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第一話 ハジマリ

 帝聖一七年五月。


 それは平成天皇、阿安天皇と次々と陛下が亡くなり、時代が進んだその時代。

 進む時代に反して、景気は段々悪くなり、阿安時代における何とかという総理大臣は企業と癒着したひどい悪政を繰り広げていた。

 当然、国民はそれを受け入れるはずもない。だが、衆議院、裁判所などは買収され、不信任案を出す事は敵わず、地方自治体は独断で自身の政治を展開していた。そしてそのまま、阿安天皇は急な心臓発作によって逝去してしまい、帝聖時代を迎える。

 総理大臣は替わっても悪政は続く。

 そんな最中、その日、起こってしまったのだ。


 大災害、である。


 かつてないほどの巨大な規模で各地に巻き起こった震災、それに重なるように起きた台風に日本だけでなく、地球全体が戦慄した。

 津波と高波が合わさった巨大な波は、港町は愚か、山も大きく削り取った。

 またその地震の影響を受け、全国の活火山が一斉に活動を急激に活発にさせ、ある地域は噴火を受けて壊滅状態に陥った。

 そんな恐慌に各地は襲われ、安全な場所は失われた。国会議事堂ですら地盤沈下で崩壊してしまったのだ。人々は混乱に陥り、内紛が起こり、子供は捨てられた。

 そして、地が割れ、山が火を噴き、海は人を攫い、風は全てを薙ぎ倒していく。

 国会議員のほとんどは地盤沈下に巻き込まれ、悪政のせいで対策すらまともに取れず、地方では連携が取れず、あちらこちらで好き勝手に悲鳴が起こる。

 その大震災に誰もが、日本は沈んだ、と思った。


 そんな中、立ち上がったのは阿安天皇の甥に当たる、今の天皇陛下であった。


 彼は天皇という名を生かして、周りの人間を鼓舞し、アメリカを初めとした国交を結んでいる国に頭を下げて回り、企業にすら頭を下げて資金や援助を確保した。

 その大震災で議員はほぼ全員死亡、地方自治体も各々の場所で懸命に働いているために国を統率する人間はいない。

 そんな中、国をまとめうる力を持ち、そして資金を確保できた人間として、天皇陛下は認められて今、例外的に総理大臣を務め、今も懸命に捨て子問題に取り組んでいる。


 そんな激動の時代を僕は暮らしていた。

 今、震災から七年が経過し、世界はその傷跡から立ち直ろうとしていた。


「……という書き出しでどうかな?」

「お、良い感じじゃないか?」

 夕暮れの美術室、僕と友人はそこで話し込んでいた。

 その友人、吟詠はデッサンをしながら小脇にあるノートパソコンに手を置いて小説を書いているらしい。友人は僕の作った彫刻をデッサンしながら言葉を続ける。

「そう言って貰えて嬉しいよ。これは零、キミのために捧げる物語だからね」

「ん、そうなのか?」

「ああ、この話は二周目だから(・・・・・・・・・・)

 思わず小首を傾げる僕に、彼は苦笑を浮かべた。

「深く考えなくて良いよ。キミはキミの思うままに進むと良い」

「そう……か?」

「そうだよ」

 吟詠はそう言うと微笑んで手にあった鉛筆を脇に置く。

 その微笑みはどこか人間ではないような……何かを悟ってしまっているかのような笑顔だ。僕は不思議に思いながらも訊ねる。

「デッサンは終わったのか?」

「ああ、御陰様で。時間を取らせて悪かったね」

「いや、お前の頼みだったら断れないよ」

「だろうね」

 くつくつと彼は肯定しながら笑う。

 普通の人間であれば傲慢とか慢心だというのだろうが、僕には分かっている、彼は本物の天才なのだ。故に、彼の笑いはいつも心地よく耳に響いた。

 不意に、ポケットに突っ込まれていた携帯電話がバイヴレーションを鳴り響かせる。

「ん……」

 僕はポケットからそいつを取りだして開くと、父さんからのメールが届いていた。急いで指を動かし、それを開いてみる。


『件名:出張について

 すぐ帰ってきて欲しい。詳細を話したい』


「親父さんかな?」

 吟詠はキャンパスや鉛筆、ノートパソコンをしまいながらちらりとこちらを一瞥して言う。

 僕は頷くと携帯電話を閉じてポケットに突っ込むと、荷物を担いだ。

「悪い、吟。先に帰る」

「ああ、気をつけてな」

 吟は笑って手を振る。僕は手を振るとすぐに踵を返して美術室から出た。

 美術室は特別校舎という建物の一階にある。校舎から出ると、僕は早足で駐輪場に向かう。

 夕暮れですでに生徒の半数以上は帰宅している。そこに残されている自転車は数少ない。そんな中に、時代外れなママチャリがそこに置かれている。

 兄のお下がりの自転車だ。兄貴曰く、こいつはラン・エヴァという名前らしい。由来は知らないが、これは零号機らしいからそういう類に違いない。

 僕はそいつに近づいて盗難防止ロックを外し、荷物を籠に乗せてそれに跨る。キィ、と軋むがまだまだ健在だ。

 僕はスタンドを蹴っ飛ばすと、ペダルを力強く踏んで学校を後にした。


 平成時代の建築技術には目を見張るものがある。

 何せ、震度七を遙かに超えた地震を喰らっても素知らぬ顔で突っ立っているのだから。

 僕の家が良い例だ。モダンな二階建ての家でレンガ造りなんて洒落た作りで華奢に見えるが、こいつは転勤についてこなかった兄の命をしっかり守ってくれた立派な家なのだ。

 僕は門を開けて内側にラン・エヴァを止めると、玄関の扉に手をかけ、開けた。

「ただい……」

「お帰りっ、お兄ちゃん!」

 その瞬間、目の前が柔らかい何かに抱きつかれた。飛びついてきたらしく、バランスを崩しそうになって脇の靴箱に手を置いてバランスを取る。

 こんなことをするのは一人しかいない。

「ちょ、百合、苦しい……」

 僕はその柔らかい何かで幸せな窒息死を迎える事を危惧して慌てて彼女の背中をタップする。

「あ……ごめんっ!」

 百合は慌てて飛び退き、そしてニコリと無邪気で可愛く微笑んだ。

「お帰り、お兄ちゃん」

「……ああ、ただいま」

 僕は息をつきながら笑みを返して返事し、靴を脱ぐ。


 彼女は従妹の百合だ。

 幼い頃、震災時に彼女の親……つまりは、僕の叔父叔母に捨てられたのだ。

 その結果、彼女は三日三晩、公園の隅で泣いていたのだ。ここに残っていた兄を心配して僕が父と共に様子を見に来たときに発見した際には彼女はすでに衰弱しきっていたのだ。

 精神的なショックで立ち直るのに数ヶ月を有した。長野に連れ帰り、父さんとそこの精神科医の献身的なケアで復帰し、今は僕らと同居している。

 天然の茶髪をツインにまとめ、あどけない笑顔で微笑む姿は可愛らしく、妹みたいな奴だと思っている。しかし、何故か胸だけは異様に成長している。何故だ。


 僕は玄関から上がると、百合の騒ぎを聞きつけたのか、台所からひょこっと女性が顔を出した。スーツにエプロン姿のその人はお玉片手に僕の姿を認めると、にこりと微笑んだ。

「あら、レイちゃん、お帰りなさい」

「雪姉、ただいま」

 僕は彼女のまとう落ち着いた雰囲気にやっと帰宅したんだな、という心地を感じつつ挨拶を返すと、姉さんはお玉をどこかに置くと僕の鞄をせっせと受け取る。

「あ、姉さん、良いよ、別に……」

「疲れているでしょ? 良いのよ、遠慮しなくて」

 雪姉は優しく微笑んで鞄を持つと、それを二階にある僕の部屋に運ぶべく階段へと足を向ける。

 僕はその背中を見ながら、良い義姉(・・)を持ったな、としみじみ思うのであった。


 義姉、といっても兄嫁ではない。

 雪……元々、白石雪だった少女を説明するにはまず親父から説明せねばならない。

 父さんは文部科学省の小児保護施設担当課の課長という重要ポストに務めている。そんな偉い人間の息子でボンボンなのか、というとまた違う。

 単に震災で国会議事堂が崩落、大半の議員が死んでしまったので地方公務員、国家公務員の下っ端で実力のある人間が集められたのだ。その流れに親父は乗れただけだ。

 その課ははっきり言ってしまえば、孤児の面倒を見る仕事である。保護施設の管理、視察、里親の募集、その制度の管理など……。

 それに就任した当初、父さんは期待されると頑張る性格なので、早速二人の少女を引き取り、養子としたのだ。


 その少女が白石雪その人である。今は溝口だが。

 彼女は不景気が原因で両親が自殺した、と、本人の口から聞いている。だが、どこか白々しい口調で他人の事を話すようなので、もしかしたら別に真実があるのかも知れない。

 まぁ、必要が迫らない限り、ほじくり返す気にはならないけれども。

 雪は父さんに深く感謝し、今は会計とか経営とかの才を身につけて彼の秘書として書類整理などを頑張っている。僕より三つ年上だ。

 綺麗な黒髪を長く垂らし、清楚な感じでいつも笑っている感じだ。大人のデキる女性、と言えばよいだろうか。頼れる姉さんだ。


 僕は姉さんの後ろ姿を見送ってから居間に入った。

 居間にはソファーがローテーブルを挟む形で二つ鎮座している。そこには父さんと少女が別々のソファーでくつろいでいた。

「ただいま」

「おう、おかえり」

「ん、おかえりなさいです」

 父さんは穏やかな笑みを見せ、少女はそっけなく顔を背けて言う。

 僕は思わず苦笑しながら少女の隣に座る。彼女はちらっと僕を一瞥すると目を伏せた。


 先程の親父が引き取った少女。その二人目が、彼女、モカである。

 彼女は二年前に引き取られてきた、一番、この家の中で日の浅い少女である。

 同学年で毎日、一緒に登校しているが、イマイチ打ち解ける事が出来ない。少し避けられているのではないかと思いたくなってくる。

 去年のプレゼントとしてリボンを贈ったら、何故かそれは付けずにポニーテールをしばしば結うになった。やはり嫌われているのだろうか。

 黒髪のポニーテールで吊り目に強い眼光、そして強い口調とあまり敵に回したくない、しかし凛として美しい少女だ。


「お父様、全員揃いましたね」

 姉さんと百合が居間に入ってくる。それを見て、父さんは頷いて見せた。

 百合がひょいと僕の膝の上をちゃっかり陣取り、僕の空いている方の隣に姉さんが腰を下ろす。それを親父は確認すると一人一人の顔を確認するように視線を動かしながら言った。

「では、報告だが……今回、出張する事になってだな。イギリスの施設視察のために雪は同行させる事が出来ない。つまりはここにいて貰う形となる」

「はい」

 姉さんが頭を下げるのを父さんは見ると、今度は僕を見つめた。

「それでだ、不在期間中は零、お前に留守を預ける」

「――ん……まぁ、それは良いけど、さ」

 僕は何となく嫌な予感を感じ取りながら言った。

「期間は?」

 父さんは目を細め、僕の顔をじっくりと眺めた後に口を開いた。


「一年、だ」


「はぁ!? 一年っ!?」

「ひゃうっ!」

 僕が驚いて叫び声を発したせいで、膝にいた百合がびっくりしたような声を上げた。

「あ、悪い、百合」

 僕が謝っていると、父さんは少し残念そうに、だがどこかわくわくした様子で言った。

「暫定ではあるがな。まぁ、一年あればもしや見たいものが見られるかも知れんしなぁ……」

「は? 何を……?」

「……いや、孫が見たいなんて言えるはずがなかろう」

「はい? 声が小さいんだが」

「いや、何でもない」

 早口で親父は言うと、穏やかな笑みを浮かべる。安心できるような柔らかい笑みだ。

「とにかく、私はイギリスの教育制度や保護施設を査察してこなければならんのでな……留守は頼んだぞ。零。金はしっかりと仕送りするから」

「……ふぅ」

 僕は百合の頭を撫でながら思考を整えると、冷静に言った。

「兄貴にはこのことは?」

「言っておらんぞ?」

「言わなくて良いのかよ」

「だって連絡先知らんし。ここ数年音沙汰ないし。てか、あったらそっちに保護者を頼んでいるわ」

 ですよねぇ……。

 僕は引きつり笑いを浮かべていると、脇のモカが小さく発言した。

「それで……出発はいつですか?」

「あー……それが……突然なんだが、な」

 父さんは笑みを強ばらせながらその言葉を吐き出した。


「明日だ」


「はぁ!?」


 家中に戸惑いの声が響くのであった。

ハヤブサです。


さて、満を持しての投稿となりました。

丁度、昨年の夏に完結したキススル?を復活させました。

今回はきっちりと筋を通し、伏線もしっかり張っていきたいと思います。


さて、長くお付き合いする事になるとは思いますが、是非ともよろしくお願い致します。

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