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第二話 デート with 雪

 幸い、その日は土曜日であった。

 学校が休みだったために、父さんを見送るために空港までついて行く事が出来た。

 実質、暇を言い渡された雪姉も一緒である。

 重たいスーツケースを空港の受付で預け、僅かな手荷物も持ってやって空港の中を歩いていく。姉さんはその間、僕を気配ったり、父さんから家の事を訊ねておいたりとやることなすこと余念がない。

 そしてゲートまで辿り着いて、親父に手荷物を渡すと、彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべた。

「じゃあ、零、後の事は頼んだぞ」

「あいよ」

「それと、お前は真次祖父さんの血を引いているという事をよくよく知っておけ」

「またそれか」

 僕は呆れながらため息をついた。

 親父の父、つまり僕の祖父には溝口真次という無双爺さんがいる。

 スーパー絶倫でハーレム王といろいろと親族の間で噂されている爺さんで、今も生きてファミレスかどこかで女を口説いているらしい。

 その血を、僕は継いでいるとか。何でも〈正室〉の娘であるかららしい。

 〈正室〉とか〈側室〉とかいたらしいけど……早い話が女たらしだ。羨ましい事この上ないが、僕にそんな楽園を成立させる自信も技術もない。

 だが、父さんは真面目な顔で言う。

「だがな、父さんがお前の顔を見た時、『この子は溝口家において最盛期を迎える』と予言し、『零』という名前をつけるよう申し出てきたのだ」

「え……じゃあもしかして僕の名前って直前で差し替えられたの?」

「うむ」

「じゃあ元の名前は?」

「『(しずく)』だ」

「祖父さんに感謝しないとだな」

 そんな女の名前をつけられて生きていける自信は絶対にない。

 見ると、姉さんは脇でくすくすと笑みを漏らしていた。

 父さんは腕組みをしながら、真面目な顔を保って続ける。

「だが、真面目にお前はハーレムを実現しかねない。その兆候はすでにある」

「例えば?」

「言わせるな。この鈍感」

 親父は呵々と笑ってそう言うと、穏やかな笑顔を浮かべて手荷物を担ぐ。

「まぁ、私のこの言葉を少し頭に残してくれればそれで良い」

「――気に留めておく」

「それでは、行くよ」

「はい、お気をつけて」

「行ってらっしゃい」

 僕と雪姉は揃ってそう言うと、父さんは気軽そうに手を振ってその場を後にする。そしてゲートの向こうへとその姿を消した。

 その後ろ姿を見送り終えると、雪姉はそっと僕の手を握ってきた。

「ん……?」

 僕がそちらに顔を向けると、姉さんは少し迷うような素振りを見せたが、くっと顔を持ち上げると僕の手をすがるように握りしめて言う。

「ねぇ、レイちゃん、これから暇……だよね?」

「んー……ああ、そうだな」

 僕は今日の予定を思い起こしたが、特にやる事はない。強いて言えば、家に帰って整理でもしようかと思っていた程度だ。

「確かにないよ。姉さんは?」

「わ、私もないよ」

「じゃあ、一緒にどこか行かない? どうせこのまま帰ってもいつも通りだし」

「――はい?」

 その瞬間、姉さんが固まった。僕の手を握ったまま、その場で硬直している。

 僕は不安になって訊ねる。

「あれ、都合が悪かった?」

「う、ううん……実は、私から誘おうと思っていたから……少し驚いただけ」

 雪姉は我に返ってあはは、と照れ隠しのように笑む。そして、両手で僕の手を包み込んで僕ににっこりと微笑みかけて言った。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 という訳で、僕達はそのまま東京の町中へと繰り出す事とした。


 ちなみに、我々が住んでいるのは埼玉県というとある平成時代には田舎と揶揄されていた街の外れである。いや、今はそんなの嘘だろ、と鼻で一蹴できるほど陛下の改革で大分、発展を遂げたのだが。

 一時間半ほど掛けねば東京には来れないので、あまり我々としては来る機会もない。しかもさらに都心部となればさらに一時間弱掛けねばならない。

 なので来る機会がさらさらないが、平成時代に引き続き、とある場所(・・・・・)はいつだってアニメの聖地らしい。そして、あそこ(・・・)腐女子(ヲトメ)の聖地であるということも。

 と、言う訳で。


「ここね、池袋」

「そうだね」

 人も賑わう騒がしい都心部。東京にはこれだけ人がいるのか、と言わんばかりにゴロゴロと人が溢れかえっている。

 目眩がしそうだが、姉さんは辺りを見渡して、そして指さす。

「あっちね」

「ん」

 紛れてはいけない。僕は姉さんの手を取ると、人ごみの中へと足を踏み入れる。

 そこは歩行者天国の大通り。人が溢れかえっており、すぐに人に流されてしまいそうだ。

 ゲームセンターや飲食店、映画館などが建ち並び、そこからいろんな人が吸い込まれ、そして吐き出されてくる。

 都心ならではなのかもな……。

 僕は歩きながらちらっと視線を姉さんの方に向ける。

「雪姉、どこに行くんだったっけ?」

「…………」

「雪姉?」

「――あっ、うん、えっとここを真っ直ぐ行って、そこの総合アミューズメントセンターがある所の角を左に折れて」

 どこかぼっと紅い顔をしていた雪姉はハッと我に返って微笑んで言う。

 僕は内心小首を傾げながらその案内通りに歩く。

 もしかしたら、彼女、熱中症か何かになったのかもしれない。とりあえず、屋内に引き入れて飲み物でも飲ますべきかも……。

 そんな事を考えていると、雪姉が声を上げた。

「あ、これこれ」

「ん?」

 そこはすぐだった。そこには大型液晶が建物の中央に据え置かれた立派な建物があった。その外装にはどこぞのアニメの絵が大々的に描かれている

「大型アニメ総合店! 本店なんだよ」

「ア○メイト?」

「その言葉は言っちゃ駄目なの」

 雪姉はくすくすと笑うと、僕の唇をちょんと人差し指で押さえて可愛らしく小首を傾げた。

「いーい?」

「――うん」

「お利口さんね。お姉ちゃんはお利口さんが好きよ」

 姉さんは嬉しそうに笑うと、僕の手を引いてぐいぐいと建物の中へと引っ張っていく。僕はよろめきながらそれについていくと、中は冷房が効いていて涼しい。

 今のシーズンは初夏、といった具合でそこまで熱くはないはずだが、営業サービスの一環なのだろう。

 そして、その中はそれにも関わらず一種の特殊な熱気に包まれていた。

 中の掲示板には『八月二日は○○くんの誕生日!』と書かれて応援のメッセージか何かがぎっしりと書き記されている。

「やっぱり本場は違うなー」

 雪姉は感心したように中を見渡しながら歩いていく。僕はその手を離さぬよう少し力を入れてその後を歩いていく。

 そのまま雪姉と僕は売り場を転々と歩き、いろいろなグッズを冷やかして回った。

 面白おかしなグッズがたくさんあり、僕らは笑ったり関心を示したり感心したりとなかなか楽しんでいた。

 そんな中、ふと商品棚の隅に置いてある何かに雪姉は目が引かれた様子で立ち止まる。

「あれ、どうしたん?」

 僕がそちらに向くと、姉さんはえへへと笑みを浮かべてそれを見せてくれる。

 それは何かの紋章が金属片に描かれたものがぶら下がったキーホルダーであった。

「これね、『月夜に舞えよ、妖魔の民よ』ってお話のキーホルダーで……未だ人気のないファンタジー作品ではあるけど、売っていたんだ……」

「ふぅん……これは……魔法陣かな?」

「うん、悪魔召喚の」

 思わず僕はまじまじと彼女の顔を見つめた。

「え、悪魔?」

「悪魔って言っても悪い悪魔だけじゃないんだよ。悪魔って一概に言ってもそれは悪い印象を押しつけただけだもの。人間がね」

 そっと大切そうに、彼女はその魔法陣が描かれたキーホルダーを抱き締める。

「だからね、いつも悪魔であろうと、それに少しだけ、願うの。助けて、って」

「――助けて?」

「過去の私をね」

 くすり、と雪姉は可笑しそうに笑むと、そのキーホルダーを戻す。が、僕はそのキーホルダーを二つ分、すぐに取り上げた。

「……え?」

「買ってあげますよ。お姉さん。それは男のお役目でしょう?」

 僕が戯けて言うと、雪姉は柔らかく微笑んで僕の腕を取る。

「……すっかり、男前ね。レイちゃんも」

 そう言って僕の腕を抱く雪姉はどこか、熱っぽい視線というか、潤んだ瞳というか……なんていうんだろうか、いつもの『姉さん』ではない気がした。


 店を出ると、少し熱い空気が僕らを包み込む。

 雪姉は買ってすぐにつけたキーホルダーをどこか幸せそうに眺めながら、僕の手を握って微笑む。

「嬉しい……」

「そんなキーホルダーで?」

「好きな男の子に買って貰うと得てして嬉しいものなんですよ? レイちゃん?」

 お姉さんぶった態度でそう言うと、姉さんは嬉しそうに笑みを浮かべて僕の手を引いた。

「行こ、レイちゃん。まだいろいろ見て回れるよ」

「そうだな」


 それから僕らは池袋の街を闊歩した。

 大型家電量販店や、全国チェーンの大規模な本屋の総本店、東京一美味いと言われるラーメン屋、レトロな映画館、最新型のゲームを取りそろえたゲーセン……。

 僕らは恋人同士のように、そこを楽しく周遊した。

 たまたま入った乙女ロードのメイド喫茶店では、カップルだと思った若い店員がサービスをしてくれた。何故か、周りにごっついヤクザみたいな兄さんがよってきて僕らを囃し立てた。

 そんな楽しい街の中で、雪姉は無邪気な子供のように幼げに笑ったり、いつもの姉さんのように僕の面倒を見てくれたり、僕の手を引っ張って促したり……。

 いろいろな一面を見られて、僕はどこか嬉しかった。


 緑色の電車に乗って、ガタンゴトン。

 高架の上を走る。高くなったせいか、綺麗な夕焼けが露わとなって僕らの背中を熱する。

 僕らは座席に座って遊んでいた余韻を噛みしめていた。

 そんな中、雪姉がそっと僕の肩に頭を擡げる。

「ありがと……レイちゃん。お姉ちゃんの我が儘に付き合ってくれて」

「別に、今日は用事がなかったからね」

 僕が苦笑しながらさり気なくその頭に手を添えると、姉さんは可笑しそうにくすりと笑った。

「お祖父ちゃんの孫……か……確かにそうね……」

「ん?」

「レイちゃんは、本当に真次さんの孫なんだね……」

 視線をそっと僕に向ける。見上げるようにして。または、上目遣いに。

 その視線がねっとりと絡みつくように、何か危険な熱さを秘めているのは……夕陽が見せている幻影なのだろうか?

 僕ら以外にはその空間には誰もいない。例外的に向かいの座席の隅にサラリーマンが熟睡しているが、それは僕らの密接な時間を邪魔するものにはなり得ない。

 僕と雪姉のこの空気を壊す事は、誰一人敵わない。

 それを知ってか、少し頭を持ち上げると、僕の顔を覗き込むように少し擦り寄って僕の頬を左手でそっと触れた。

「ああ……何でだろう……お姉さんなのに……レイちゃんが、欲しい……」

 そして、ゆっくりと雪姉の大人びた端正な顔が近づき。


「好きよ。レイちゃん」


 僕の唇に、柔らかい物が触れた。

ハヤブサです。


元の一話をしっかり書き直すとこんな長くなるんですね。

いやはや、文章力が多少あるのとないとではこれほど違うのか……。


次も力を入れて頑張ります!

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