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いつかふたりで

作者: まねきくま

「可南子。お前新入社員をいじめてるのか?」


昼食時の食堂でいきなり何を言い出すのかと思えばその事か。


だから、高村、お前もかという気分で目の前にいる奴の顔を見上げながら


「例え自分がそう思ってなくても、相手がそうだと思えばそうなんじゃない?」


不愉快に思いながらも笑顔を浮かべて言い切ると、あらかた食べ終わったトレーを持って席を立った。


今日だけで一体何人目だろう。おまけに今言われたのは、結婚を意識している男だ。少なくとも高村ぐらいは私の味方になってくれると思っていたのに、世の中そんなに甘くないって事か。信じていても救われないものだな。


まぁ私的には、これが潮時って事なのかも知れないと一人納得したところだけど。


結局私には愛だの恋だのってモノは必要ないって事だ。洗面所で鏡を見ながら、今年入った新入社員の子と比べていかに自分が年を重ねてきたのかが分かるような気がして、ますます気が滅入っていくようだった。


きっと午後からの仕事も思い通りには行かないだろうと思うと気が重い。そして嫌な予感ほど良く当たる。


「小西さん。午前中お願いしていたデータ集めていてくれた?」


きっと私にいじめられていると言っている奴に確認すると


「まだ出来てません。」


という返事が返ってきて


「午前中に終わらせて貰わないと困るんだけどね。」


確か時間指定したはずだけどと思いながらパソコンを覗くと、私が指示した事じゃなく隣の浅野の仕事を手伝っているようだった。


「私、午前中にデータ集めてってお願いしたよね?」


「スミマセン。俺が雛乃ちゃんにお願いしたんです。」


「浅野に聞いてんじゃない。小西さんに聞いてんの。それでどうなの?」


「えぇ。でも私がすると時間掛かっちゃって。浅野さんに聞いていたんですぅ。」


「で、どこまで終わってるの?」


「え?それは・・・」


はいはい。まだ全然やってないって事だね。


「さっき預けたファイル返して。それと浅野、アンタそれやって貰って余裕あるんだったらファイルの見方とデータの集め方教え直しといて。」


一応、主任なんて肩書貰ってるんだけど、私の教え方が悪いのかこの子に仕事を教えて振ってもその通りに出来た試しがない。ここに来て二週間じゃそれは無理なのか?でも、浅野は同じ指示出してできてたはずなんだけどな。浅野だけじゃなく、新人の女の子達だって指示を仰ぎながらだとしてもやってたはず。

でも、コイツは・・・


で、私が苛めてるって噂が聞こえてきた訳だ。コイツの仕事を八割方請け負って毎日残業してるにもかかわらずにだ。定時になるとヒラヒラと「お疲れさまでーす。」と帰って行く女に黙っているだけでも凄いと思うのは私だけなんだろうか。お局様のヒガミ?そうしか取られていない事も噂で聞いた。もう面倒だからあの子に仕事振るの止めようかなんて疲れてくると思ったりする。


どうしたらいいものか休みの日にまで考えてると、家主の高村が


「おまえの所に入ってきた小西雛乃ちゃんて可愛いよな。」


なんてしみじみ言われると頭にくる。


「あっそ。じゃ、アンタ課長なんだからあの子引き取って」


半分本気で言うと、


「えっマジで?じゃ交渉してみっかな」


嬉しそうなコイツに、やっぱり潮時なんだな。アラサ―のヒガミでもないけど、若い子には逆立ちしても敵わない。たまたま給湯室で聞こえてきた恋バナで


「高村課長ってタイプ。彼女居るのかなぁ」


って、あの子が言ってたの聞いたし、私だけが知っているコイツ達の相思相愛。今カノとしては心境は複雑だけど、別れるには丁度いい頃合いだし、1がゼロになるだけだからダメージは少ないはず。


もともと私達が付き合うって事に無理があったんだから大丈夫なハズだし。同期で腐れ縁も解消出来て高村からしてみれば願ったり叶ったりじゃない?


計画を練るために、ここはひとまず退散と思って


「悪い、ちょっと用思い出した」


と何か喚いてる高村を放り出してさっさと自分の家に帰って来ると、それなりのシュチュエーションを考えてこの辺では一流と言われてるホテルのレストランを予約した。


それからなぜか追いかけてきた高村を適当にあしらいながら来週の金曜の夜レストランを予約した事を伝えた。高村は一瞬表情を崩しただけで後はその件に触れず、何かを思い出したように帰って行った。


突然来て突然帰って行くのはいつもの事だから驚いたりはしないけど、何考えてるか分からないのはお互い様かもしれない。付かず離れず丁度いい距離を取れる事で楽な関係を続けてきたけど、もうすぐそれも終わるんだな。


結局、高村の口からは一度も結婚の話はおろか好きだって言葉すら出なかったし、意識していたのは私だけだったんだ。もしかしたら、高村にしてみればセフレだったのかもしれない。漠然と今までの事を思い返してみて勝手に一人で盛り上がっていた事に恥ずかしくなった。


動きがあったのは水曜日の事。高村が月曜日の朝イチからウチの課長に来てたのは分かってたけど、何しに来てたのかは別に興味ないから認識だけはしてた。でも、水曜の朝になって課長から


「小西君の担当から外れて貰って、かわりに寺田君の担当を頼む。」


なんて言われて


「そうですか」


としか答えようがなく、嬉々としてデスクの内外を片づけている小西の背中を見ていた。


結局何一つ教えてやれなかった事に後悔した。どうせ苛められるって言われているのだから、もう少し強く出て教えても良かったんじゃないかと思っても全ては後の祭り。無能な後輩指導者の烙印を押されて引き下がるしかなかった。そして、無駄に笑顔を振りまく高村が


「こちらが今度担当になる菊地可南子さんだ。頼りになる姐さんだが、くれぐれも面倒を掛けないように。じゃ、可南子よろしく頼む。」


「いいえ。こちらこそよろしくお願いします。小西さん頑張ってね。」


ウチの課長が立ち会う形で新入社員指導のメンバー替えをしたけど、同じ部内とはいえ私にとっては前代未聞。屈辱的な出来事でテンションががっくりと落ちた。


「あのう・・・私は何をすればいいのでしょうか?」


寺田君の困った声を聞いて、そうだ、そんな事は言っていられないんだった。と気を取り直して小西さんに言った事と同じ事を言って同じ指示を出した。それから数時間後。あぁ、指示が通るって素敵な事。今までとは違いスッキリした気持ちで仕事ができた。思わず寺田君を褒めると


「いやーこれ位出来ないといつまでも帰れませんからね。」


なんてのたまう。どういう事かと問えば


「高村課長は、自分のノルマは自分で消化しろって方針で、終わらなければ残業でも何でもして終わらせろって言われてたので、それこそ必死で覚えてやっとここまで出来るようになったんです。」


へぇー意外。高村が新年度になると必ず新人引っ張って来てたのは知ってたけど、スパルタ方式でビシビシやってたなんてね。高村って優しいイメージしかなかったから、そんなこと思いもしなかった。


「そうなんだ。じゃ私のやり方じゃ生ぬるいかしら?」


からかうように言ってみれば


「いいいえ。決してそんな事はありません。」


怯えたように首を振られると私も傷付くんですけどね。隣で浅野が笑ってるし。まっいいわ私は私のやり方で。寺田君には怯えられてるみたいだけど、あんな噂が立ったばかりだし仕方ないか。


久しぶりに定時で上がる事が出来て、ふと高村の方を見るとトレードした彼女の背後からマウスを動かして教えてのか、それはもう仲良く密着してる二人を見てもうお近づきになっちゃったのねと思い、高村との間に見えない壁が出来たような気がして心にポッカリ穴が開いたような気がした。


もしかしたら金曜日来ないかもしれない。そうなれば自然消滅を待つ事になるのかな。出来るなら傷は浅い方がいいけど。話し掛ける気にも慣れなくて、そのまま帰る事にした。


寺田君が来てから仕事はいたく順調で滞る事なく、少し前が嘘みたいだ。


おかげで待ち合わせの時間前に髪を切って来る事ができた。肩よりちょっと下のセミロングだった髪を一気にショートにした私。高村は気が付くだろうだろうか。


あれから顔を合わせる事もなかったし、新しい彼女に夢中なようだから気付く事もないか。もうすぐ待ち合わせの時間の8時。もちろんそれは私が残業になる事を織り込み済みだったんだけど、高村の方が遅くなるのは必至で、仕事で遅くなるか、来ないかのどちらかになりそうだ。


「遅くなりそうだ


」なんて連絡もないまま約束の時間になっても高村は来ないけど携帯を鳴らして呼ぶなんて無粋な事はしたくない。私が恥を掻けばいいだけの事。傍から見ても待ち人来たらずって分かるよな・・・。


自分が惨めになるから泣いたりなんかしない。30分待って来なければこのまま一人で食事して帰ろう。そう思って一人窓の外に目をやり夜景をぼんやりと眺めていた。

「菊地様」


窓の外に目を向けていた私にボーイが声を掛けたので、そろそろオーダーしないとマズイのかも知れないと思って呼ばれた方に目を向けると


「お連れ様をご案内いたしました。早速ですがお食事の御用意をさせていただきます。」


笑顔を浮かべて去っていく様は、さしずめこれで面倒が無くなったってとこか。迷惑な客だって事は百も承知。なんてったってこの後修羅場が待ってるんだから。まぁ修羅場になるかならないかは私の目の前に座った不機嫌丸出しのこの男に掛かってるんだけど。


座ったっきり一言も発しないまま、私を睨んでいる高村には悪い事をしたんだという自覚があるから私も何と言ったらいいのか分らない。そんなに彼女との時間を邪魔されたくなかったか。いっそこんなまどろっこしい場を設けずに別れた方がよりスッキリできたのかも知れないけどと思いながら、タイミング良く現れた食前酒を前に


「まずはお疲れ」


と言ってワイングラスを掲げると高村も釣られるようにグラスを掲げた。カチリと音を立てて乾杯した後半分ぐらい中身を飲みほし、グラスを置いた時


「どうして髪切ったんだ」


高村が責めるような口調で私に尋ねた。


「ん?いろいろ思う所があってね」


そう答えた私に高村はますます不機嫌になり眉間の皺がいっそう深くなった気がした。私が髪を切ったぐらいで、どうしてコイツが不機嫌になるのか理由が分からないよ。


気まずい雰囲気の中、それでも沈黙には耐えられなくて一方的に話掛けて何とかデザートまでこぎつけた。相槌を打つばかりで何の返しもしない会話とは程遠いやり取りに 折角の高級な料理は味気ないものになってしまったけどしょうがない。


「高村、折り入って話があるんだけど」


本題の話を切り出そうとすると


「俺もお前に話がある」


さっきから相槌を打つ以外一言も喋らなかったのに一体なぜ?疑問に思いながらも


「話って何?」


って聞けば


「お前から話せ」


って言うし。私の話をしたらもう全て終わりなのにそれでもいいのかしら?そう思いながらも、言わなきゃどうしようもないので覚悟を決めると


「高村、別れよう。今まで楽しかった。ありがとう。さようなら大好きだったよ。」


そう言って席を立ち高村に背中を向けた。きっと高村も同じ事を言おうとしたんだろう。これですべてが終わり。と思った時だった。後ろからがっしり手を掴まれ耳元で


「冗談じゃない。ふざけるな。まだ俺の話は終わっていない。」


聞いた事もないような低い声で怒りを露わにするのを初めて聞いたような気がする。戸惑う私に追い打ちを掛けるように


「部屋取ってるからそこに行くぞ。」


有無を言わさず引っ張っていくなんて乱暴な事をするような人じゃないと思っていたからますます驚いて、言われるがままに動くしかなかった。がっしりと掴まれた手を振りほどこうとしても、全然離してくれなくて二人きりになったエレベーターの中で


「ちょっと、一体何なのよ」


今度こそと思って手を振りほどくと


「お前こそ一体何なんだよ。何考えてんのか分からねーよ」


いつもの優しいスマートな雰囲気はどこへやら怒りの感情しか見えてこない。お互い睨みあったままエレベーターを降り


「もうやだ。帰る」


と言って近づいてきた高村をかわすように背を向けると背中から抱きこまれ


「分からず屋にはしっかり体に覚え込ませないとな」


不穏な事を耳元で言ったかと思えばガッチリとホールドされ


「ちょっと待ってよ」


と言う言葉も空しくどこかの部屋をカードキーで解錠すると中に押し込まれた。


「一体何がどうなってんの?訳わかんないんだけど?」


私は高村と別れるつもりで此処に来たんだけど、高村は何を考えてるのか分らない。部屋のドアを閉める背中を非難すると、


「訳わかんないのはそっちだ。俺は別れる気なんて無い。だいたい人がプロポーズしようとしてる傍からそういう事言うか?」


「は?何それ?プロポーズって何言ってるの。私ってセフレじゃ無かったの?」


私からすれば、ただの暇な時間を埋める相手でしか無かった気がするんだって気が付いたのは最近だったりするけど。


「バーカ。そんな訳ないだろうが。大体、俺の態度のどこにそんな要素が含まれてた?」


「だって小西可愛いから引き取りたいって言ったじゃない。言った傍からすぐ引っ張って行ったくせに。」


「それは、あの馬鹿女がお前に苛められてるなんて言うし、お前が困っているからやったんだ。お前に新人の男なんか付けたくなかったのに、こっちはどんだけやきもきしてたか分かるか?」


そんな事知る訳ないし。


「そうよね。寺田君いい子だから手放したくなかったわよね。」


「そうじゃねぇーよ。お前過去に男の新人担当何人してきた?そしてその度の評価って聞いたことあるか?」


完全にケンカ腰で話していたけど、評価と言われて首を傾げた。たいがい皆一年で他に行っちゃうんだよね。新人で入って残ってるのは浅野だけって事はやっぱり育て方がマズイのかなぁ。


「そういや、聞いた事ないわ。みんな一年でどっか行っちゃうしねぇ。」


ショボンとして言うと


「育て方が巧いから一年でお前のとこ卒業していくんだ。上もそれを見越してお前に預けるんだよ。そして大体の男は嫁にするならお前みたいなのがタイプだって言うんだ。だから出来るだけお前んとこに男が行かないようにしてたのに、お前って奴は全然自覚ないから俺がどれだけ苦労してるか分かってないし。」


そんなの知るか。勝手に苦労してればいいじゃん。そんなこと聞いた事もなかったから絶対眉つばものだ。信じてない私は


「ありえねーって言うの」


と嘯いてみる。すると、あからさまに溜息を吐かれ


「だいたい今日だって、お前にプロポーズの催促されてるのかと思ってちょっとカッコ悪いけど乗っかってみたら、髪は短くしてるし別れるなんて言い出すし。おまけに今までの付き合いはセフレだなんて言い出すし。俺の面目丸つぶれ。この責任どうやって取ってくれる。」


真面目な顔から一転、意地悪そうな顔をして近づいてくるから咄嗟に逃げだすけど、今日に限って踵の高いヒールを履いてるから思うように動けない。すぐに抱き込まれてしまい観念するしか無さそうだ。


「可南子」


私の名前を呼ぶ熱い吐息が耳元にかかる。


「もう待てない。一生大事にする。結婚してくれ。」


「・・・やだって言ったら?」


「それは無いだろう?。この間、飲み会の後に「そろそろ結婚してもいいかな。」って言ったから、やっと仕事辞める決心ついたんだと思って機会を窺ってたんだから。忙しくて指輪見に行く時間無くて悪かったけど」


って、私いつそんな事言ったんだ?記憶無くなるほど飲んだ覚えは無いんだけど・・・それとも、もしかして話の流れでそんな話してたかな?たしかにあの時までは高村との結婚を考えてはいたんだけどね。曖昧に笑うと、その違和感に気付いたのか


「そう言ったのはホントだって。結婚したらすぐにも子供つくりたいし前からお前が仕事好きなの分かってるから言い出せなくて、それ聞いてやっと背中押されたんだ。それに、ちょっとはその物分かりの良すぎる所に灸を据えたくて小西の名前出しただけだったんだけど、意外にお前が弱ってたから早く手を打っただけで何もやましい事なんて無いんだからな。」


好きなのは私だけで、付かず離れずの関係だと思ってたけど、そんな風に考えてくれてたんだ。もう潮時だと思っていたけど、高村は高村で別な意味で潮時だったんだね。


「高村・・・」


このまま高村に流されて行ってもいいの?甘えてもいいの?言葉に出来ない想いが私の中を駆け巡り高村の腕をギュッと握ると、分かったと言うように抱きしめる腕に力が入った。


「可南子。いい加減、俺を名前で呼んだらどうだ。まさか俺の名前知らない訳でもないだろう?」


今更なんだけど、名前を呼ぶのは恥ずかしいんだってば


「だから、耳元で言うのは止めてって・・・篤」


尻つぼみだったけど頑張って言ったと思ったら今度は高村が固まった。


「うわっなんか照れる。」


拘束する腕の力が弱まって、高村の胸に顔を押し付けていると「可愛い奴」と頭を撫でられて


「可南子、一緒に幸せになろうな。」


再びの高村のプロポーズの言葉に


「うん。一緒に幸せになろう。そして、いつか二人で仲良く縁側でお茶しようね。」


高村と顔を見合わせて笑いあうと、どちらからともなくキスをして抱き合った


幸せはきっと二人で作っていくもの。私達はやっとそのスタートラインに立ったばかり。でも、いつか二人で幸せを実感できる日がくるはず。きっとそれは遠くない未来のはなし


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