「魔王と申します」
「もう怒った。この世界滅ぼす」
「ま……待て」
「待てるか。もう怒った」
一人の男がズカズカと歩き出したのを、部下が必死に食い止める。
「離せ、フィオ!」
「離さねえよ!」
部下の名はフィオ。この男に長く仕える忠臣だ。
「いいか、リザ。今人間を滅ぼしても得することは何一つとしてない。ここはもう少し待って……」
「それ前も聞いた」
男の名はリザ。どういうわけか、人間たちに怒りを覚えたようで、人類滅亡へと歩み出そうとしている。
「だいたい、なんでお前はタメ口なんだ!」
「お前がガキだからだ!」
「いいか?待つことも重要だ。これから、世界は大きく動く。その混乱に乗じて人間を滅ぼし、俺たちが頂点に立つんだ。わかったか?」
「はい」
返事をしたリザの顔には、殴られた痕がくっきり残っている。
「軽率な行動は控えろ。お前は………」
フィオは一息おいてから、言った。
「魔王なんだから」
魔界は一つではない。あらゆる場所に、たくさんの魔界が同時に存在している。
「リザたちはその一つ、シリァール界の出身である」
「黙ってろ」
現在、人間界は存亡の危機に陥っている。それも、魔界の一つであるハライズ界の軍が人間界に侵攻してきたのが原因である。
「人間たちは必死の抵抗を続けているが力及ばず、大陸の半分を奪い取られてしまった」
「だから黙ってろって」
これは魔界にとって、人類を滅ぼせる絶好の機会である。ここでシリァール界が少しでも兵を送れば、人類はあっという間に滅びてしまうだろう。
ただ、シリァールとハライズは、かなり仲が悪いのである。
「どれくらい仲悪いかというと、挨拶代わりに殺し合いするくらいだな」
「わかった。わかったから黙れ」
人間 対 ハライズ軍 の戦いは膠着状態。魔界の侵攻が始まってから100年あまりたった現在も、その戦争は続いている。
「そこで!俺がハライズも人間も滅ぼして世界の頂点に立とうという素晴らしい決断を……」
「バカだろお前」
「敬語を使いたまえ、フィオ側近」
「もう殴りたくなってきた」
「さっきも殴ったじゃないか」