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第五話 少女達の心境

「試験お疲れ。それで相談って?」

「あ、ああ……」

 吟詠がソファーに腰掛けてオレンジジュースをストローでちゅーと飲んでいく。頬杖をついて無表情だが、目は面白そうな臭いをかぎ取ったのかキラキラとしている。

 僕はその対面のソファーでその部屋にあった選曲用リモコンを弄びながら言葉を詰まらせた。

 大体分かるかも知れないが、ここは家ではなく、カラオケボックスだ。

 とある理由で空いていればタダに入れるボックスで、本日は試験最終日の木曜日、午前中で学校から追い出された僕達はそこでとりあえず乾杯していたのだ。

 他にも友人は誘えたが、デリケートな問題だけに、吟詠だけに話したかった。

 僕は膝に肘をついて迷いながらも、その言葉を口にする。

「今から話す事は……正直、突拍子もないかも知れないけど、笑うなよ?」

「場合によるな」

 吟詠はニヤニヤと口元に笑みを浮かべて頷いて先を促す。

 僕はその相変わらずの態度に少しの苛立ちと安堵を抱きながら、クーラーの入った部屋の中でジュースを飲みながらそれを話し始めた。

 雪の口づけ、モカの口づけ、百合の警告……。

 それらを話している途中、吟詠は笑いを堪えるように口元を押さえ、そして中盤ではすでに俯き姿勢で、最後の百合の警告ではもはや破顔寸前であった。

「……という訳だけど」

 僕がそう締めると、彼は笑いを爆発させた。

「うわぁっはははっはは、ひやははははっ、うひひひひひひっ!」

「……せめて笑い方を固定しろよ」

「いや、だって、あははははははっ、滑稽も滑稽、おっかしすぎるんだもん、あははははははっ!」

 吟詠は腹を押さえてソファーに寝ころんで盛大に笑う。

 それをどこか苛々しながらジュースを飲んで笑い終わるのを待つ。

 暫く待って、吟詠は息も絶え絶えに身を起こした。

「やば、それ傑作……今度の小説に書いて良い?」

「名前と背景は変えろよ?」

「オーケーオーケー、その辺は得意だから、安心しな」

 どこかキャラ崩壊し掛けている七星と謳われる秀才は身を起こすと、ジュースを取って一気にグラスの半分ほどを飲み干す。

 そして、またニヤニヤという表情で語り始めた。

「まぁ、零、キミが気付く事に越したこたぁないんだけど、キミの妹さんからそう言われたんじゃあ、そうだね、親友の仲に免じてさくっと誘導尋問してやろう」

「……遺憾だが、頼む」

「ん……」

 吟詠は深呼吸して息を整えると、ええとまず、と前置きして僕を見つめた。

「雪さんだけど、どんな性格だ?」

 僕は少し考えてから、言葉を発する。

「お姉さん格、だな。慎み深くて清楚な人だ」

「なるほどな。それで、モカさんは?」

 吟詠は相変わらずニヤニヤ顔だ。苛立ちを押さえながら考え込む。

「あー、うん、ちょっと視線はきついけど、遠慮がちな性格だな。少しは甘えるようになったけど、それでも一人で自立していける。まぁ、ちょっと大人ぶった子供みたいなイメージはあるけど」

「そか。んで、妹さんは?」

 この問いは予想できたので、すらすらと答えられる。

「ザ・妹って感じだな。明るくよくコロコロと笑って、みんなの気持ちや雰囲気を悟って空気を入れ換えてくれるムードメーカーだな」

「ほうほう」

 吟詠はニヤニヤ具合をさらに上げて頷く。そこから一瞬、真剣な目つきになるとそれを宙に彷徨わせる。

「えっと……そうだな、じゃあ、超美味しいケーキをお前の母さんが三つ買ってきたとするぞ。お前の所の娘っ子三人のために」

「お、おう」

 ちなみに母さんは親父と一緒の職についており、姉さんと一緒に秘書みたいな仕事をしていたようだ。親父曰く、少し野暮用で別の部署に単身赴任中、とか。

 母さんも手紙でそんなことを言っていたからそうかもしれないけど……。何かありそうだ。

 そんな事を考えている間に、吟詠は想像を膨らませるように視線を上に向けて続ける。

「だけどだ、親父さんとお兄さんが勘違いして、二つのケーキをそれぞれ食べてしまったとする」

「あー……なんかありそうだな」

「んじゃあ、問題だ。娘っ子三人が集まったとき、そのケーキをどうすると思う?」

「雪姉が三等分にするな」

 僕が至って真面目な顔で答えると、吟詠は頭を押さえた。

「あー、じゃあ、ショートケーキだ。苺は三等分できないよな」

「いや、姉さんだったら出来る」

「……そうだった、お前の姉さん、超人だったな」

 吟詠は頭を押さえながら言うと、少し考え込んで一つ頷いた。

「じゃあ、超高級なアクセサリーだったらどうだ」

「それ以前に兄貴が売りさばいていそうだな……」

「う……そうか……てか、お前の家族って……」

 吟詠は思わずといった様子でため息をつく。そしてあー、と唸って投げやりに言った。

「じゃあ、これだ。フィギュア。娘三人が好きな何かの」

「ふぅーん、なるほどね……」

 想像してみる。フィギュアか……分け合うには……。

「うん、まず姉さんは遠慮するなー」

「だろうな」

「モカは……うん、間違いなく身を引く」

「おうおう」

「とすれば、百合が……?」

「そこでムードメーカーさんな妹さんが」

 吟詠はそこでニヤニヤとした笑みを持ち直し、二本の指を立てる。

「二人が心から欲しいのに遠慮している事に気付いたら? というか、多分、気付くだろうね」

「あー、百合だったらありそうだけど、フィギュアぐらいだったら我を通すだろう」

 僕が唸って言うと、うんうんと吟詠が深く頷いて見せた。

「それが妹さんが中途半端に零に打ち明けなかった訳だ」

「え……?」

「じゃあ、そうだな、妹さんがそのフィギュア、貰い、って所でそれがもし純金だと気付いたら?」

「あぁー……やっぱり遠慮するだろうな」

「で? その後は?」

「売り飛ばす」

「あー……じゃなくてだ……その選択肢以外で……」

 吟詠はまたしても頭を押さえる。

 ぶつぶつと、お前らの家は金銭面でしか目がないのか、とか呟いているのを聞きながら僕は真面目に考える。純金のフィギュアだったら……。

「うん、まぁ、金庫に直行かな」

「……じゃあ、だ。もし、零、お前が居間に入った時、その純金のフィギュアを取り合っていたとしたら」

「仲介に入るけど」

「それで? 仲介に入って、三人がとりあえずフィギュアをテーブルに置いて。で、そうしたら三人はどうすると思う?」

「うーんと……」

 想像してみる。


『えっとね、レイちゃん、これはお母さんが買ってきてくれて……』

『それでどうしてか取り合いになっちゃったんです』

『どうしたら良いと思う? お兄ちゃん』


「……僕に、判断を委ねてくる?」

「それが正解」

 吟詠は我が意得たり、といわんばかりに満面の笑みで僕を指差す。

「その純金のフィギュアが、お前だと思って考えてみろよ」

「純金のフィギュアが……僕……?」

 僕は戸惑いながら頭の中で置換し……そしてはっと息を呑む。


「つまりは、誰が僕を得るか……僕に判断を委ねさせようとしているのか?」

「そゆこと」


 吟詠は得意げな笑みでジュースを飲む。そのグラスの中でカラリと氷が軽い音を立てた。


   ◇◆◇


「……レイ、ちゃん……」

 家のベッドの中、そっと二人で撮ったプリクラを眺める私。

 それはスマホの裏側に貼り付けてある。

 私が腕を抱き締めて、そしてレイちゃんは少し困ったような笑顔。

 そんな笑顔が限りなく愛おしく思える。

 だけど……。


「百合ちゃん、モカちゃん……」


 二人の少女の顔が私の満足感に影を差させる。

 百合ちゃんはお兄ちゃん子で、レイちゃんを奪ったら……どうなってしまうのだろうか。

 モカちゃんは……間違いなくレイちゃんに惚れている。一年前からずっと、モカちゃんは嬉しそうだったから……。

「……どうしよう……」

 勢いで、あんな風に……キス、しちゃったけど。

 その感触を思い出し、私は急激に顔が熱くなるのが分かった。枕の中に顔を突っ込み、思わず羞恥でベッドの上で悶える。

「~~~~~~~~~~~っ!」

 ああ、レイちゃんがあの男らしい、でも少し華奢な腕で抱いてくれたら。

 そっと耳元で優しく囁いてくれたら。

 そっと唇で、優しく口づけてくれたのなら……。

 悶えるのを止めて、そっとベッドの上で鎮座しているシーサーのぬいぐるみを抱き締める。

 これはレイちゃんが高一の沖縄での研修旅行で買ってきてくれたお土産……。

 その柔らかな感触に、思わず下腹部が疼くのが感じた。


「……私を……選んでよ……レイちゃん……」


 思わず、そんな言葉を呟きながら、私は彼のぬいぐるみと共に自らを慰める……。


    ◇◆◇


「……ん……お父さん……」

 写真立てにいる、小さな私を担ぎ上げている逞しい男性。零に撮って貰った、写真。

 机に置かれたその男性に向かって、私は椅子の上で正座する。

「お父さん……私に……好きな人ができました」

 仏壇に、故人の面影を求めて言葉を投げかけるように、私はただ父親に報告する。

「ここに来た、一年と十一ヶ月前……あの真夏の日からずっと私を気に掛けて傍にいてくれた人で……優しくてずっと惹かれていたのですが……この前、蛍光灯を取り替えて貰ったとき、その想いに、気付いてしまいました……」

 私はそっと胸に手を当てて、その鼓動を確かめる。

 それはどくんどくんと大きく血潮を流しているのを感じられる。

 この想いが心臓から流している血液量を増幅させているのだと思うと、それぐらい、彼への想いが強いんだ、と思ってしまう。

 どくんどくん。

 彼の笑顔を思い浮かべると、頬が熱くなる。

 どくんどくん。

 彼の大きな手が私の頭を撫でてくれると、胸が強く高鳴る。

 どくんどくん。

 彼が声をかけてくれると、少し浮かれてしまう。

 どくんどくん。

 でも、彼のお姉さんや百合さんを思い浮かべると……。

 どくん……どくん…………。

 思わず、ため息が口から漏れた。

「私みたいな新参者が、二人の大切な人を奪っても宜しいのでしょうか?」

 すっかり成りを顰めてしまったその鼓動を感じながら、藁にもすがるように、父親の面影に問いかける。そして彼が誕生日にくれた、飛び上がるほど嬉しかった、今、私の髪を縛るリボンに触れる。


「お父さん、私は……どうしたら良いのでしょう」


 もちろん、写真のその人は答えるはずもない。


   ◇◆◇


「……ふふ、お兄ちゃんってこの頃はやんちゃだったのね」

 あたしはお兄ちゃんの部屋に忍び込んで彼のベッドの下のダンボール箱にしまってあるアルバムを漁っていた。

 時折やる行為で、意外と楽しい。それよりも、お兄ちゃんの過去を知っている気分になれて……嬉しいのだ。

「あぁ、この頃は奈良にいたんだったね……可愛い、お兄ちゃん」

 小学校のファイルを眺める。この頃は、従兄弟姉妹(いとこたち)に囲まれて幸せだったのだろうか。友人もたくさんいたようだ。お兄ちゃんを慕っている従妹、夜姫(やき)の姿を見かけて腸を煮えくり返させたり、彼の徒競走で転けた写真を見て少し笑ったり……。

 そんな中で、女の子と一緒に釣りをしている光景を見つけて、胸がちくりと痛んだ。

『美奈ちゃんと一緒に釣り』

 そのコメントが彼の母親らしい字で記されている。そこに写る女の子は、お兄ちゃんの事をじっと見つめていた。

 同級生だったのかな……?

 一緒にダンボール箱の中に入っていた卒業アルバムを調べるが、それらしい名前は載っていない。

 嘆息してそれを閉じると、何となくその閉じた感触に違和感を覚えた。

「……ん?」

 もう一度開くと、裏表紙にはクラスメイト一同からのコメントが記されている。だが、そこには美奈という名前はない。

 気のせいか、と思って閉じるが、やはり閉じた時の感触が何か変だ。

 念入りに調べてみると、そのアルバムを包んでいる革張りの部分が外れることが判明した。そしてそれを取り外してみると、そこには女の子らしい字で端に遠慮がちに記されていた。

『ずっと好きです。これからもずっと……。図師美奈』

「…………」

 見なかった事にして、それを元に戻す。そしてこれを発見されないように接着剤で軽く外れないように止めておいた。

 ……ああ。

 あたしも彼女のように率直にお兄ちゃんに想いを打ち明けられたら……。

 ずっと抱いている恋心をそっと持ち上げるように胸に手を添え、そしてそれを顔の辺りまで持ち上げる。


『しんらいして、ゆり』

 お漏らしをしてしまったとき、それを見てしまった小さかったお兄ちゃんは舌っ足らずながらにそう言った。難しい言葉を無理して使ってまで、あたしを慰めてくれた。

 そして、泣きべそをかいているあたしの布団を、お兄ちゃんは自分の布団と取っ替えて、そしてあたしを抱きかかえてコツンと額を重ね合わせたのだ。

 そう、そのときからこれは、あたし達の信頼の証。

 お兄ちゃんのお兄ちゃん……(はじめ)お兄ちゃんにからかわれたけど、お兄ちゃんはあたしを庇ってくれた。


 よくよく考えてみれば、あたしのパジャマはお漏らしで汚れていて、大人はみんな分かっていたんだと思う。だけど、お兄ちゃんはあたしを庇ってくれた、それが嬉しかった。


 やんちゃな笑顔で一緒に川遊びしてくれたお兄ちゃん。

 親戚が集まる場では一緒にいてくれたお兄ちゃん。

 ずっと面白い話を考えてしてくれたお兄ちゃん。

 あたしが一人のとき、ずっと傍にいてくれたお兄ちゃん。

 額を重ね合わせて、励ますように笑ってくれたお兄ちゃん。


 お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん……。


「ずっと……ずっと傍にいてよぉ……お兄ちゃん……」

 あたしはいつの間にか、彼のベッドの中に転がり込んでその匂いに包まれた。

 香辛料と、少しの汗の香り。

 お祖父ちゃんも、香辛料の香りがした。あと、少しの酒の香り。

 彼の息子は、どんな香りがするのだろうか。もしかしたら、煙草……いや、硝煙……だったり?

 あたしは……その彼の子供を産んで、抱く事が出来るのだろうか……。


 人知れず落ちた涙は、彼の枕に吸い込まれ、わずかにその重さを増させた。


 まるで、少女達の心のように……。

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