ただ、白く。 前編
この世界は、ただひたすらに真っ黒だ。
前に進みたいのに、黒くて前が見えない。
いつになったら、この世界から逃げられるのだろう。
今日もまた、この世界が黒に染まってゆく。
ここにきた時から、ここは普通ではないと感じていた。震えるような恐怖と、あり得るはずのない違和感がここにはあった。
僕はちゃんと、死にたかっただけなのに。
真っ黒の世界の中で、僕は今日も存在しなければならない。これは、死にたかった僕への罰なのだ。
首につけられた首輪、そこから伸びる管。それを身につけた時から、僕への罰は始まっていたのだ。
白い髪に真っ黒い目、そして右目を覆う包帯。そんな見た目の所為で、この世界でも仲が良いと呼べる友人はできなかった。あいつ以外は。
「なぁ、」
あいつは僕の名前を呼んだ。
「なんだ、ユキムラ」
黒い髪に、オッドアイの目。でも、ユキムラは誰から信頼されている。そんなユキムラが羨ましくもあり、妬ましくもあった。
ユキムラは笑みを浮かべた表情で、口を開いた。
「今日、新しい奴が入ったんだ。アマツ、お前暇だろ。ちょっと見てきて欲しいんだ」
なんだ、そういうことか。
「なんでだよ、お前の仕事だろ」
ユキムラは新人担当のそこそこ偉い人でもある。
「いや、今日ちょっと用事があってさ」
絶対嘘だろ、と僕は思う。何故なら、ユキムラの表情が嬉々としているからだ。
でもまぁ、ユキムラの頼みな訳で。
「興味が無いこともない」
「アマツは素直じゃないなぁ。まぁ、いいけど。じゃあ、後は頼むよ、上手くやっておいてくれよ」
「あぁ、上手くやってみせるさ」
ユキムラは嬉々とした表情で、僕の前を去っていった。
僕もそんなユキムラを信頼しているのだ。
今から会う新人は、“チカゲシキ”という名前の女なのだという。それは、人間界から送られてきた、“ヒトの魂”だ。きっと彼女も自殺したのだろう。
僕も同じだから。
人間界で自殺した人の魂は、ここ"黒都市"に転送される。そしてここで、終わりのない世界を味わうのだ。
この世界は永遠で、僕らに与えられた罰なのだ。
僕は、淡々と歩く。管が引っかかって、邪魔くさい。
ここは静かで、黒くて、何もないみたいだ。
そんなことを考えていると、あっという間に"新人収容所"の前に来ていた。
「ここか」
と、声を漏らし、少しばかりここに来た時のことを思い出す。直ぐに思い出すことをやめた。
この部屋は“黒都市”の始まりの場所、開けてしまったら、もう逃げられない。
後編に続きます。