ただ、白く。 後編
前編から、お読み下さい。
僕は何も躊躇うことなく、扉を開けた。中は見たことのある気がするが、はっきりと思い出すことが出来ない。
「全然、思い出せないけど」
何度も死んでしまいたいと思ったのに、と。そして、死ぬことが出来たと思ったのに、と。彼女も僕と同じことを思うのだろうか。
「“チカゲシキ”、こいつか」
僕は、彼女の元へ足を進めた。
目の前には、全身管だらけで首輪を身に着けている、“チカゲシキ”。彼女の腕には、包帯が巻かれていた。彼女は、腕を傷つけて死んだのだろうか。ふと、そんなことを考えた。
僕もこんな風にここに来たんだなと、ジッと”チカゲシキ”を見ていた。
「まず、こいつを醒まさせないとな」
静かな部屋に、僕の声だけが響いた。
僕はスイッチを押した。彼女を醒ますスイッチだ。
案の定、“チカゲシキ”は目を開けた。
「ここはどこ?」
目を開けるなり早々と、彼女の口が動いた。
「あなたはだれ?」
”ここはどこか”なんて、そんなの僕が知りたいくらいだ。
「ここは“黒都市”。人間界で自殺した奴の魂が、ここに転送される」
僕一人、淡々と喋り続ける。
「言うなれば、自ら命を絶った奴に与えられる、罰のようなものだ。あぁそれと、僕は天津白。上に頼まれて、お前を醒ましに来た」
今彼女にそんなこと言ったって、解らないだろう。
この世界にいる僕等ですら、そんなこと解らないのだから。
「今からお前も、ここの住人だ」
彼女、“チカゲシキ”はただ黙っていた。そんなとき、彼女の目から涙が零れていることに気がついた。
「わたし、死んだんじゃないの?」
彼女は、真っ直ぐ僕を見る。信じられないという、顔をしている。
当然だ。死ぬために自殺したのに、存在しているからだ。
彼女は涙を流しながら、ただ震えていた。
「死んではいる。だが、存在はしている」
矛盾しすぎているだろう。これがどういうことなのか、時々考えてしまう。自分でも全く解らないのだけれど。
「少しは、解ったか?」
まず、僕自身がはっきり解らないのに、そんなことを訊ねた自分に少し、腹が立った。
「…こんなの全然、わかんないよ」
と彼女は言う。“僕も全然解らないよ”、とは言えなかった。
「ねぇ、」
彼女は僕に訊ねる。真っ直ぐに。
「教えてよ。この世界が何なのか」
彼女の目から、さっきとは比べものにならない量の涙が、溢れ出ていた。
「ちゃんと証明して。この世界のこと、私がここに来た理由、あなたが言っていること。そして、あなたのこと」
僕はただ、目を見開いた。彼女がそう言い放ったとき、僕は彼女に釘付けになった。驚くしか、なかった。
こんな、たかが10代の女の子が教えて欲しいということを、ただ真っ直ぐに主張していた。
でも、僕自身も解らないことばかりで、彼女に全然教えてあげられないかもしれない。自分のことすら、ろくに解らない僕に、この世界の全てが解るはずないのに。
“僕には、何も解らないから、聞かないでくれ。”と、そう言ってしまいたかったけれど、僕は答えなくてはならないのだ。彼女の為に。
彼女は涙を堪えているようだった。
「僕には、この世界のことも、君がここに来た理由も、よく解らないけれど、
自分のことを話すよ」
僕がそう言うと、彼女はゆっくりと目を開いた。
僕は静かに話し始めた。
「僕は17のときに、自殺した」
それから永遠と喋り続けた。話したくなかった、過去を。
そして全てを話し終わった後、突然彼女は口を開いた。
「あなたは、後悔してるの?」
ジッと見つめられ、無表情で僕に訊く。
「自分から、死にたいと思ったんだ。後悔なんてしてるはずが、……」
言葉が、出なかった。
彼女は真っ直ぐと、僕を見つめる。何も言わずに。
僕は、否定することが出来なかった。本当は、後悔しているのではないかと、考えたからだ。
「どうしたの?」
彼女が、僕に近づいてくる。僕の唯一見える左目には、彼女が大きく映る。
自分の目から、涙が零れていることに気がついた。
「…嘘だ!今は、死ななきゃ良かったって、思ってる。嘘だ、嘘だ‼︎…僕はこの世界が解らないだけで…」
解らないから、解りたいと思ったんだ。
「嫌なんでしょ?本当はずっと死ななきゃ良かったって思ってた、自分のことを。あなたは、自分の気持ちを認めたくないんでしょ?」
僕は、小さく頷いた。彼女に全部、当てられてしまったような、気がしたからだ。
「戻りたい、って思ってる自分を責めないで。あなたは、何も間違ってない。間違ってるのは、私だよ。ここに来て良かったって思ってる、私だよ」
「……」
「ね?あなたは正しい。大丈夫だから」
そう言って彼女は、精一杯の笑顔で笑った。
僕には、彼女が間違っているとは、思えなかった。
「君がそう思うのなら、間違ってなんかない。僕は今、君と出会って大切なことに気づいた。僕は君と出会えて良かったって思ってるから」
口から溢れてくる言葉を、抑えることが出来なかった。
彼女の方を見ると、今にも涙が零れ落ちそうだった。
「これから、よろしくな」
そう言って僕は、精一杯の笑顔を見せた。
「ほら、笑って!」
「うん!」
彼女の目から、涙が零れ落ちることは無かった。精一杯の笑顔で、お互いに笑っていた。
「私は、千景色。これからよろしくお願いします」
それからというもの、僕の生活にシキの存在が加わり、楽しい日々を過ごしている。
ここから逃げ出す方法は見つかりそうに無いけれど、この世界も案外悪くないって、シキと出会ってそう思えた。
「アマツー!」
シキが笑顔で、僕の名前を呼ぶ。
「はーい!」
僕も笑顔で、そう返す。
真っ黒の世界の中でもただひとつ、幸せな日常。
こんな黒の中でも眩しく輝く白に、僕はなりたいと思うんだ。
君が僕を、見つけられるように。
完結にたどり着くまで3回全消しになり、諦めようと思いましたが、頑張って良かったと思います。
最後まで、読んで下さった皆さん
本当に、ありがとうございました。
少しでも、面白いと思ってもらえたら嬉しいです。