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はじまりのものがたり

第一章


一節


 薄紅色の花も散り、青葉が校庭の桜を彩っている。もう春の色合いも薄れ、初夏が近づき始めた五月の中頃。俺は今日も、加茂川小学校の五年月組のクラスメイトとして、午前の授業を終えた。

 さて、給食も終わったし、ようやく待ちに待った昼休みの時間だ。俺は早速教室内を見渡し、あいつらを探した。今日は校庭でドッジボールでもやろう。

「おい、犬塚。お前また俺のこと馬鹿にしてるだろ!」

「いいや、僕はお前の事なんてこれっぽっちも気にしてないね。それよりも猿渡こそ自意識過剰なんじゃないか?」

「ジイシキカジョウ? なんだそりゃ、難しい言葉使えばえらいとでも思ってんのか! やっぱお前、俺のこと馬鹿にしてんだろ!」

 教室の後ろでまたあいつらのケンカが始まっていた。発端は何かわからないが、まあいつものことだ。

「桃井くん、あの二人またケンカしてるわよ。ちょっと止めてくれない?」

 視界の外から声をかけられ、振り向くと幼馴染の雉本香子がそこにいた。

「まあ、いつものことじゃねえか。ちっとしたら収まるだろ」

「いつも収まらないじゃないの。いいからさっさと止めてきてくれないかしら?」

 確かに、あの二人のケンカは収まるどころか取っ組み合いにまで発展していた。クラスの連中は面白がってはやし立てる。まあ、いつものことだ。

「じゃあ、ちょいと収めてくるかね。そうだ香子、後でドッジボールやるから用具室からボール借りてきてくれ」

 はいはい、じゃあ頼んだわね。と、俺の肩を叩いて香子は教室から出て行った。

 俺はというと、重い腰を上げ、後ろの人だかりに向かっていく。

 クラスの連中はやっと行司が現れたと、この二人の勝敗を今か今かと待ち望んでいた。

 犬塚は猿渡に胸ぐらを掴まれ、やれやれという感じだ。対する猿渡は頭に血が上っているようだ。

 俺の接近に気づいた犬塚は、

 「おい、桃井。この馬鹿を何とかしてくれ」

 と、俺に向かって訴えてきた。

「で、今回のケンカはどんな原因だ」

 そこでようやく俺に気づいた猿渡が、

「聞いてくれよ、銀太! 犬塚の野郎、俺が新しく発見したルールにケチをつけやがるんだ」

 と、犬塚から手を離し、俺に向かってケンカの原因を語り始めた。

「今日の朝な、家で飯食いながらカレンダーを見てたんだ。そこで俺はとある発見をしたんだ。それはな。なんと今年の二月は二九日があるんだ。去年おととしも二八日までしかなかったのに、今年から一年は三六六日だ。すげーだろ」

と、満足げに語っている。それを聞いた犬塚は、

「ふっ、だから今年は閏年と言って、四年間で一日分ずれる時間を調整してるんだって。何度も言っているのに、ほんとお前は馬鹿だな」

と、至極当然のことを言った。それを聞いた猿渡は、

「うるせー! なんだよウルウドシって。訳わかんないこと言って、俺の発見を横取りしようとしてんだろ! そうはさせねーぞ!」

と、再び犬塚に食ってかかった。

確かに、犬塚の言っていることは正しい。しかし猿渡を馬鹿にしたような態度はいただけない。さて、どうしたもんか。

 と、俺は天井を見上げた。すると、いつ挟まったのか、誰かが飛ばしたプリントの紙飛行機が蛍光灯に挟まっている。

 俺は、これだと思い、互いににらみ合っている二人に提案をした。

「おい、二人共。確かに二人の言い分はわかった。まあなんだ、正しいことを言ってるのはわかるし、互いに悪いところもわかった。このままケンカしてても埒があかない。ここはひとつ、俺が提案する勝負をクリアしたほうが、相手を謝らせて、手打ちとしないか?」

 すると周りから、待ってたとばかりの歓声が沸く。いいぞ、やれやれと四方から二人ははやし立てられる。

「……、まあ桃井が言うなら。聞かんでもないが」

「おお、いいな! で、今回の勝負とやらはなんだ?」

 と、二人も乗り気である。そこで俺は天井の紙飛行機を指差し、

「あれを先に取った方が勝ちとする。何かものを投げるのは禁止。蛍光灯が割れちまうしな。それ以外は、そうだな互いの邪魔はしてはならん。あと、使っていいものは教室内のものだけだ。制限時間は一五分、それが過ぎて決着がつかなければ、互いはこの件を水に流す。どうだ?」

 二人は天井を見つめ、そして互いはにらみ合う。どうやらオーケーなようだ。

「二人共良さそうだな。なら、あの時計であと三〇秒後、一二時一〇分からスタートだ。用意はいいか?」

「ああ」

「ゼッテー負けねーよ!」

 と、絶対こいつには負けないと。今か今かと時計を見つめている。

 さあ、あと少しで一二時一〇分だ。昼休みは一時まで。さっさとこのケンカにケリをつけて、遊びに行きたいなあ。

 そんな俺をよそ目に、時計の長針は一〇分を指し、二人は勝負に取り掛かった。


二節


 紙飛行機を取れと言ったものの、天井まではかなりの高さがある。俺たちの身長では当然届かないし、ものを投げてはいけないルールのため、何かしら長ものを用意するか、自分をあの高さまで持ち上げる台のようなものを用意する必要がある。

 まず、行動を起こしたのは猿渡だ。なんとその場で飛び跳ねている。やっぱりコイツは馬鹿なんだな。

「くっそ、届かねー。銀太、こんなんどうやって取れって言うんだよ」

「それを考えるのが今回の勝負どころだ。あと、そんなところで飛び跳ねてても多分一生取れないぞ」

「だよなー、どうしたもんかね」

 と、猿渡は別の手段を模索し始めた。

 対する犬塚は、周りを見渡して歩き回っている。何か道具を探しているようだ。おそらく何かしらの長ものを探しているのだろう。

「桃井、教室にあるものはなんでも使っていいんだよな」

 と、俺に確認してくる犬塚。

「ああ、まあ常識の範囲内で頼むぞ。また鬼怒川にどやされるのは勘弁だ」

 違いない。と苦笑いを浮かべる犬塚は教室の掃除用具入れの前で立ち止まった。おそらく箒を使うのだろう。

 しかし、箒では長さが足りない。どうしたものか。

 すると犬塚は教卓の中からガムテープを取り出し、何本かの箒を連結しだした。

 なるほど、そうやって長さを稼ぐわけだな。

 そのさまを見て、これは犬塚の勝ちだなー。また猿渡の負けかー。とクラスメートがざわつき始める。

 それを聞いた猿渡は、なんとか挽回しようと周りを見渡す。しかし、そこにあるのは三〇数個の机ばかりだ。その上に乗ったところで、結局高さは届かない。

 そんな猿渡を見て、犬塚は、

「どうした、馬鹿猿。このままじゃあまた今回も僕の勝ちみたいだな」

 勝者の余裕なのか、手を止めて猿渡を煽る。

 そういうこと言うからケンカになるんだよな。と俺は思いながら猿渡をみる。いよいよ追い詰められた猿渡は手近な机に手をかけた。

 おいおい、相手の邪魔はダメだって言ったじゃないか。と、言いそうになった俺であるが、どうも様子がおかしい。猿渡は離れている机を二つ集め、島を作り、その上に椅子を乗せた。なるほど、これで高さを稼ごうというわけか。

 一気に形勢が逆転し、まだ道具を作っている犬塚は焦っているようだ。猿渡は頭は弱いが、行動力と身体能力はかなり高い。それを活かした作戦のようだ。

 土台を作り、椅子の上に立ち上がった猿渡だったが、ここで高さが足りないことに気づく。やはり頭は弱かったな。

 ちょうどその時、犬塚は箒の連結作業を終え、それを持って紙飛行機の下へと向かった。犬塚のことだ。長さが足りないということもないだろう。今日も猿渡の負けになってしまうのか?

 しかし、どうも箒の長さが足りないようだ。ちょうど猿渡の作った土台は紙飛行機の真下にある。そのため、箒の長さが余計に必要になったようだ。図らずとも猿渡は首皮一枚残ったことになったな。

「おい、桃井。これは妨害にはならないのか?」

「まあ、直接お前の邪魔してるわけではないし、これは通す」

 わかった。と、納得した犬塚は更に長さを稼ぐべく、道具作りに戻った。こういうルールに忠実な犬塚を俺は割と好きだ。

用具入れを覗いた犬塚であったが、もうすべての箒を使ってしまい、他の道具を探さなくてはいけないようだ。

 ここで猿渡に勝機がやってきた。椅子を一度どかし、そこにもう一台机を持ち上げた。こういった力技ができるのも猿渡ならではである。

「おーい、猿渡。気をつけろよ」

 俺は二段目の机に椅子を担ぎながら昇る猿渡に声を掛ける。

「ああ、大丈夫さ!」

 猿渡はにかっと笑い、二段目の机の上に椅子を置いた。若干不安定ではあるがまあ大丈夫だろう。

 見事、土台を作り終えた猿渡はてっぺんの椅子によじ登る。高さは十分だ。

「よっ、ほっと。これで……、いいんだな!」

 と、猿渡は蛍光灯に引っかかった紙飛行機を取り上げ、床まで降りてきた。

「ああ、大丈夫だ」

 と、俺は猿渡に告げる。そして、

「勝負有り。この勝負、猿渡を勝者とする」

 と、勝ち名乗りを上げた。

「やった、久しぶりに勝った! ざまあみろ、犬塚!」

 寸でのところで負けた犬塚は悔しそうに猿渡を見つめ、

「勝負事だ、今日は負けを認めてやるよ」

 と、猿渡に告げた。

「じゃあ、はじめの決め事だ。犬塚、猿渡に馬鹿にして悪かったと詫びろ」

 わかった。と、猿渡に向き直る犬塚。はじめの決め事通りにここは素直に謝る犬塚。

「さっきは馬鹿にしたような態度を取って悪かった。気分を悪くしたようだ。済まない」

 と、猿渡に頭を下げた。

「ああ、いいって。俺もお前の言うこと全然聞かず、悪かったな。またちゃんと教えてくれ」

 と、結局猿渡も犬塚に頭を下げた。まあいつものことだ。

「よし、一段落着いたところで、外に遊び行くか。香子がいまボール取りに行ってるから、ドッジボールしようぜ」

 俺は、集まったクラスメートに提案した。反応から多くの参加者が見込めそうだ。

 ちょうどそんな時、

「香子ちゃん、お帰りですよー。そろそろ勝負はおわったかなー」

 と、ドアの向こうで香子の声がする。ボールを持ってきたようだ。

 バーンという効果音と共に、香子が教室に入ってくる。すると、そこに転げていたのは犬塚の作った箒。見事香子は箒の柄に足を引っ掛け盛大にすっ転んだ。

 手に持っていたボールは宙へと放り出され、放物線を描きながら猿渡の作った机タワーへと向かっていく。勢い良くぶつかったのは一番上の椅子だ。

 グラグラと椅子が揺れ、土台から転げ落ちる、そしてその先の窓カラスへぶつかり。

「あっ」

「ちょっ」

「嘘っ」

「マジかよ……」

 俺たちの悲嘆と共に椅子は窓ガラスを割り、校舎の外へと出て行った。

 ちなみにここは三階である。

 俺たちは顔を見合わせ、

「やばい、鬼怒川に怒られる!」

と、これから起こるであろう事件を予感していた。

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