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オタクに優しいギャル王子

作者: 鉄人じゅす
掲載日:2026/06/14

 私、ユーリア・グランツヴァイクは自室のベッドの上で原稿用紙の束を胸に抱きしめにやにやと笑っていた。


 机の周囲の壁には最新の恋愛小説の挿絵を切り抜いた紙が所狭しと貼られている。

 題材はすべて黒髪・真面目・冷徹・寡黙・眼鏡・誠実・読書好き。いわゆる私の最推し系令息。


 『さらば麗しき暁の薔薇』『氷の伯爵様の溶けない誓い』『黒翼の貴公子と無垢なる女家庭教師』

 題名はすべて記憶してるし、どの巻のどの章のどの台詞が一番尊いかも即答できる。

 そして机の上に積み上げられた束は私自身の手による二次創作の同人原稿。


 表向きはペンネーム『ユーリィ・ホワイトローズ』名義で印刷所を経由し王都の夢見る令嬢たちにこっそりと頒布されているささやかな趣味の結晶。

 これは乙女の嗜みというやつだ。

 主人公はいつも黒髪・冷徹・寡黙・眼鏡・誠実。

 原稿に頬擦りしながら、私は今日も至福のため息を、ふー、と吐いた。


「ねえ、原稿。これ以上の幸せが世界にあると思う? ないわよね」

「あるわよ」


 部屋のドアを蹴破る勢いで開けながら、姉のクラリーナが声を張った。


「ユーリア! 明日の城の夜会を忘れたとは言わせないわよ!」

「お姉様!?」

「あなたねえ」


 姉、クラリーナ・グランツヴァイク。私と同じ親から生まれたとは思えない、輝く金髪に翡翠の瞳の王都社交界の華の一人。

 私とは正反対。社交大好き、煌びやかさ大好き、流行最先端を追い続ける、生まれながらの夜会の女王。私に厳しくも優しい……いや厳しいだけか。


「いい? 明日は、王太子殿下のお誕生祝賀会よ。グランツヴァイク子爵家から私たち姉妹が出席するの。あなたの欠席は許されない」

「お姉様お願い、私夜会は苦手はなんです」

「同人誌に毎月百ゴールド使うあなたが何を遠慮するの。子爵家の対面よ。明日ばかりは原稿のことは忘れて令嬢の顔をしてちょうだい」


 姉の翡翠の瞳が本気だった。

 私は、原稿を抱きしめたまま観念して頷いた。


「……はい、お姉様」


 王太子殿下のお誕生日は私の原稿から見ればただの邪魔者でしかないけれど。


 王宮の大広間はシャンデリアの光と令嬢たちの香水と上等なシャンパンの香りで息ができないほど煌びやかだった。

 私は姉のクラリーナの後ろに半分隠れるようにして夜会の会場に立っていた。

 今夜の私は墨色のドレスで一番地味な色を選んだ。極力誰にも見つからないように。


「あらクラリーナ様お久しぶりですわ」

「あれが妹様? 社交界では珍しい御方ね」

「あの黒髪、染めていらっしゃるのかしら?」


 そう、私の髪は黒い。

 祖母が東方の国の血を引いているとかで私だけ家系図を辿っても誰にも似ていない。墨のような黒髪を持って生まれた。

 姉は煌めく金髪。私は深い闇の黒髪。社交界では私の存在はちょっとした珍獣扱いだ。

 そんな私の鬱屈した思考を、突如、響いた歓声が引き裂いた。


「殿下!」「クライス殿下!」「こちらへ!」


 会場の中央がぱっと薔薇色に染まった気がした。

 振り返ると令嬢たちが羽根のように両側に分かれその間、悠然と歩いてくる一人の青年。

 朝陽を凝縮したような輝く金髪。

 ガーネットを切り出したような深い赤の瞳。

 仕立ての良い純白に金糸の刺繍を施した王太子の正装。

 そしてやたらと軽い足取り。


「いやーキミたち今夜も最高に綺麗だね! あ、リーリエ嬢その髪型めっちゃ似合ってる、デート行こう」

「殿下ぁ! お戯れを!」

「マリエール嬢、その扇子新作? 趣味いいねぇ、今度詳しく聞かせて」

「もう、殿下ったら……」


 クライス・フォン・アルバルト王太子殿下。


 弱冠二十二歳、王国一の美貌と剣の腕とそして遊び癖で社交界を震撼させる、ザ・ギャル男プリンス。

 私は原稿用紙を胸に抱える代わりに口元を扇子で隠し心の中でため息を吐いた。

 真面目系冷徹眼鏡令息と対角線上に位置する最も縁遠い御方だわ。

 ところが。

 殿下の赤い瞳がふっとこちらを向いた。


「お、グランツヴァイクのご姉妹じゃん! 今夜来てくれたんだ、嬉しいなぁ」


 殿下がまっすぐに私たちの方へ歩いてきた。


「で、で、殿下!」


 姉のクラリーナが瞬時に瞳を輝かせて深く膝を折った。


「お招きいただき、グランツヴァイク子爵家、誠に光栄に存じます」

「クラリーナ嬢、相変わらず光ってんなぁ! 今夜のドレスの肩のラインなんかさもう詩。詩そのもの。詩集編まない?」

「まあっ、殿下ったら、お戯れを……」


 姉の頬が薔薇色に染まる。

 あの鉄壁の社交家の姉がたった三秒で陥落した。

 さすが王都社交界の最強遊撃手。守備範囲広すぎるんご。推しの球団に分けてやれ。私はちょっと姉が心配になった。

 そして殿下の赤い瞳が私の方へ向いた。


「で、こっちが、噂の妹さん? ユーリア嬢でいいんだっけ?」

「……はい。お初に、お目にかかります」


 私は最低限のカーテシーをしてすぐに目を伏せた。


「いやー、噂通りの美人じゃん! 黒髪マジ綺麗、夜空みたい。お似合いの令息を紹介してあげよっか?」

「結構です」


 会場が一瞬止まった。

 私はいま王国の王太子の好意的な提案をばっさり切り捨てた。

 姉が扇子を取り落とした。

 周囲の令嬢方の表情が凍った。殿下の従者が滝のような汗を流し始めた。

 殿下は赤い瞳を丸くした。

 それから口元がふっ、と緩んだ。


「あれ塩対応?」

「お気を悪くされたなら申し訳ございません。私は夜会のような華やかな場が性に合わない人間でして。早めに帰宅させていただきたく殿下のお手を煩わせるつもりはございません」


「ふーん、あー、なるほど。じゃあ、好きな男のタイプだけ教えてくんない?」

「……は?」

「いや、なんとなく」


 殿下の赤い瞳が悪戯っぽく煌めいた。

 ここで否定するのも面倒で私はつい本音を漏らした。


「黒髪、寡黙、真面目、誠実、冷徹、眼鏡。それと、書斎で読書をしている時間を尊重してくださる御方が好みでございます」

「真逆じゃん俺」

「ええ、真逆でいらっしゃいますわね」

「だな! ありがと、参考になったわー」


 殿下はわははと笑いひらひらと手を振って別の令嬢たちの方へ、戻っていった。

 私はようやく息を吐いた。


「よし、ミッションコンプリート」


 姉が扇子で私の頭をぴたんと叩いた。


「ユーリア。あなたいま、王太子に何を言ったの」

「タイプを聞かれたのでお答えしました」

「お答えしましたじゃないわよ!」


 姉は頭を抱えたが私は心底、ほっとしていた。

 これで殿下が私に興味を失ってくださるなら安いものだ。

 あとは早めに屋敷に戻り続きの原稿を進めるだけ。

 そう思っていたのに。


 翌朝。


「クラリーナお嬢様、ユーリアお嬢様! 大変です、大変です!」


 侍女が息を切らし、私と姉の朝食の席に飛び込んできた。


「王太子殿下からのお遣いがいらしてます!」

「殿下から……?」


 姉の瞳がまた輝き始めた。

 私は紅茶のカップを置き嫌な予感に眉を寄せた。

 応接間に通されたのは王宮からの正式な使者。手にしているのは家紋入りの封筒。


「グランツヴァイク家のご令嬢、ユーリア様への王太子殿下からのお招き状でございます」

「お姉様、頑張ってください!」

「……」


 姉様が睨んでくる。今、姉様の名前だったよね。あれ? 違う?


「明日王宮の薔薇園にてお茶会を予定しております。お一人でお越しいただきたく」


 なぜ、私が。

 なぜ、姉ではなく私が。

 なぜ、塩対応した私をわざわざ、お一人で。

 おもしれー対応したら受けたから? ウッザ!



 翌日、王宮の薔薇園。

 私は黒のシンプルなワンピースに地味な小ぶりのリボン。原稿の続きを書き上げるのに頭がいっぱいで化粧もそこそこに出向いた。

 無理やり連れ出されているという気分を隠す気もなかった。

 そして薔薇園の中、白い東屋にその人は立っていた。


「やあ、ユーリア嬢」


 声を聞いた瞬間私の足が止まった。

 東屋に立っていた青年は確かに王太子殿下の体格、王太子殿下の声音。

 だがその姿は昨夜とは別人だった。


 艶やかな漆黒の髪。

 銀縁の細い眼鏡。

 黒のシンプルな三つ揃いに、銀の懐中時計。

 手には革表紙の古典詩集。

 朝の薔薇園でしっとりとページをめくっていた、その姿は……。


「……黒髪真面目系冷徹眼鏡読書系令息?!」


 私は思わず声を上げた。

 殿下のいや殿下の姿をした誰かはふっと顔を上げ冷ややかな微笑を一瞬だけ浮かべた。


「貴女の好みを聞いたものでね。演出してみた」

「演出……?」


「髪は染料、これは伊達眼鏡、衣装は仕立て直し。詩集は急ごしらえだが、なに原典で五ページほどは暗唱できる」

「あの、殿下、私はそんな大層な」


「クライスと」

「……はい?」

「クライスと呼んでくれないか。ユーリア嬢」


 殿下はすっと私の手を取りその甲に唇を寄せた。

 冷ややかで丁寧でまるで小説から抜け出してきたような触れ方で。

 ぐらりと私の中で何かが揺れた。

 い、いや、待て私。


 これは殿下だ。あのチャラい王子だぞ。

 昨日、令嬢三人にデートを申し込んでいた、ザ・ギャル男プリンスだ。

 姿を変えたところで中身は軽薄、軽率、脳内カラッポ、軽さの三段重ねの御方だ。

 私は唇を引き結び深く深呼吸して冷静さを取り戻した。


「殿下。なぜここまで」

「ユーリア嬢。私は貴女が好みだ」


「……は?」

「昨夜、塩対応をされて興味を持った。さっき貴女の姉君に貴女の好みを徹底的に聞き出した。そして変えるべきは貴女の好みではなく私だと判断した」


 マジかよ。ギャル男ってここまで行動力あるの!?

 殿下の赤い瞳が、漆黒の前髪の隙間から、まっすぐに私を見ていた。

 くっそ、顔は良い。マジで良い。これは否定できない。


「貴女が望むのなら私はいくらでも変わる」


 私の中で長年積み上げてきた「真面目系冷徹眼鏡読書系令息」のイメージ図書館が轟音を立てて書架ごとなぎ倒された。


「ユーリア嬢」


 クライス様は漆黒の前髪を掻き上げゆっくりと内ポケットから一冊の薄い本を取り出した。

 それを見た瞬間、私は息を止めた。

 装丁少々粗め、表紙は淡い薔薇のイラスト。タイトルは『黒翼の貴公子は侍女の名を呼ばない』 著者名はユーリィ・ホワイトローズ。

 私の最新刊の同人誌。


「これ私のお気に入りでね」

「……は」

「俺、いや私は第三章の貴公子が侍女の手を握りながら『その名を呼ぶ資格は私にない』と呟くシーンが特に刺さった。あそこの一行目から二行目への改行の間。あの呼吸に作者の力量が出ている」


「……」

「後書きの『推し令息に脳を焼かれて生きている令嬢へ』という呼びかけ、あれも秀逸だ。同好の士に対する明確な目線の置き方。これはただの嗜好ではなく思想だ」

「………あの、殿下」


「ん?」

「殿下、なぜ、私の同人誌をお持ちで」

「ああ、『ユーリィ・ホワイトローズ』先生な。俺、半年前から追ってんだ」


 私の手が震えた。


「えっ?」

「言ってなかったか。君は貴族街では知る人ぞ知る人気作家だぞ。少なくとも、俺の周りで最新刊は王宮図書室の禁書扱いの棚に三冊忍ばせてある」

「禁書扱いの棚に!?」


「俺と書記長と宮廷魔術師長で隔週読書会を開いている。今度のテーマは『黒翼の貴公子』のキャラ造形分析だ。よかったら、来るか?」

「読書会!? すっごく興味ある……あるけど!」


「あと、夏の同人誌即売会は王立図書館の地下書庫を貸し切る予定だ。許可は俺が取った。貴女の新刊を買い切らせてくれ」

「買い切らせて!?」


 私はもはや何度目か分からない悲鳴を上げた。

 殿下は漆黒の前髪を掻き上げ目を細めてふっと笑った。

 笑った瞬間、その表情に昨夜のチャラいギャル男王子の片鱗が顔を出した。


「ユーリア嬢、あー、いや、ユーリア。俺さ、推しに脳焼かれてる女、超尊いと思うわけ」


 …………。

 ギャル男王子の口調が出ましたわ。


「俺、女の子はみんな大事にする派でね。だからキミの推し活も執筆活動、ぜんぶ最大火力で応援する。同人誌の流通も印刷所も即売会場の確保もなんなら警備もぜんぶ王太子権限で押し通す。オタ活邪魔するやつは全員俺が消すから」


「殿下!? 言葉遣い!? 黒髪真面目系設定はどこに!?」

「あ、わりぃ。つい素が出た。コホン」


 殿下が咳払いをして再び冷ややかな表情に戻る。


「失礼。ユーリア嬢。貴女の創作活動を私は全身全霊で支援したい。貴女の筆を妨げる一切を私が排除しよう」

「言ってる内容、変わってないですわ!」


 私は思わずツッコミを入れてそして気付いた。

 私は笑っていた。

 夜会で誰にも見せたことのない原稿に向かう時にしか出さない、心から緩んだ笑い顔で。


 殿下はしばらく私の顔をじっと見つめた。

 そして、漆黒の前髪を掻き上げて苦笑した。


「ユーリア嬢」

「は、はい」


「私は貴女の理想の令息にいくらでも近付こう。髪も眼鏡も口調も振る舞いも。だがひとつだけ変えられないことがある」

「は」


「貴女の同人誌を楽しんでいるのは俺だ。チャラい、軽薄な、ギャル王子の俺だ。塩対応されて初めて心から面白いと思った女に出会えたのも俺だ。詩集を愛好する冷徹令息ではなく、貴女の原稿を握りしめて夜中まで読みふけっている、しょうもない俺の方が貴女と同じ熱量で貴女の世界に没入している」


 殿下の赤い瞳が真摯に私を見つめた。


「だから選んでほしい。貴女がどちらの俺と暮らしたいかを」


 冷徹眼鏡の理想の令息。

 あるいはチャラいけれど推しを共有するギャル男王子。

 私はいつも原稿を抱える手をぎゅっと握った。


「……黒髪は好きですけれど」

「うん」

「冷徹も好きですけれど」

「うん」

「推しを共有してくださる御方の方がもっと好きですわ」


 殿下の赤い瞳がぱっと光った。


「お、マジ? じゃあ、染料落としていい? 地味に痒いんだよな、これ」

「お好きになさいませ」

「言葉遣い戻していい? 堅苦しいの向いてないんだ俺」

「ご自由に」

「婚約してくれない?」

「……即答は勘弁してくださいませ」

「了解! まあまずは読書会、来てよ。きっと楽しいから」


 殿下は、漆黒の前髪をぐしゃぐしゃと自分でかき混ぜた。

 そうして私の前に立つのはまた夏の海を切り出したような瞳のギャル男王子。

 しかし、その手にあるのは私の同人誌。

 そして瞳の奥にあるのは私の作品を本気で楽しんでくれている読者の目。

 これはあれだ。


「ユーリア」

「は、はい」

「推し活一緒にしようぜ」

「……はい、クライス様」


 私は思わず頷いてしまった。

 オタクに優しいギャル王子はチャラい笑顔で私の手を取った。

 夜会では決して見せなかった真夏の太陽のような笑顔で。

 ギャル王子も悪くない。新しい扉を彼が開かせてくれたのであった。

オタクに優しいギャルの派生版です。

ギャル王子って語呂いいですよね。なかなかギャル男を書くのはむずかしい。


本作を気にいって頂けたのであればブックマーク登録や下側の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にして頂けるとそれが一番の作者に対する応援となります!


他にもこういう作品も出してます

自信作です! どうぞ!


「アニメ声で婚約破棄されたってヒロインは演じられるんですから!」


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