表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/25

第三話 整理 with モカ

「……ふむ」

 僕は出来たオムライスを眺め、そして考える。

 オムライスを作ったのは昨日行った何故かヤクザっぽいお兄さん達がたくさんいたメイド喫茶で食べたオムライスが非常に美味しかったからだ。

 作ってみたが、なかなか上手く行かない。形が整わないのだ。

 卵の量を多くしたら……でも、あれはこの厚さだったし。香辛料を加え方も工夫した方が……?

 そもそももっととろとろだから弱火でやった方がいいのか……。

「ふぅ」

 いろいろと他の配慮が絶えない。

 僕は三人前のオムライスを前にとりあえず記録を写真で残して、湯飲みを三つ出す。そして八十度ほどのお湯をそこに注いで湯飲みを温める。

 そう暖めるとお茶がより美味しく飲めるのだ。いっつ雑学。

 そこで暖めながら昨日の出来事を振り返る。


 唇に暖かい感触を残した雪姉は終始、嬉しそうな顔をしていた。

 そして、戸惑う僕を余所に駅につくまでイチャイチャしていた。一方的に。

 夕食時も機嫌良さそうにしていたので、百合が怪訝そうな顔をしていた。


「……好き、ねぇ」

 その言葉を言いながら、唇をなぞってみる。

 好きって何なんだろう、とふと思う。

 バナナが好き、コーヒーが好き、というのは……また別な、好き。

 男女間に関しての好き。

 プラスマイナスの感情で言ったら、間違いなく姉さんに抱いている感情はプラスだ。だけれども、彼女が言っていたのはそういう意味ではないだろう。

 じゃあ、どういう意味?

「うーん……」

「……零、さっきから一人で何唸っているんですか」

「うおぉっ、っと、モカか」

 にょきと不意に横合いから顔を出されて僕は仰け反って驚いてしまった。

 幼い子が無理に大人ぶっているような感じを覚えるその少女は長いポニーテールを揺らしながら、僕の正面に移動する。

「もう食事の時間だと思いましたが」

「あ、ああ、そうだな」

 僕は頷いて湯飲みに触れると、丁度良い温さになっている。このまま少し放置できそうだ。茶葉が入った缶と急須を取りだしておくと、オムライスの皿を二つ持った。

「悪いけど、モカ、残りの皿とスプーンを三本、持ってきてくれるかな」

「はいです」

 モカは従順に頷くと、その皿を取り、スプーンを戸棚から取りだして僕と一緒に台所を出る。そして廊下を挟んで対称にある居間へ。

 居間にはすでに百合がテレビを眺めていた。とある芸人が戯れる番組の増刊号がやっている。

「この番組も長いよな」

「あ、お兄ちゃんご飯出来たんだ」

 百合がこちらに気付いてテレビを消す。何だかんだでみんな礼節を弁えているらしく、食事の際はテレビを消すのだ。偉い子達だ。

 ローテーブルにオムライスを置く。百合の正面に一つ、その対面にもう一つ。そしてその置いた場所に近いソファーに腰を下ろした。丁度、百合の目の前だ。

 モカも遅れて入ってきて、僕の隣に皿を置くと、スプーンを百合と僕に差し出す。

「どうぞです」

「ありがと」

「サンキュ」

 そして配り終えると、僕の隣にそっと腰を下ろした。着ている彼女の水色のワンピースがふわりと風をはらみ、どこか良い香りを漂わせる。

「んじゃ、頂きます」

「いただきまーす!」

「いただきます」

 三者三様の挨拶が響き、食事に手が伸ばされる。

 本日、姉さんは昼間から父さんの残した仕事を片づけに出向いていた。役所の彼のデスクの整理、銀行での口座で当分の生活費の引き下ろし、それと各方面への連絡……。

 昨日、父さんから聞き出したやっていないことをせっせとこなしているのだ。僕も手伝おうかと言ったのだが、これはお姉さんの仕事、と笑ってやらせてくれなかった。

「美味しー! 卵がちょっとスパイシー!」

 百合は早速、美味しそうに頬張る。本当に美味しそうで、ぱくぱくと食べている。

「そう言えば、もうすぐ学園だと期末試験だけれども……百合、大丈夫か?」

「ん、数学と化学は」

「ってことはやっぱり……」

「英語が駄目ですー。てへっ」

 百合は可愛らしく舌を出して小首を傾げる。僕はため息混じりに頬を掻いた。

「とりあえず、教科書を読み直して。もし分からない所があったら聞きに来る。良いね?」

「はーい」

「モカは……大丈夫か?」

 僕は視線を向けると、少女は食べる手を休めてコクンと頷く。

「問題ありません。今回も程々の成績は取れるかと」

「……程々、ねぇ」

 僕は思わず引きつり笑いを浮かべる。程々、というのは大体、僕の成績は五百人ほどいる学園の中で、百位以内に収まっているが、モカは大体、その少し上か少し下をふらついている。

 それはモカが効率よく勉強しているからであって、もっと勉強すれば好成績を狙えるのだ。

 だが、僕の体裁も考えてその辺りに収めている。本当はもっと頭が良いのだ。何故なら、僕も時々、教えを乞いに行くほどだからだ。

「……出来過ぎた子だ」

「……ん? 何ですか?」

「いや……何でもないです」

 僕はため息をつく。ただ、彼女はどうも百合はあまり好きではないらしく、百合にはあまり勉強を教えたがらない。その雰囲気を察しているのか、百合は専ら僕に教えを乞いに来るのだ。

 僕は彼女たちよりも一足早く食事を終えて食器を持って席を立つと、台所で急須に茶葉を入れ、お湯を流し込んでいく。ちなみに、これは沸騰の直前のお湯を入れると良い。いっつ雑学。

 そして茶葉が開くそのタイミングを計りながら、湯飲みに入っていた程良い温度まで湯飲みを温めてくれたお湯を捨て、茶葉が程良く開いたそのタイミングに三つの湯飲みへ緑茶を注ぎ分けていく。

 こまめに注ぎ分けるのが旨さのコツ。これは絶対に必須だ。一人分でも一度に注ぐのではなく、何回かに分けただけで味がぐっと違うのだ。これは絶対やった方が良い。いっつ雑学。

 そして入ったお茶をお盆に乗せて居間に戻ると、二人は丁度オムライスを食べ終わった所であった。

「お茶、煎れてきたよ」

「わーい! お兄ちゃんのお茶大好き!」

「……頂きます」

 二人に給仕すると、そのお茶をふぅふぅと冷ましながら百合は早速飲む。

「ふわぁー、身体が温まるよー」

「そりゃよかった。初夏とはいえ、身体は少し温めておいた方が良いし」

「そうだね。でもお兄ちゃん、冷房ぐらいつけても良いでしょー?」

「まだ駄目だな」

「ケチー」

 とか言いながら、好きにエアコンをつけることが出来るのに彼女は僕の許可を貰わない限りは絶対につけないのだ。本当にこの家はお利口さんばかりで嬉しい。

 そう言ってお茶を啜る百合。コロコロとよく笑いながらお茶を啜る。

 僕らは十分ばかり談笑すると、百合は自分の部屋へと戻っていった。勉強してくれれば良いが。

 そして、居間には僕とモカが残された。

「…………」

 モカは静かにお茶を口に運ぶ。

「……どう?」

「美味しい……です」

「そか」

 僕は沈黙を嫌ってその言葉を放ったが、またも沈黙がその居間を占める。何だろうか、百合がいないだけでこんなに静かになるなんて。

 モカはそのままお茶を飲み終えると、僕の飲み終えた湯飲みも持って立ち上がる。

「あ、悪いな」

「いえ」

 短くそう答えてモカは立ち去っていく。その後ろ姿を眺めて、僕は嘆息した。

「……僕ってモカに嫌われている……?」


 答えてくれる人は、もちろん……。


「別にそうじゃないと思うけどな」

「いたぁ!?」

 僕は振り返ると、居間の窓に寄りかかる友人、吟詠の姿があった。

「さっきからインターホンを鳴らしているが、どうも壊れているみたいだぞ。直しておけ」

 吟詠は面白可笑しそうな表情でそう言うと、窓を引き開けて窓枠に肘を乗せた。そして屈託のない表情で語りかけてくる。

「お前さ、もう少しアプローチの方法を考えてみろ」

「は?」

「彼女、まだここに来て浅いだろ? 他二人に比べたら」

「まぁ、そうだけど」

「ここでの暮らしがまだ慣れていない、ってだけかもしれないし」

「でも二人は今まで慣れてくれたけど」

「誰もがそうとは限らないんだよ」

 吟詠ははぁ、とわざとらしくため息をついて、窓越しに僕に何かを突き出す。

「ほら、毎回恒例の山張りノート。今回はほとんどの山が的中している自信があるぞ」

「わりぃな。毎回毎回」

「この前のデッサンの借りはこれで返したことにすっからな」

「ああ、まぁ、この程度の借りで済むなら」

 僕はそう言いながらそれを受け取ると、吟詠はじゃあな、と手を振って窓をきっちり締め直すと、窓から離れた。カシャンと軽い門の閉まる音が聞こえる。

「ふぅ」

 しかしインターホンが壊れていたか。それまでは取り付け式のノッカーを付けておいて、雪姉が帰ってきてから相談するか……。

 そう思いながら一階の階段下にある倉庫まで歩いていく。

 すると、そこにはモカが頭を突っ込んで何かを取り出そうとしていることに気が付いた。

「モカ、どうした?」

「あ、零ですか?」

 頭をぶつけないよう、慎重に頭を引っこ抜いてモカはこちらを見る。だが、その頭には立派な埃が鎮座している。

 僕はその埃を払ってやってからその倉庫の中を覗き込む。すると、中にしまってあった脚立が手前に動いていた。

「ああ、脚立を出すのか?」

「あ、はい……」

「これはコツがあって、こうやって抜けないと……」

 僕は手前の荷物を決まった方向にずらすと、僕が脚立を引き抜くとモカはそれを受け取って少しはにかんで礼をした。

「ありがとうございます」

「いやいや」

 僕もそこからノッカーを取りだしてポケットに突っ込むと、一メートルの高さを補う脚立を叩きながら訊ねる。

「で、この脚立で何をしようと?」

「あ、蛍光灯を取っ替えるのと、棚の上の荷物を取りたくて……椅子で取ろうと思ったのですが、椅子が少し不安定だったので」

「ああ、そうだったのか。んじゃ、手伝うよ」

「え、良いんですか?」

 モカは軽く目を見開く。僕はその脚立を担ぎながらそのモカの頭に手を置いて笑いかけた。

「ああ、構わないよ。それじゃ、行こうか」

「……はい」

 彼女は少し申し訳なさそうに頷く。なるほど、案外、吟の言うことは的を得ているのかも知れない。僕は苦笑しながら脚立を担いで二階へと上がった。


 溝口モカの部屋はきっちり整えられた部屋である。

 清潔感のある白い壁に参考書や小説が並んだ棚、理路整然とされた机に正確に置かれたクローゼット、ベッドメイクされているのかと言わんばかりのきっちりとしたベッド……。まさに理路整然だ。

 だが、女の子という感じがしないのも事実だ。

 そんな塵一つないような部屋で、僕は脚立を構えた。

「よし、じゃあ蛍光灯を変えるか」

「お願いします」

「よし来た、任せろ」

 僕は腕まくりをすると、その脚立を登っていく。その様子をモカはどこか申し訳なさそうに見ている。その様子に僕は苦笑した。

「なぁ、モカ」

「はい?」

「もっと、頼ってくれたって良いんだぞ?」

「え?」

「一応、家族なんだ。父さんも言っていただろ? ウチの保護下に置かれた以上は、もう家族なんだ。血縁関係はないけれど、それに類似した深い関係に当たる。それなのに、こんな仕事を……」

 照明を覆うカバーを外すと、そこから埃が少し舞い、顔を顰めながらも話を続ける。

「……こんな仕事を女の子がやることはないよ。もっと、僕を頼ってくれよ。これでも腕っ節には自信があるし、それなりには、まぁ父さんには敵わないかも知れないけど、君達を護っていく所存ではある。間違いなくね」

「護……る……」

「そそ、いろんな意味でね。モカは一人でしっかり出来る人だって分かっているよ。だけど……あ、蛍光灯取ってくれる?」

「あ、はいです」

 僕は蛍光灯を取り外すと、それをモカに渡しながら代わりに新しい蛍光灯を受け取る。そしてそれを代わりにはめ込みながら言葉を続ける。

「そう、しっかり出来ていても、人間はどこかでしっかりしていない。心、とかね。その心の空白を埋めるのは、僕の役目だ。だから頼って欲しいし、もし淋しければいつだって声をかけて欲しいんだ。だから、さ」

 僕ははめ込み終え、照明カバーを取り付けてから脚立から飛び降りる。

 そしてモカに微笑みかけた。

「家族になろうぜ」

「……は、はいです」

 モカは少し顔を紅くしてコクコクと頷く。何故、顔を紅くしたかよく分からないけど、これで少し関係性が改善できたら良いな。

 僕はそう思いながら、脚立を本棚に移動させてそこに置く。

「で、ここの荷物だよな」

「あ、はいです。そこの手前のダンボールをお願いします」

「よし来た、任せろ」

 僕は脚立に乗って高い所まで上がり、その箱を取り上げる。重さはそこまでないようだ。そっと慎重に下の彼女へと渡す。

 モカはそれを受け取るとほっと安心したように中を開く。

 そこには青い格式張った服や、何冊かのノート……そして、写真が一枚入っていた。誰か二人写っている。小さな子と若々しい大人が二人並んでいる。

「それは?」

「あ……これは、あの、写真、ですね……ここに紛れ込んでたみたいです」

 モカはわたわたと誤魔化すように慌てて写真を取りだしてからそれに封をすると、まだ脚立に乗っていた僕にそれを渡す。

「ん? ああ……んじゃ、元の場所に置いておくよ」

 僕は不思議に思いながらも、詮索しちゃいけない気がして、そのまま渡されたダンボールを元の場所に置き直した。

 そして脚立から降りるとポケットからウエットティッシュを取りだして手を拭きながら、ついでだからと彼女の勉強用の机に備え付けられた椅子を屈んで見る。

「ああ、確かにがたついているね。言ってくれれば直すのに」

「はい……じゃあ、お願いして良いですか? 今度で良いので」

「あ、おう」

 モカは少しもじもじとしながらも、そう頼んできたので、僕は嬉しく思いながら立ち上がって脚立を畳む。少しずつ、彼女との距離は迫っているようだ。

「……あ、ありがとうございました……え、えとっ、では何か御礼を……」

 僕がそのまま荷物を持って出ようとすると、モカは慌てた様子で僕を引き留める。何故か、少々顔が紅い。肌白い彼女にしては珍しい事であった。といっても先程も紅かったから風邪気味かも知れない。

 僕は脚立を一旦置きながら笑って彼女の頭に手を置く。さらさらとした長い髪が心地よく手の中で跳ねる。鈴の鳴るような、というのはこんな髪の毛なのかも知れない。

「良いよ。その、ありがとう、だけで僕からしたらどんな言葉や品物よりも嬉しいよ」

「し、しかし、こういうのはケジメをつけるべきだと、ち、父が申していましたし……!」

「お父さんは真面目だったんだな」

 わたわたと慌てる様子を僕は可笑しく思いながら楽観的な言葉を返しながら脇に置いた脚立に少し体重をかける。

「は、はい……ですから……えと、良い、ですか?」

「……はい?」

 僕は単純に聞き返しただけだったが、モカは慌てるあまりに少し誤解したようだ。

「で、では、了承が取れたようなので……」

 モカはそう言うと、一段と顔を紅くして僕の肩を掴むとぐっと引き寄せる。僕は抵抗する間もなく、ただバランスを崩して咄嗟に彼女の肩に手をかける。

 そして、モカは近寄る僕の顔にぐっと意を決したように目を閉じて顔を寄せ……。


 ふわりと柔らかな何かを唇に押しつけた。


「え、ええええっと、これで貸し借りはチャラですっ! 良いですよねっ! ではっ!」

 モカは完熟トマトも敵うかどうかと言わんばかりに顔を赤らめて脱兎の如く、部屋を抜け出していく。その様子をぼんやりと眺めながら、ふと唇を人差し指でなぞる。

 姉さんの唇はミントみたいなすっきりした感じだったけど、モカのはお茶みたいな落ち着いた感じだったな……。

 そして、僕はぼんやりと傍らの脚立に問いかける。

「なぁ、この状況をどう思う?」


 今回ばかりは誰も答えるはずはない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ