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「いつもいつも、勉強しろ、執務をしろとうるさいのよ!」


 当たり前では。

 三つ目のマカロンを齧りながら、レイスリーネは思わず半眼になった。

 傍から見たら儚い憂い顔だ。

 当の本人は、さきほどの二人にもう一度目を向ける。


「ベアトリーチェ様、おいたわしい」


 芝居がかった金髪巻き毛の少年は、悲壮な表情でベアトリーチェの肩を抱いた。

 婚約者じゃないのに。


「それはベアトリーチェ様の将来のために必要なことで」

「そんなのあなたがやればいいのよ」


 ハイドラの言葉をベアトリーチェがぶった切った。

 王族が勉強も執務も出来ないのは大問題では。

 どんどんレイスリーネのなかでベアトリーチェの株が下がっている。


「それに私が呼んでもすぐ来ないのも愚図で愚鈍なのよ!」


 それは無理がある。

 あれいいのだろうかと思っていたら、ハイドラがくっと一度唇を引き結んで口を開いた。


「……しかし私にも後継者教育があります。ベアトリーチェ様の急な招きに応じることが難しい日も」

「うるさい!いつも言ってるでしょ、私の命令は絶対なのよ」


 またハイドラの言葉をぶった切る。

 すると、ベアトリーチェの背後に控えていた男が「その通りだ」と侮蔑のこもった目でハイドラを見た。

 髪を短くした、そこそこ長身の男だ。

 同年代に比べて、少し体格がいい。

 佇まいから剣をやっているなと思っていると、やはり芝居かかった動きでベアトリーチェの手を取り手の甲にキスをした。


「俺のようなベアトリーチェ様への忠誠心が感じられないのが問題なんだ。バレンチェイド子息」

「もの凄く騎士気取りだ」


 思わず声が洩れたけれど小声だから許してほしい。

 しかし凄い。


(王都っていうか、王族ってあんないかれ……傍若無……変な人がいるんだ)


 失礼な言葉を何度も飲み込んで、レイスリーネは呆れたように小さく嘆息した。

 にしてもとベアトリーチェの肩を抱いている少年をもう一度見る。

 顔はまあ整っている範囲かなと思う。

 でもやっぱり、何で他人の婚約者の肩を抱いているんだとツッコミたくて仕方ない。

 ベアトリーチェも当然のように肩を抱かれている。

 なんなら体を寄せに行っている。


(常識外れが二人)


 ちらりと周りを素早く見回せば、大多数がどう見てもドン引き顔だ。

 そもそも一生に一度の社交デビューをぶち壊されて、憤っている人間も多いだろう。

 ご令嬢なんかはこの日のために自分を磨き、ドレスなんかを気合いを入れて作るのだから。

 レイスリーネも今日のために、それなりに頑張ったつもりである。

 頑丈な肌と髪を母親の言うとおりに手入れした。

 正直いつも通りでもよかったよなと遠い目をしていると、再びベアトリーチェの声が響いた。

 まだまだ終わらないらしい。


「まったく、リーブスとは大違いだわ!」


 肩を抱いている金髪巻き毛が、ドヤ顔でハイドラを見やる。

 彼がリーブスらしい。

 ハイドラは静かにリーブスへ、ベアトリーチェから目線を動かした。


「……彼は?」

「ドルメント伯爵家の次男よ。彼は美しいし、私の言うことに逆らわない。うるさい事も言わず、甘い言葉をかけてくれるわ。お前とは大違いよ」


 ベアトリーチェが朗々とリーブスの良さを語るけれど、調子のいい奴っぽいなというのがレイスリーネの見解だ。

 あと正直、不健康にくたびれやつれているけれど、リーブスより断然ハイドラの方が整っていると思う。

(特にあのお月様の目)

 最後の挨拶をした夜に、空を見上げてぼんやり思ったのだ。

 もっと見たかったなと。


「よって!お前とは婚約を破棄してリーブスと婚約するわ!」


 凄い展開になってきた。

 もはや一歩間違えば喜劇だ。


「陛下や王太子殿下はご存知なのでしょうか?」

「知らないわ。でもお父様はいつも私の言う事を叶えてくれるもの。問題ないに決まってるでしょう」

「うわあ……」


 二人のやりとりのあいだでレイスリーネは思わず呻いた。

 国王陛下がダメ親の疑惑が出てきてしまった。

 ベアトリーチェの言葉に、ハイドラは訝し気にリーブスを見つめたままだ。


「彼は伯爵家の次男と言いましたが、そこに降嫁されるおつもりなのですか?」


 どう考えても平民まっしぐらコースだ。

 ベアトリーチェもそれは想定内なのか、問題ないわとツンと顎をそらした。


「降嫁をしなくても公爵位を与えられるに決まっているもの。お前が考える必要はなくてよ」

「そうですか。承知いたしました」


 静かにハイドラは了承した。

 レイスリーネがじっと見つめていると、ハイドラが疲れ切ったように小さく息を吐いてからそっと少し目線を落とす。

 目元がかげって、死んでいるなと思っていた目がさらに暗く沈んでいく。

 何だあれ。


(あの目、気に入らない)


 レイスリーネは赤い宝石のような目をぐっと細めた。

 目の前に見たかった月色の瞳があるのに、他人のせいでどんどん死んでいく。

 元気になってキラキラとしたら、絶対に綺麗なのに。


(あんなにボロクソに言われて、遠巻きにされて一人とか!)


 こんな状態でも、ハイドラに近づく人間は一人もいない。

 ベアトリーチェが怖いのはわかる。

 あれは関わっては面倒な相手だ。

 でも吊るしあげのようなこれはないだろう。

 レイスリーネは口紅で彩られた唇を不敵に吊り上げた。


「だったら私が貰っても、誰も文句は言わないわよね」


 結論は出た。

 思ったら即行動だ。


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