待機!奴らが射程に入り次第、一斉に打て!」
「サー!」
「徹底的に叩き潰すぞ!あの空色の服を紅く染め上げ、彼奴らに敗北を教えてやれ!」
「おおぉぉぉぉ!!!」
ルオの叫びに呼応して、5万の兵が鬨をあげた。
「エイエイ」
兵の一人が声をあげる。
「エイエイ」
「応」
「エイエイ」
「応!」
「エイエイ」
「応!!」
勝てる。鬨をあげながら、ルオはそう確信していた。
敵が油断していようがいまいが関係ない。我らの結束は固い。誰にも破ることはできぬ。
剣を抜き、刃を眺める。白銀の刃には自分の顔がはっきりと写っている。
研ぎ澄ましたように鋭い眼。そこには、ただ戦場を、戦を求め剣を振るう修羅。勝敗も生死も関係なく、己の欲望のままに戦う修羅の眼が、爛々と輝いていた。