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第八話 トラブル in 公園

「聞いたかい? どこかの暴力団がこっちの方の暴力団に手を出したらしい」

 パチ。

「そりゃあ大層なことで。でも新聞に乗っていなかったぞ、と」

 パチッ。

「当たり前だろう? そんな治安の悪くなるようなことを掲載させないって。政府が。んー、ここ」

 パチッ。

「うっ……。し、しかし、それに対してはお前は反論はないのか?」

 パチ。

「ないね。行きすぎた情報統制はまずいとは思うけど……ほい、王手」

 パチッ。

「う……参りました」

 僕が渋々、投了すると、吟詠はさも当然と言わんばかりの顔で駒を片づけ始める。

 そこは学園の囲碁将棋部の部室。当然、バスケやカラオケからは三日経っているため平日で、周りではパチ、パチと駒を打つ音が響き渡る。僕と吟詠はそこを間借りして将棋を指していた。

 割と吟詠は部活間で顔が広く、彼自身は帰宅部であるのだが、彼の情報収集能力、理解力、そしてコンピュータを弄る能力は秀でており、彼個人への依頼は絶えない。

 例えば、ホームページを作る際など。

 それに対して、吟詠はたくさん金を積んでくれた方へと優先的に動く。学園の校則では金銭取引を禁止しているが、何せ、職員の方々も吟詠の世話になっているのでその辺は黙認しているのだ。

 さすが七星、と言うべきか。

 閑話休題。

 吟詠は駒を片づけ終えると、机に頬杖をついて僕の方を向いた。

「らしくないぞ。いつも、自分を冷や冷やさせてくれる指し方をするのに、今日は冴えがない。全く、一体どうしたんだ?」

「そうかー? ……まぁ、どうも色々、この前のカラオケで触発されたらしくてなぁ……」

「お前んちの娘っ子達?」

「ん」

 僕は頷くと、吟詠は立ち上がって脇にあった鞄を担ぐ。そして僕に合図した。

「帰りながら聞こう」

「あれ、お前、これからバスケ部の仕事じゃなかったか?」

「AIがもうやった」

「えーあい?」

「人工知能のことだな。この前、開発した奴を実用化したから、つまらないシステムだったらそれぐらいで対応できる」

 吟はつまらなさそうにそう言うと、囲碁将棋部長に軽く手を上げて部屋を出て行く。僕はその後を慌てて鞄を持って追いかけた。


「ふぅん。ずっぱり要約すれば、前よりも娘っ子達が積極的になったと」

「うん」

「じゃあ、一言言ってやるぞ」

「ん?」

「リア充爆ぜろ」

「うぐっ……!」

 帰路、僕はラン・エヴァを押しながら、吟詠と帰っていて。

 思わぬ毒舌が飛び出して怯む僕に、彼は呆れたようにため息を吐き出した。その途端、夕暮れの空から風が吹いてきて彼の伸びてきた髪をくしゃくしゃに撫でていく。

 それを押さえながら吟は僕を見つめる。

 彼はいつもどこか達観したような表情で、僕も微かに見下しているようであったが、今はじっと対等の視線で僕を見ていた。

「自分も分からないんだ。恋が何なんだかって。断言しても良いけど、自分は一生恋愛を理解する事はないだろう。その上で言わせて貰えば……君に、決定権を委ねているんだよ。みんなは」

「それは前にも聞いた気がする」

「うん。でも、キミはその本質を理解していない」

「本質?」

「キミが溝口真次の孫ということさ」

「……は?」

「細かい事は体感していくしかない……と? そこにいるのは、モカさんじゃないか?」

 ふと、吟詠が僕から視線を逸らして、肩越しに背後を見つめる。僕は振り返ると、確かに少し向こうにいたのはモカであった。

 僕の背後には丁度、公園があったが、そこの遊具の所でモカが二人の男相手に何かを話していた。どうも嫌な予感がする。僕は手に汗を握って歩き出そうとすると、吟詠がぽんと肩を押した。

 僕がそっちを一瞥すると、彼はいつものどこか達観した表情で優しく笑った。

「行け。バックアップは任せろ」

「……おう、頼んだ」

 吟詠が後ろ盾にいる。それ以上に頼もしい事はない。

 僕は腕まくりをすると、公園の中にいるモカの方へと駆けていった。


「なぁ、姉ちゃん、良いだろ? 俺達とイイコト、しようぜ?」

「わりぃようにはしねぇよ。ほら、飯奢るからよ」

「お断りします」

 やっぱりいい話ではなさそうだった。

 僕はさらに足を速める。男達の風貌はがたいが良く、二人とも厳つい顔……どう見てもヤクザさんだ。顔の傷跡と良い、彼らが着ている『内田組』のTシャツといい、良い者では絶対にない。

「かったいなぁ、姉ちゃん」

 頑なに断り続けるモカを前にして痺れを切らしたように片方の男は視線を相方に向ける。その相方はコクンと頷いて下卑た笑みを浮かべた。

 まずい。そう思った瞬間には声が出ていた。

「モカ!」

「零!」

 モカは僕の顔を視認してほっとしたような声を上げた。それに対して二人の男はちっ、と舌打ちを漏らした。

 モカはすぐに僕の方へと駆けてきて僕の背に隠れる。

 僕は背中で庇いながら少し後退りしつつ、男達に笑みを向けた。

「こんにちは。すみません、僕達はここいらで退散しますね」

「……あん? てめえ、そこの姉ちゃんの男か?」

「あー、まぁ、そんな所でしょうか」

「……ボコされたかなければ、姉ちゃん、置いてけや。なーに、一晩可愛がるだけだからよ……」

「そすか」

 僕は素っ気なくそう言葉を返すが、内心焦りを感じていた。

 やばい、直接的に来た……温厚に解決できればよかったんだけれど……。

 ちらっと肩越しに背後を見る。いつもは気丈に振る舞っているモカも子鹿のように震えて僕にしがみついており、その後ろでは吟詠がどこかに電話しているが見えた。

 吟詠のバックアップが間に合わないかも……。

 これならば、一旦、モカを引き渡してそれから救援を待つというのも……。

 僕が躊躇していると、モカが僕の背中をぎゅっと掴んで小さく震えながら上目遣いに僕を見た。その目には恐怖がありありと浮かんでいる。

 それだけで僕の結論は一つしかなかった。

「嫌ですよ。彼女は大切な家族です。それを何故、貴方達のような脳みそまで筋肉のような野獣に渡そうというのでしょうか? 美女と野獣といってもこれは酷すぎます」

「な……!?」

 男達は目を見開く。その一瞬に、僕はモカを背中から引き離し、後ろへ突き飛ばした。

「吟詠がいる! そこまで走って!」

 僕が叫ぶと、モカは目を見開いたがすぐに頷いて背を向けて駆け出す。

 同時に呆気に取られていた男達はその声で我に戻ると、激昂して拳を振り上げてきた。

「このガキぁ!」「死に晒せぇっ!」

 僕は向き直って防御の構えを見せる。

 これは父さん直伝の武術。為せるかは分からないが……生還するにはこれしかない!

 構える僕に拳が降り注ぐ……!


「何の騒ぎですか?」


 不意に割り込んできた涼しい声に、僕達に動きが思わずぴたりと止まった。

 そちらに視線を向けると、そこには買い物袋を下げた若い娘がいた。ワンピース姿でこちらをじっと見つめている。

 作られたようなその美貌に僕は思わず息を呑んだ。雪の美しさでも到底敵わないだろう、美しい人だ。だが、その表情は無表情、そして無機質な瞳。そのせいでそれは冷たい。氷の、彫刻のようだ。

 だが、男達としてはただの上玉としか見えなかったらしい。矛先を逸らすと、情欲で血走った目でその女性に詰め寄った。

「なぁ、姉ちゃん、俺達の相手をしてくれねえかなぁ?」

「なぁに、すぐ気持ち良くしてやんぜ?」

「そうですか。では……」

 その無表情な女性はコクンと頷く。男達はニヤリと笑みを浮かべると、その手を肩にかける。


 その瞬間、男の身体が跳ね飛んだ。


「な……!」

 男は地面に叩きつけられてから声を漏らす。だが、その顔は状況を悟りきれていない。だが、一歩引いた僕だから分かる。彼女は一瞬で男を一本背負いで投げ飛ばしたのだ。しかも片手で。

「……相手と申しますから、もう少し強いのかも思いましたが」

 女性はしれっとして言う。その女性を目の当たりにして、もう片方の男は怖じ気づく……ことはなく、懐からナイフを抜いて激昂し、襲いかかった。

「なろおおぉぉっ!」

 しかし、その次の瞬間、彼女が手を一閃するとほぼ同時にその手から刃物は消え去り、そしてそれに男が気付いたかどうかのタイミングで腹に正拳が突き刺さった。

 まさに型通りの空手の攻撃。

 僕が呆気に取られている前で、二人の男は公園の土の上で悶えた。

「……大丈夫ですか?」

 女性はそれを一瞥した後、すぐに僕の方へと歩いてくる。僕は我に返ると、頭を下げた。

「あ、ありがとうございます。助かりました」

「いえ、少し不穏な空気を感じたので。助けになったのであれば、私も嬉しいです。では……」

「あ、あのっ!」

 踵を返そうとするその女性を僕は思わず声をかけて引き留める。その女性はこちらをもう一度向き直って小首を傾げる。

 その機械的な動作に強烈な興味を引かれたが、僕はぐっとそれを呑み込むと微笑みかけた。

「僕は溝口零と言います。そこの一軒家に住んでいまして、もし宜しければ、いつでも来て下さい。歓迎致します。それと、この御恩は忘れません」

 その女性は少し驚いたように見えた。無表情だからよく分からなかったが、微かに目を見開いたように見えたのだ。だが、すぐに完全な無表情に戻ると頭を下げた。

「ご親切にどうも。ではこれにて」

「……ええ、お気を付けて」

 今度こそ踵を返して彼女は立ち去っていく。僕がそれを見送ると同時に、遠くからサイレンの音が聞こえた。それは遠くなっていく彼女の背中として反して近くなってくる。

 そしてそれは女性が公園を出ると同時に僕の背後から現れて荒々しく止まった。

「すまないっ、吟詠くん、それで内田組の者とは……」

「……遅いですよ。原西さん」

 僕が振り返って歩んでいくとそんな声が聞こえる。見ると、そこでは警察官と吟詠が話していた。どこか吟詠の方が偉そうに見える。

 僕が近寄ると、吟詠はこちらを向いてすまなそうに手を合わせた。

「すまん、一分でこの原西巡査が現れるはずだったんですけど、何故かパトカーで来た挙げ句、渋滞に引っ掛かったそうで……」

「……本当に申し訳ない」

 頭を下げるのはあのヤクザと同じ位がたいの良い刑事さんであった。顔を上げるとそこには人の良さそうな顔で凄くすまなそうにしていた。

 そんな顔で見られると、こっちが罪悪感が湧いてくる。僕は振り返って指差しながら言った。

「それよりもあのヤクザ共を……あれ」

「ん、どうした? 零」

「いや、一人いなくなって……」

 派手に一本背負いされた方の男がもうすでにその場から消えている。片方が残っている辺り、見捨てたのか。

 僕らが呆れていると、原西さんが泡を食ったように辺りを見渡した。

「なぁにぃっ!? よし、すぐ手配する! 人相を教えてくれ」

「……えと、僕ははっきり覚えていないんですけど……」

「では、私が」

 モカがすっと進み出る。その表情はいつも通り凛々しく気丈なものだ。僕は少し安堵しながらその頭を撫でる。

「大丈夫か? モカ」

「……はい。まだ少し怖いですけど」

 モカは微笑みを見せる。その微笑みはいつになく眩しく見えた。

 僕は頭を撫でながら腕時計を見る。もうすでに六時を回っており、姉さんが買い出しから戻ってくる頃だ。多分、大丈夫だとは思うが……。

 原西さんがその一人を確保しに駆けていくのを見つつ、僕は申し訳なく思いながら告げる。

「……モカ、悪いけど、他の二人の安否も確認しておきたいから……」

「はい、では一人で調書の方を」

「いや、自分も同行しよう。それで原西さんと一緒に家まで送り届ける。それなら安心だろう?」

 吟詠が僕を見て進み出て申し出る。僕は笑って頷く。

「吟詠と一緒なら安心だよ。それじゃあ、頼んだ」

「ああ、責任を持って」

 僕と吟詠は拳を合わせる。そんな中、原西さんは手に輪をかけたヤクザを背負ってひぃひぃ言いながらこちらに歩んでくる。

 それを一瞥して苦笑すると、僕はモカを見つめた。

「ん?」

 モカは小首を傾げて、何か言いたいの? と可愛らしく目で訊ねてくる。

 僕は思わず躊躇したが、彼女も一応ショックを受けているかも知れない、と踏み切ってぐっと彼女の身体に手をかけて引き寄せる。

 モカの驚く顔が近くに見える……。


 そして、僕は生まれて初めて、自分の意思で唇を重ね合わせた。


「……明日からは、一人で帰るなよ」

 僕はすぐに身体を離して素っ気なく言うと、モカは驚いて目を見開いていたがすぐに喜色を顔に湛えてコクンと頷いて見せた。

「じゃあ、明日からは零と一緒に帰りましょうね!」

「……まぁ、構わないけどさ」

 僕は顔を背けてそう言うと、吟詠の呆れ顔が目に入ってきた。

「……甘いな。お前」

「悪かったな」

「いいや。それじゃあ、責任もって送るから」

 吟詠は親指を突き出して笑うと、原西さんがひぃひぃ言いながらパトカーに到着して、後部座席にヤクザの身体を押し込む。そしてモカをパトカーの助手席に乗せた。

 すぐに吟詠と原西さんも乗り込み、パトカーが発進する。

 助手席から嬉しそうなモカが小さく手を振る。僕も手を振り返すとすぐにパトカーは発進して彼女の顔は見えなくなった。

 空を見上げると、もう薄暗くなっている。

 あのヤクザの残党にやられないうちにさっさと帰るか……。

 僕は一つ息をつくと、帰路へ急いだ。

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